婚約者編 夏76
朝からやる気が大分削がれてしまったが、報告を聞いたあとはギルドで依頼を受ける予定だ。
今までも空いた時間に討伐や調合依頼を受けてきたが、それ以外の依頼は受けたことがなかった。
「気乗りしなければ、予定をずらしたほうがよろしいのでは?」
「いえ。大丈夫です。」
よし行くぞ!と気合を入れ直して出かける。
ミランダとギルドに向かい、扉を開けると丁度出てきた少年とスバルと鉢合わせた。
「失礼」
『冒険者ギルドとかテンション上がるぜ』
「いえ。」
不安になる発言に思わず眉を顰める。
「現実を教えるだけです。死なない程度に恐怖を叩き込みます。心配しないでください」
『スバル?どうした?早くいこうぜ!』
『あぁ。』
スバルは少年を追ってギルドから離れていく。
「リオ様」
「ミランダ。あの二人を追っていいですか?」
スバルの強さを信用していない訳ではない。
でも不安感が消えない。
菅原も冒険者ギルドと聞いてゲームか?と言った。
でも彼とあの少年の違いは冷静さ以外にもある気がする。
「かしこまりました。気づかれないよう追いましょう。」
二人から距離を取りながら歩く。
「二人を追う理由を伺っても?」
防音の魔力壁を張る。表現しづらい性質をそのままでは話せない
「不安が消えないのが一つあります。あの少年はチカから報告のあった新しい転移者です。ただ魔法や冒険に憧れを抱いていてここに来たことを喜んでいます。」
「……」
「魔力が少しあるようで余計浮かれているようです。そして、この世界を、物語の世界のように捉えているようです。向こうには魔法はありません。でもそのかわり魔法を使う人物が登場する人気の物語がたくさんあります。」
「……リオ様。」
ミランダが私の様子を伺うように名前を呼ぶ。
複雑な気持ちを言葉に出来ない。不安だけじゃなくて不快感もある、でも出会うタイミングでは微笑ましく思ったかもしれない。
「正直複雑です。でもこういうことは今回だけではないと思います。今後も対処できるように経験を積まなくてはいけません。チカ達が彼を保護するのを諦める前に私も出来ることはしないと駄目だと思います」
スバル達は北門から外へ出る。
「魔獣との対峙を考えているのでしょうか」
「スバルだけなら容易いでしょうが、群れと出会えば素人は死ぬ可能性もあります。」
「少し近づきましょう」
闇属性魔法を使い姿を隠し近づく。
川を越えて草原地帯を進んでいく。クロムからは結構離れた場所まで移動した。
『なぁ、どこまでいくんだよ』
『お前が望む冒険者が出来るところまでだよ。魔獣に会いたいんだろ?死なない程度に頑張れよ。俺は見てるだけだから』
そういうとスバルは腰の剣をアカネに渡す。
『まぁ、魔獣なんて俺にかかれば問題ないっしょ』
自信満々なアカネを見るスバルの表情は冷たい。
アカネは剣を抜くとスバルを追い越して歩く。
「スバル。どういうつもりですか?」
防音の魔力壁の範囲を広げてスバルに声をかける。
「話を聞いていたなら、おわかりかと。それにリオ様の提案ですよ?ボコボコにするって」
スバルは驚いた様子もなくアカネを見つめたまま答える。
「群れと当たればいくらスバルでも彼を守りきれません」
「ミランダ様、それは守る前提ですよ。守りませんし、俺は逃げます。それをあいつも了承済みです。」
こちらの話を聞く気もなく、自分の要望だけ通そうとする。
スバルは冷たい表情を崩さず淡々と話す。
「チカ様の話も聞く気がない。アイゼンさんもウィルさんも静かに怒っている。ユーリさんが宥めているけど、ユーリさんもアカネの言うことが理解し難いみたい。ユーリさんもこっちで苦労した人だから。保護された当時の境遇が似てる俺が面倒みることにしました。」
スバルも怒っていた。
「スバル」
「馬鹿は死ななきゃ治らないという言葉が俺の故郷にはあります。九死に一生を得て、価値観が変わるとかしないとあいつは多分この世界では生き残れない、多分どっかで不敬とかで死ぬと思う」
「……わかりました」
「リオ様とチカ様は優しいから、お二人が不利益を被るのを防ぎたいんです。あ、ちょうどいいところに魔獣がいます。まずは静観しててください」
スバルはミランダをチラリと見て視線を戻す。
『うわ、なんだよ!この!』
アカネが犬型魔獣と対峙していた。萎縮することなく剣を振り回している。ただ、当たらないし魔獣を徒に興奮させている気もする。
犬型魔獣が遠吠えをし始めた。
『な、なんだよ!うるさい!吠えんなよ!』
アカネが振るった剣が魔獣を傷つけた。さらに大きな声で鳴く。
「遠吠え?」
ガサガサと草を掻き分け駆け抜ける複数の影がこちらに向かってくる。
「!?リオ様、構えてください。来ます」
ミランダの鋭い声に私は刀を抜き、スバルも身構える。
