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不運な召喚の顛末  作者:
第一章
33/605

事件の終わり2

唐突な質問にグラッドが驚いて様子で私を見ている。

「あ、いえ。あの、つい気になって」

咄嗟に何の言い訳も出てこなかった。

「怪我ですか?特にはありませんよ。あ、」

「な、何かあったんですか?」

「初めて馬に噛みつかれました。あれは、貴重な体験でした。友人達に散々笑われましたし、少し痛かったですが、私が相手を驚かせてしまったのだと思います。心当たりがないのが、問題なのですが」

あまりの出来事に開いた口が塞がらなかった。

「あ、あと珍しくセシルが菓子作りに失敗しまして、食べて気づきました。塩味のクッキーって物語の中だけだと思っていましたから。それに、あんなに慌てたセシルは初めて見ました。面白かったですよ」

「大きな事故とか怪我とかはなかったんですよね」

「えぇ。リオさん、やっぱり何かありましたか?」

グラッドがじっと探るように私を見る。

たしかに不審極まりない。子どもっぽいけど、仕方ない。

「う、あの、笑いませんか?」

「はい」

「怪我とか悪い夢を見て、それでちょっと気になっただけです。……笑わないって言いませんでしたか」

「いえ、これは。嬉しくて、心配してくれてありがとうございます。気をつけます」

部屋に差し込む光の具合でグラッドの瞳がいつもより鮮やかなエメラルドグリーン色に見える。

エメラルドグリーン?あれ、前はもっと薄い黄緑に近い見え方をしたけど、気のせいかな?角度?なんだろ?

「リオさん、そんなに見られると恥ずかしいのですが」

グラッドの言葉にはっと我に返る。

普段は直視できないグラッドと、至近距離で目が合う。

「……以前見た時と目の色が違う気がしたので、観察をしてました。すみません。」

たっぷり間を開けないと話せないくらい動揺していたが、

「光の具合でしょう。気のせいですよ」

その時のグラッドの表情のおかげで、冷静になれた。何かを誤魔化すときの顔をしてる。

取り敢えず、気のせいと便乗しておく。私も突っ込まれたくないあれこれがある。

フレッドから呼び出しがあるまで、学園に戻ってから起こった珍しい話を聞いていた。

馬に噛まれる。塩味クッキーを食べる。

学生が作った術式を使った実技では、術式に不備があり頭から水を被った。

ババ抜きのようなゲームではジョーカーが最初から最後まで手札にいて連敗。

笑って話しているグラッドとは逆に私は胃が痛くなってきた。かなり影響がでている気がする。

話を聞いていると、ある共通点が見つかった。全て屋外で起きている。ゲームは校内食堂のテラス席、クッキーは今回は半屋外にあるピザ焼き窯を代用したらしい。以前も食堂の設備の予約が取れなかった際に利用した事があったので、そこでいいかと作ったクッキーが塩味。

この世界では不運が起きる状況が偏っている。屋内ではほぼ皆無だ。

あちらでは比較的起きにくいもしくは影響が小さい。

起きない訳ではない。ただ、不運が起きる時と起きない時とのむらもあってよくわからないことが多々あった。屋内行事は完全に不運の影響を受けてる。

「大変でしたね。約二週間位の間にそんなに」

気の毒になってくる私とは対照的グラッドは本当に楽しそうだ。楽しそうだからいいか、とはならないし、今更私のせいとも言えない。あと少しで戻るから、と言い聞かせる。

「貴重な経験ですよ、リオさん。私は楽しんでいるので、リオさんも面白がって聞いて下さい」

ドキッとした。気づかれているのかと、焦りが沸き上がる。でも、焦りと同時に悲しくもなった。

貴重な経験も日常になるとそれはストレスになる。一過性ではない不運持ちには悲しい言葉。

自分の都合で黙っているのに、相手の言葉に傷つくのは間違ってる。身勝手だと、わかってる。

のに、勝手に傷ついて、ままならない。

気持ちを切り替えるのと同時に話も切り替える。

「あ、あのグラッドは収穫祭に参加しますか?」

クラリスが楽しみにしていたので気になっていた。

領地の各所から名産が集まり、一年の収穫を祝う祭典で、三日間行われる。

「私は他領の友人が収穫祭を視察にくるので、今年は一日だけ参加します。リオさんはどうされますか?」

「大人しく部屋にいますよ。収穫祭が終わったら、戻れるようなので、クラリス様宛の手紙でも書いてます。」

記憶が共有されてるとしても、私の考えていることは実際にはわからない。だから、どんな風に考えて発言したのか、どう思っていたのかを書いておこうと思った。あとは、他人からみたクラリスのことも書いてもいいかもですねって言ったら

