事件の終わり4
それから慌ただしく時間が過ぎ収穫祭が始まった。
秋といってもまだまだ夏のような暑さが続いている。
もっと秋が深まってからとイメージしていたが、意外と早い時期に開催するお祭りだった。
元々商人の買付から始まったお祭りらしい。そこから各地の特産品を持ち寄る祭りに発展した。
私はのんびりとクラリスへむけて、記憶を見てしまったこと、尚且つそれを利用したことなど、入れ替わった期間にしたことを手紙に書き記す。
やむを得ない状況だったとはいえ、無断で記憶を利用して申し訳ない気持ちだった、ごめんなさいと謝罪を言葉にする。
あちらでの生活はどうだった?得られるものがあった?など、私は実際には尋ねても答えを得られない質問を続ける。
そして、私が感じたクラリスへの心配も。
結構な枚数の手紙になってしまった。
封をして鍵付きの引き出しにしまう。
後でミランダに教えておこう。
実は今日はミランダがいない。
毎年収穫祭の警備を冒険者ギルドと合同で行っている。ただ、今年のギルド側の担当者が領主側の担当者にミランダを指名してきた。
ミランダは吐き捨てるように悪縁ですと言っていたので、冒険者だった時の知り合いなのだろう。
侍女の仕事じゃないとギルド側も担当者を説得したが、譲らなかった。名のある冒険者でギルドも強く出られなくて困っていたため、仕方なく引き受けた。
しかしクラリスの件があり、別の担当者をたてて双方納得したはずだったが、寸前で相手方が意見を翻してきた。
結局、ミランダが警備担当として収穫祭にでることになった。
「クラリス様、お茶をお持ちしました」
そして今日は侍女頭のアンナが私についている。
そのため、収穫祭の期間の魔法についての課題はない。
「うーん、お勉強お勉強でうんざりしてたの。ありがとう」
大きく伸びをしたクラリスにアンナはあらあらと笑う。
「クラリス様は、大変頑張られておりますわ。わたくしの方からも奥様にお伝えしておきますね」
「ふふ、お願いねアンナ。ちょうど欲しい画集があったのだけど、学園から早く戻ったでしょう?言いづらかったの」
「クラリス様ったら」
「あ、内緒よ。わたくしがそう言ってたなんて知られたら買ってもらえなくなるわ」
「はい、心得ていますよ」
アンナの淹れたお茶を飲む。久しぶりの緊張感に、自然と背筋が伸びる。
「収穫祭に参加できなくて、残念でございましたね」
「本当に残念だわ。体調が良い日はお勉強、悪い日はずっとベッドの上なんて、想像してなかったわ。お外に出たいわ。はぁ」
クラリスは頬に手を添え、憂鬱と言わんばかりのため息をついた。
「お客様がいらした時の外出だけでしたね。お庭にでるくらいは良いのではないかと奥様に申し上げましょう」
「アンナ、ありがとう。ミランダは『クラリス様は外に出るとはしゃぎ過ぎるのででてはいけません』って言うのよ。わたくしだってもう大人になるのですからはしゃぎ過ぎたりしないわよ」
頬を膨らませるクラリスをみるアンナの目が、子供を見るような眼差しだったことは気付かなかったことにしよう。
それから少し話をしたところで、体調が優れないとベッドへ向かう。ちょっと頭が痛かったが、本音はアンナの前で演技するのが辛かったからだ。天蓋の中でゴロゴロしている内にいつの間にか眠っていた。
起きた頃にはミランダが戻ってきていた。
「リオ様、具合はいかがですか?」
確か夜は別の担当者と交代すると言っていた。
「ん、大丈夫ですよ。少し頭痛がしただけです」
「そうですか」
今日は如何でしたか?と尋ねるミランダに
「あ、そうだ。ミランダ、机の鍵付きの引き出しに手紙をいれていますのでクラリス様が戻ったら渡して下さい。」
部屋着のポケットを探り、鍵を渡す。
「かしこまりました」
確認のため一度取ってきてもらう。
ミランダから手渡された封筒の封を確認する。アンナを疑うわけではないが、念の為だ。
「この手紙は念のためあちらの言葉で書いています。クラリス様がわからない単語があるかもしれないので、此方の言葉で書いたものは今ミランダに渡しますね」
枕の下から手紙を取り出す。
「出来れば見ないでいただけると嬉しいですけど、確認されるでしょうから今二つとも持っていきますか?」
ミランダは手紙を受け取ると、「申し訳ありません」と手早く内容を確認する。そして、日本語の手紙の方は確認は不要と鍵付きの引き出しに戻した。
「クラリス様のことを考えていただいて感謝致します」
「あー、違いま」
「リオ様がそういう方だと知っています。ですが、これは私の気持ちです。受け取って下さい」
「はい」
なんだかむず痒い気持ちになる。
「リオ様、夕食はどうされますか?お持ちしましょうか」
「そうですね。今日はお願いしてもいいですか?」
「かしこまりました。暫くお待ち下さい」
ミランダが部屋を出て行く。
ドアの閉まる音がして暫く、はぁ、と大きく息を吐いた。
此方の言葉で書いた手紙は一応見られることを考えた。日本語の手紙も中身は殆ど一緒だから、訳されても構わないけど緊張した。手紙を見せるという行為が恥ずかしい。
「早く帰りたいな。」
最近はクラリスの記憶を素早く検索できるようになってきたためか、クラリスの記憶の夢は見なくなった。
代わりに、家族や友達、学校の夢を見るようになった。リリアナが訪ねてきたその日以降、夢の傾向が変わってきた。多分、リリアナに対して感じていた警戒心が緩んだのかもしれない。
胸の奥に押し込んでいた寂しさが目覚める度に襲いかかる。それを振り払うように、家族はどのようにクラリスと関わるのか考えてみた。
「お母さんはクラリス様の事もびしばし躾けてそうだなぁ。兄貴は絶対喧嘩してる。父さんは、泣いてるか?」
父の扱いが酷い気もするが、よく『僕の感情を揺さぶるのは今のところ家族だけだから』って言ってたから、間違いないとは思う。
「口喧嘩でクラリス様は兄貴には勝てないだろうし、めちゃくちゃ怒ってる気がする」
色んな状況を想像して笑う。
「お母さんは距離の詰め方がえげつないから、馴れ馴れしいですわといいつつクラリス様も満更ではないはず」
クラリスは多分そういう相手が好きだと思う。
「父さんとは、合わないだろうな。どんな風に話すんだろ。基本的に寡黙な人だからなぁ。うーん、想像できない」
つい眉間に皺が寄る。
「あ、こういうのって本来ならこの家にきた時に考えるべきだったんじゃ。……思ったより余裕なんてなかったんだな。」
自分が受けた待遇との比較で想像したりして、クラリスは元気でやってますよとか教えてあげられたのではないだろうか?
心に余裕が生まれていると思ってたのに全然なかった。好奇心を満たすことでバランスを取ってたんだと、今更ながら気づいた。
ドアをノックする音に顔をあげた。
「失礼致します」
ミランダが戻ってきた。




