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不運な召喚の顛末  作者:
第一章
38/605

暴走

ジャックの声がホールに響いた。

その言葉の意味を誰もが理解できずにその場に立ち尽くす。

「なんで?」

微かに聞こえたリオの声にグラッドは、とっさに円陣を出て、リオへ駆け寄る。

その手が届く前に、彼女の悲痛な叫びと彼女を中心にして可視化した黒い魔力が竜巻のように他者を拒絶する。

「リオさん!」

「グラッド君、戻りなさい!」

ジャックに腕を掴まれ、引き摺られるようにリオから距離をとらされる。

「離して下さい!彼女が」

「君は、次期伯爵だろうが!自分の身を守ることを優先しろ!」

ジャックを睨み、静かに告げる。

「……離して下さい」

「ジャック、グラッドを離して下さい。」

グラッドはジャックの手を振り解き、再びリオに近づく。その後をミランダが追う。

「ミレニア!君ならその円陣の使用目的も理解しているだろう!さっさと」

「逃げろ?馬鹿言わないで下さいよ。」

にっこり笑ったミレニアにジャックは顔を青くする。

「フレッド、ミレニアを連れて、早く」

「はぁ、我が娘ながら全く度し難いったらないよ。」

「何を言って、早く」

時間がないと続けることは叶わなかった。二人して転移の魔法陣から出たから。

「君達は馬鹿なのか?死ぬぞ?」

「知っていますよ。馬鹿なのもこのままだと死ぬのも、貴方が自分とこの施設だけで犠牲を最小に留めたいだろうことも」

「だったら」

「わたくしは、今あの馬鹿娘に、怒っているんですよ。それはもうはらわたが煮え繰り返るほどに。召喚者の危険を知らないとしても、考え無しにも程がある。」

ミレニアはリオがいるだろう黒い魔力の渦を見つめて言う。

「そんな馬鹿娘の行動のせいでリオさんが一人傷つくなんてあってはいけないことです。責任ならわたくし達が負えばいい。ジャックはどうぞ逃げて下さい。」

「サイス領のことは気にしなくていい。当主候補はいるからな、そっちはまだ未定だろう。さっさと戻ればいい」

「責任は私にもありますよ。」

ジャックは諦めたようにため息をつき、作業をしていた職員に声をかけ、避難するよう命じた。



グラッドは黒い渦の前でリオに声を掛けていた。

「リオさん!」

何度目かの呼びかけになんの反応も示さない魔力の渦に、グラッドは意を決して手を伸ばす。

「グラッド様、お待ち下さい」

それをミランダに止められた。

「そのままでは押し潰されるだけです」

「ミランダ」

「私も協力致します。よく聞いて下さい。今のリオ様の状態は推測するに暴走一歩手前といったところです。私が属性特化の壁でグラッド様を支援します。渦を押し広げて中にいるリオ様の気をひいて下さい。」

