千加1
目を覚ますと、ミランダと目が合った。ミランダの目が潤んでいる。
「リオ様、具合はいかがですか?」
「ミランダ、ここは」
「馬車の中でございます。何があったか、覚えていらっしゃいますか?」
「私、暴走したよね。ごめんなさい」
「謝らないで下さい。リオ様は何も悪いことはしていないのですから」
ゆっくり、身体を起こす。視界に映った違和感に気づく。
「髪、黒くなってる。ど、どうしよう。ミランダ」
髪を掴んで慌てる私をミランダが抱き締める。
「大丈夫です。旦那様や奥様がその辺りのことは考えますので、リオさんは私達を頼って下さい。いいですね」
「う、うん。ありがとう、ミランダ」
ミランダの肩に頭を乗せる。頭をゆっくり撫でられ、気持ちが落ち着いた頃に身体を離す。
「旦那様達に声をかけても宜しいでしょうか?」
「あ、ちょっと待って。」
服や髪の乱れを大まかに整えて、最終チェックをしようと鏡をポケットから取り出す。
鏡に映っていたのは、千加だった。目が合う。
「え?」
『お、繋がった。理央、大丈夫?聞こえる?』
鏡の向こうで手を振る千加に
「何で?」
ぽつりと言葉が溢れる。飄々とした表情に男の子っぽくみえる自称ショートボブの髪型の変わらない姿に目が潤んだが、
『おい、こら。日本語で話せ。』
一瞬にして引っ込む。いつも通りだ。
『あ、ごめん。ってなんで千加が鏡に映ってるの?』
「リオ様、これは一体」
「あ、ミランダ、ちょっと待って下さい。なんでか分からないんですけど、友達と繋がってて『千加、どどうしよう』」
『あー、そっちに事情の分かる人って今いる?説明したいことがあるんだけど』
「『いるよ、ちょっと待ってて』ミランダ、フレッド様達を呼んで貰えますか?話しがあるみたいで」
「かしこまりました。すぐに呼んでまいります」
ミランダが馬車を降る。
『理央、説明にあたって通訳してもらう訳だけど、なんかあったな、このオーラの乱れよう。落ち着いて話せる?』
難しそうな顔をする千加に頷き返す。
『だ、大丈夫だよ。一回爆発したから結構落ち着いてるし、恩を仇で返してしまった気持ちで申し訳なくて』
『考えすぎだな、それ。ちらっとしか見えなかったけど、さっきの人、アンタの心配しかしてないから。本当、他人の好意に甘えられないの変わらないね。クラリスは好意に甘えきってるぞ』
千加の口からクラリスの名前がでて、ビクッと肩が揺れる。
『千加は知ってるの?クラリスが帰らないって言ってるの』
『あー、あの馬鹿の言葉を間に受けないで。帰らないじゃないんだ。そこのところも説明するから』
『うん』
馬車のドアが開き、フレッド達が乗り込む。みんな口々に心配の言葉をかけてくれる。
「リオさん、無事でよかった」
グラッドは安心したように笑う。
平常心、平常心、平常心と何度も心の中で繰り返し唱える。
「私の友人が、説明したいことがあると言っています」
と鏡を皆に見せる。
千加の姿に、視線が集まる。
私の隣にジャックが座り、通訳の補助をすることになった。向かいにはフレッド、ミレニア、グラッドが座る。ミランダは手早くお茶を淹れた後は馬車の入り口に立つ。
『私は田原千加。理央の友人で、今回クラリスの身柄を保護しました。何故、こんな事が出来るのか、それは私が神様の愛し子だから。貴方達の神様とは違う神様だけど私に力を貸してくれています。その力で、鏡を媒体に交信ができます』
千加の言葉をできるだけ同じニュアンスで通訳する。
『まず、クラリスの事から話します。理央、そちらに座っているのがクラリスの家族?』
『そうだよ、お父さんのフレッド様、お母さんのミレニア様、弟のグラッド、あっちにいるのが侍女だけどお姉さんのような存在のミランダ』
鏡を一人一人に向けて、説明する。
『オッケー。えっと、まずクラリスは無事です。入れ替わり当初は体調不良で寝込んでいたけど今はすっかり元気です。明るい性格が周りに好印象で今では学校の有名人になっています。理央と性格が全く違うことに関しては、雷に打たれて人が変わってしまったと説明しています』
なにそれ、嫌だ。通訳したくない、自分で明るい性格じゃないといってるようなものだ。
そこはジャックが上手くフォローしてくれた。
『率直に言います。クラリスは其方には帰れません。帰らない、ではなく帰れない、のです。』
帰らないのではない、帰れないのだと千加は強調して言う。
『クラリスの光の属性加護が原因です。それが、理央の体とクラリスの魂、精神を縫いつけています。深く連結しているので剥がすことが出来ません。無理矢理剥がせばどちらも死にます。それが神様の見立てです』
千加の言葉に全員が言葉を失う。
『では、リオさんの身体をそのまま此方に召喚することは可能ですか?』
ジャックがいち早く持ち直し、質問する。
『あー、できますけど、やめた方が良いと思います。光の属性加護の性質で、結局こちら側にやってくることになると思います』
「光の属性加護の性質?加護障害があるってことですか。それはどういったものでしょうか」
『詳しい理由は分かりませんが、光の女神が世界から追い出したい人物に与えるもののようです。嫉妬深いらしいと神様が其方の他の神様にきいたそうですので、そこら辺が理由だと思います。』
「では、リオさんが其方に帰ることは出来ますか?」
グラッドが挙手をして質問する。
『神の庭を通れば帰れますけど、帰ってきても身体はクラリスの身体です。加護膜?でしたっけそれがある限りもって一年。早くて三ヶ月で衰弱して死にます』
千加が語る言葉に私は喉が渇いて、何も声にできなくなった。ジャックが代わりに通訳する。
『理央の家族には全て説明しています。理央、アンタが決めていい。死ぬと分かってても帰るか、そっちで生きるか。生きていて欲しいと親父さん泣いてた。要さんは生きててほしいけど理央の意志を尊重するそうだ。兄貴さんは乗り込む気だったが、私が止めといた。全く姉貴にプロポーズした口で何言ってるんだと叱っといたから安心しろ』
軽い口調で話す千加から聞かされる家族の様子に涙が止まらなくなった。ミレニアからハンカチを渡されてそれで顔を隠す。
『理央、親父さん達にも言ったが、其方側に渡るには性質的な問題がある。加護膜の問題だ。行き来するのは難しい、滞在できて二日か三日だ。それに言葉の問題もある。治安とかもな。だから、親父さん達には移住を諦めてもらった。』
『乗り込む気だったのは兄貴だけじゃなかったの?』
『家族全員その気だったよ。説得大変だった。親父さんは、性質的に馴染み難い感じだったから行ってたら理央を泣かせるだけになってたと思う』
『うん、千加、ありがとう。お父さん説得してくれて。』
『私が行くから安心して理央を任せろって言ってあるから。』
?
どういうことだ?
『チカさんが此方へくる?大丈夫なのですか?』
通訳していたジャックが思わず聞き返した。
『大丈夫だよー。こっちでクラリスが問題なく生活できる環境は整えたから。すぐにでもお邪魔したいくらいだよ。まぁ、理央が望めばだけどね』
通訳を再開した私にミレニアが気遣わしそうな視線を向けてくる。大丈夫と笑ってみせた。