アカネが相手をしていた犬型魔獣の周りに大きさの違う犬型魔獣が現れた。
周囲にいる魔獣を呼び寄せたようだ。
『ひっ!な、なんだよ!』
アカネに比較的大きな魔獣が襲いかかる。剣で防ぐも勢いを殺せず尻もちをつく。
『た、たすけて!スバル!』
「魔法を解きます。彼を襲っている魔獣以外は私が相手します。構いませんね!」
スバルの返事を聞く前に姿を隠す魔法を解き、走り出す。
アカネを襲っている以外の魔獣を一頭一頭素早く始末する。
最後の一頭はまだしつこくアカネに噛みつこうとしていた。爪が当たったのかアカネの腕や足は傷だらけになっている。
『い、痛い!スバル!た、助けて!うぅぐ、し、死にたくないよぉ』
アカネの泣き声にスバルは大きくため息を吐き、ゆっくりと魔獣に近寄り蹴りを入れる。
何でもないように魔獣を蹴り飛ばし、アカネの持っている剣を取り上げさらに追撃し始末する。
その鮮やかな手腕に思わず感嘆の声がでる。
『俺は逃げると言ったはずだが?』
アカネを見下ろし冷たく言う。
『お、俺』
『通りすがりの冒険者が助けてくれなかったら生きたまま食われてたな』
『あ、う、ううわあぁぁ』
安心したのか恐怖を思い出したのか声を上げて泣き出した。
号泣するアカネを指差してスバルは私達に
「報酬はアカネに請求してください。脅してもいいんで」
と言う。
「わかりました。きっちり請求します。……それよりもミランダ、ちょっといいですか?」
「はい。何でしょうか」
私はミランダを手招く。
自分が討伐した犬型魔獣を指差して問う。
「これ全部犬型魔獣で間違いないですか?」
大きさの違う、犬種の違う魔獣は一括りで犬型魔獣で当たっているのだろうか。
「はい。何故か魔素循環器は一緒なので犬型で間違いありません」
「レオナルドさんの所に持ち込んでみようかと思います。絶対喜びますよ、これ」
私は魔獣の死骸を魔力で作った荷車に乗せる。血の跡を消して振り返ると、
「『あ、』ありがとう、ございます」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったアカネが頭を下げてお礼を言う。
「どういたしまして」
私の言葉をスバルが通訳する。
報酬も請求しないといけないか。気が重い。
「魔獣から助けたのですから、それ相応の報酬をいただけるのよね?」
にっこり笑ってアカネに早口で近づく。
『ひっ』
怯えられた。
『助けた報酬はもらうぞ?って言ってる』
『俺、どうしよう。何も渡せるの持ってない』
『さぁな、どうするかはお前が決めろ。』
アカネはしばらくおろおろと視線を泳がせていたが、心が決まったのか
『持ち合わせがありません。何年かかってもちゃんとお支払いします。』
土下座した。
「スバル、どうするつもりですか、これ。」
「受け入れるかどうかはリオ様がお決めください」
「はぁ。わかりました。ギルドで冒険者のリオ宛に報酬を申請するように伝えてください。金額はスバルに任せます」
スバルが私の言葉を訳するとアカネは顔を上げた。安堵した顔をみせる。
「ミランダ。帰りましょう。……スバル、これ彼に使ってください。傷薬と解毒剤と水です。」
スバルに応急セットを渡す。
「ありがとうございます、リオ様。静観してくださり感謝致します」
「ほぼ静観できていませんでしたが」
「ミランダ!」
スバルはアカネの怪我を治療するためしゃがむ。
『アカネ、これを飲め。不味いが絶対吐くなよ。狂犬病の予防だ。』
アカネが顔を顰めつつ解毒剤を飲む。
『まっず』
傷だらけの腕を水で洗い流し、ハンカチで拭く。そして傷薬を塗り込む。
『いっ、痛い』
『本当にヤバい時は感覚なくなるから、これくらいはまだ全然大丈夫だよ。ほら、帰るぞ』
薬を塗った手をハンカチでぐるぐる巻きにする。
『足は戻ってからな』
『う、ん』
足を引きずりながらアカネが歩く。それを見ていたミランダが魔力で車椅子を作る。
「どうぞ」
『え、あ、の。スバル、どうしたら』
「『乗れって』ありがとうございます、ミランダ様。俺が押します。あ、魔力がないと駄目でしたか?」
「いえ、問題ありません。押しても大丈夫です」
「ありがとうございます」
アカネが乗った車椅子をスバルが押す。
しばらく来た道を戻っていると車椅子のアカネが船を漕ぎ始めた。
「魔獣は手っ取り早く恐怖体験が出来るので方法としてはありですね。あんなに騒いでいたのに大人しくなって」
ミランダがあの女にも差し向けられれば良かったと呟く。
あの女?誰だろ
「ミランダ様、心の声が漏れ出ていますよ」
「失礼。無礼な女を思い出しただけです。お気になさらずに」
「リオ様関係ですか。ミランダ様を怒らせるなんて恐ろしいことを」
……咲良のことか。
「ミランダ。ありがとうございます」