「……わかった。気を引くか、」

「ええ、これも魔法の一種と考えれば集中が途切れれば霧散するかと」

「ミランダは冷静だな」

「そうですね、暴走するまでに時間的に余裕があった場合の対処法はいつも考えておりました。」

「そうか、ありがとう。……では、頼む」

「はい」

グラッドの身体を黒い魔力壁が覆う。その内側からもグラッド自身の魔力で補強し、渦に触れる。

リオを包む渦の一部がグラッドの手を飲みこむ。渦の内側は圧力が強く、集中して魔力の壁を維持しなければ押し潰されしまうと分かった。

ゆっくり渦の中に押し進む。全身が飲み込まれ黒い渦の中を、暫く進んだ所で何かに触れた。

視界は黒一色で見えないが、この中で触れられる何かは一つしかなかった。

グラッドはそれを引き寄せ、抱き締めた。

「リオさん」

「ぁぁぁぁ」

悲しい嗚咽にグラッドはリオを抱く腕に力をこめた。頭を撫でて、リオの声に耳を傾ける。

「帰りたい、会いたい、母さん、父さん、」

「うん、他には、お兄さん、チカさん?」

彼女の話に出てくるのは家族と友人のチカだけだった。だから、その名前を口にする。

「うぅぅ、兄キ、、千、加」

リオがグラッドの言葉を反復するように口にした瞬間。どこからともなく

『理央!!』

知らない女性の声がして、渦が瞬時に霧散した。

グラッドはリオを抱き締めたまま、床に転がる。

「リオさん、大丈夫ですか?」

ゴホゴホと咳き込むリオの背をさすりながら、声をかける。

リオの呼吸が落ち着くまで待っていると、

「リオさん?」

寝息が聞こえてきた。

「眠ってますね。……グラッド様、こちらを」

ミランダがリオの髪に触れ、視線を促す。

毛先の色がクラリスの色とは違う、ミランダとよく似た色合いになっていた。

「取り敢えず、移動しよう。リオさんを休ませないと」

グラッドはリオを抱き直して、立ち上がるとゆっくり歩を進める。

ミランダはリオが休めるよう準備するためジャックの方へ素早く向かった。

「あの声は一体誰だったんだろう。リオさんの母君かチカさんか、はたまた別の誰かか」

グラッドは眠るリオの顔を見つめ、独りごちる。

結局リオは馬車で寝かせることになった。クッション性が一番の理由だ。

外の光の中で見たリオの髪色は黒になっていた。ミランダよりも黒々としていて、光の加減で緑に見えるほどだ。しかも、先程は毛先だけだった変化が全体に広がっている。

取り敢えず、馬車にはミランダだけが乗り、リオが目覚めるのを待つ。

グラッドはミランダの協力で渦の内部へ侵入し、リオを見つけた事を話し、渦が霧散した理由として、何処からともなく聞こえた女性の声のことも説明する。

「その声がリオさんを絶望から引き戻した。誰かというよりもどうして聞こえたのか、どこから聞こえたのかが重要ですね」

「あぁ、それに今後の対応も考えなくてはな」

「そうだね、うかうかしていたら召喚者を手に入れたい別の勢力がリオさんを手にしようと動き出すだろうね」

ジャックが今後動きそうなのは、王族、王都の諸公、ウパラ侯爵、神殿だとあかす。

「今までは、クラリス嬢の外見があったから身元はサイス領が引き受けた。でも、これからはあの髪色もそうだが、もしかしたら別の所もクラリス嬢とは違う所がでてくるかもしれない。そうなれば、取り上げようと考える奴がでるのは当然だ。」

「魔導局はどう考えてる?」

「魔導局としては、このままサイス領が引き受けてくれるほうがいい。他はリオさんが身が危険すぎる。神殿は論外だ」

神殿内は一枚岩ではなく、危険思想を持つ者も少なくない。定期的に検挙している魔導局としては、一番安全なサイス領の所属として他が手を出せない所にいて欲しいと続ける。

「リオさんをサイスが取り込むためにはどうするか」

ジャックが三人に視線を向ける。ミレニアと目が合った。先程と同じ怒っている目をしていた。

「では、クラリスは、死んだことにします」

「ミレニア、」

フレッドがミレニアの肩を抱く。

「フレッド様、もしもの時は、そうすると決めましたでしょう?……いいのです。」

「フレッド、ミレニア、いつから考えていた?」

「リオさんと会って話した時から、だよ。あまりにもクラリスとは違っていたから、もしかしたら、クラリスは戻らないかもしれないと思った。でも諦められなかったし、戻ってきてほしかった。」

「正反対が術式に組み込まれていたので、その可能性は考えていました。リオさんが郷愁の思いを語る度、クラリスは戻らないだろうと諦めていました。でも、簡単には諦められないものですね。あの子の意志を聞いた今でも受け入れ難いものがあります」

ですが、それではいけませんと未練を振り切るように首を横に振る。

「リオさんはわたくし達が守ります。」

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