「リオさん、よくお人好しと言われませんか?会ったことのないクラリスのためにそこまでする必要はありませんよ?クラリスがあちらで迷惑をかけているかもしれないのに」

お人好し、初めて言われた。

「クラリス様のことはあまり関係ないですよ。私が残しておくべきと思ったからしているだけです。」

結構我儘な方だと思う。自分のしたいことをついつい優先するし、この手紙は不測の事態であったけど身体を借りた相手に対しての礼のようなものだし、逆に何この上から目線って思われるかも、あれ?お人好しの要素がないな。

「グラッド、私はお人好しじゃないので勘違いですよ」

「ふふ、そう言うならそういう事にしておきます。」

グラッドは私を子どもか何かと勘違いしているのではないだろうか。確実にクラリスに向ける表情より年少者に向ける表情だ。お兄さん感が出てる。年上と分かっているはずなんだけどなぁ。子どもっぽいとこ見せすぎたから?兄貴がいるって話ししたからかな?……クラリス相手には出せない感じだし、こっちの方がいきいきしているし、まぁいいか。

「グラッドは歳の割に大人びてますよね。私が15の時はもっと感情の制御が出来ないだめだめな子でしたよ。凄いなぁ」

「表情は他の方と比べて随分読み辛いですけど。」

「表情を読むですか、初めの頃表情を読めると喜んでましたね。得意なんですか?」

「あの時は、失礼しました。まぁ、得意になりました。クラリスの横で幼い頃は大人の観察をしていたので。」

昆虫観察のような気軽さで笑ったグラッドに一瞬思考が止まった。

「表情豊かなクラリスに釣られて、結構表情にでるんですよ。それを観察して、養父上と答え合わせして鍛えました。二年前に及第点は貰いました」

「……学園で観察したあれそれを報告してたとかですか?もしかして」

「ええ、勿論です。他の方々もされてることですので」

「グラッド、クラリス様はこのままじゃ駄目じゃないですか?情報ダダ漏れじゃないんですか?」

「ああ、いいんですよ。クラリスから漏れる情報とクラリスがいる事で得られる情報では今の所得られる情報に価値があるので」

つまりは今後はわからないってことか?学園も卒業だから、領地内で婚姻すれば問題ないって考えているのかな。

「クラリス様は領地内で結婚するのでしょうか?」

「どうでしょうか?それは、養父上が決めることですから」

「フレッド様か、色々わかり辛いですよね。表情もですが感情も愛情表現も。ミレニア様にするように表にしてくださればいいんですけど」

「そうですね、ですが表情は出す方だと思いますが」

「私はどちらかというとフレッド様はわざと表情を出しているんじゃないかなって思ってて。クラリス様のため?かな、意識的にしてるのではないかと。」

「リオさんにはバレているんですね、私もそう思います」

「でも昨日は多分素のフレッド様が出てたと思いますけど。感情の乱れがフレッド様って極端に少ない気がします。クラリス様の記憶に残っている限りですけど」

「昨日の不機嫌ですか。リオさんには失礼なことをしてしまいました。申し訳ありませんでした。」

「いえ、いいんです。謝罪は昨日ミレニア様からもいただきました。」

フレッドは夕食の場に現れなかった。

「そういえば、五年ぶりに荒ぶるとか言ってませんでしたか?あれはどう言う意味ですか?」

「あれは……五年前グラッドが魔植物討伐に参加したいって言った時に今回みたいに素をみせてて、それでつい口から出た言葉でして確証もないのにすいません。危ない任務だったから心配してたんじゃないですか?」

グラッドの顔が一気に赤くなる。

それを誤魔化すように、早口で

「リオさんは一体どれほどの情報を握っているんですか」

そう言った。

「握ってるっていっても、私は、クラリス様の記憶から推理してるだけなんですけどね。推理推察推測は趣味程度の精度ですし、瞬時に見極めたりは出来ないですよ。推測なのであたってるとも限らないですし」


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