リリアナ
リリアナは口元がにやけるのを抑えられなかった。
お父様からクラリスと関わるなと忠告を受けたが、そんなものはどうでも良かった。
当初の計画とは大分変わってしまったが、やっと元に戻せる。
入れ替った異世界人はクラリスより頭が回るようで、姑息な嘘とクラリスのフリで周囲を騙している。
領地に戻ったクラリスの様子は分からないが、どうやら療養と称して人に会わずに過ごしているとの報告を読みながら、彼の言葉を思い出していた。
『コレがクラリス様を正反対の人物に入れ換える術式です。リリアナ様がお望みの条件を三つまで組み込む事が可能です』
嗚呼、これであの光属性加護持ちでしかない愚かな女を追い落とせる。
そして、あの女の振りをする『闇属性』で『異世界人』に騙されているグラッドを救わなくてはいけない。
「リリアナ様、モーブ伯爵令嬢アリエル様がお見えになっております」
「お通しして」
リリアナはアリエルを席へ招く。アリエルの顔色が悪い。クラリスのことで自領の貴族が捕縛されたからだろう。
「リリアナ様、わたくしこれからグラッド様の元に謝罪へいこうと思いますの。リリアナ様もご一緒しませんか?」
「アリエル様、申し訳ございません。別日にわたくしも予定を入れておりまして」
「ああ、そうでしたの。仕方ありませんね、わたくし一人で行って参ります。それで、あの」
「どうされましたか?アリエル様?」
「リリアナ様はクラリス様と親しくされておりましたよね。クラリス様のお加減など知っていますか?サイス領からはクラリス様の状況が全く漏れてこないので、心配で」
「そうですよね。ですが、わたくしも詳しくは知りません。」
アリエルは大きなため息を吐くと独り言のようにぽつりと喋り始めた。愚痴りたかったのだろう。
「自領の貴族がこんな大それた事をするなんて、思ってもみなくて。まだ気が動転していますわ。リリアナ様の所も一人捕縛された方がいましたよね。お互い大変な事になりましたね」
「ええ、全くです。優秀だから引き上げて差し上げたのに、恩を仇で返すなんて未だに信じられません。」
「本当にその通りですわ。そんなにクラリス様の事を嫌っていたなんて知りませんでした。」
「アリエル様、クラリス様は誠心誠意謝れば謝罪を受け入れてくれる心の広い方です。わたくしも出来る限りのことをする予定です。あまり思い詰めてはいけませんよ」
「リリアナ様、ありがとうございます。急に訪問してしまい申し訳ありません。これで失礼致します」
「ええ」
アリエルの背を見送り、また微笑む。
サイス領へ向かうための用意を始めなくては。
サイス領クロム、領主の館。
玄関で待っていたのは、黒髪、無表情の侍女服を身に纏った女だった。クラリス付きの侍女。
「リリアナ・パイライト伯爵令嬢様でございますね。クラリス様が、お待ちです。案内致します」
冷静とは程遠い自身の動悸を抑え、廊下を進みクラリスの部屋に着いた。
「クラリス様、リリアナ様をお連れしました。どうぞ、お入り下さい。クラリス様は奥の寝台にいらっしゃいます」
部屋の奥にある寝台に身体を起こして、微笑むクラリスを見つけた。
「クラリス様、お体はいかがですか?」
「『うわ、マジかよ。本当にきた。ストレス』」
クラリスの声だが、聞こえてきたのは聞き慣れない言葉。
足速に近づく。クラリスはいつもの笑顔で此方を見ている。
「まぁ!リリアナ様!お久しぶりでございます。来てくださったのですね!わたくし、嬉しいです」
いつもの能天気なクラリスがそこにいた。
「療養中は誰とも会えずにいると聞いたものですから、わたくしクラリス様が大変お寂しい思いをしているのではないかと思いまして」
「まぁ!わたくしのことを考えて!嬉しいですわ!あ、リリアナ様、わたくしリリアナ様に御礼を申し上げなくてはいけないと思っておりましたの」
「御礼、でこざいますか?」
御礼?何をいいだすの?
緊張で背筋を伸ばす。
「リリアナ様がおっしゃっていた事が漸く理解できましたの。」
「どういうことでしょう?」
意味がわからない?わたくしが向けた悪意に気づいたわけではない。御礼というくらいなのだから。
「クラリス様、グラッド様がいらっしゃいました」
「入って頂戴」
嬉しそうな声を出し、クラリスは寝台から降りた。部屋に入ってきたグラッドに駆け寄る。そして、抱きついた。振り返ったクラリスは満面の笑みを浮かべた。
「リリアナ様、ご報告致しますね。わたくし、今回の件で身近すぎて気づけなかった大切なことに気づきましたの。リリアナ様がグラッドのことを褒める意味がわかりませんでしたが、わたくしに気づかせるためだったのですね!」
目の前の光景に驚きのあまり言葉が出てこなかった。
「な、な」
「ありがとうございます、リリアナ様!わたくし、今幸せですわ。これからグラッドを助けて、サイス領のために生きていきますわ」
クラリスをみつめるグラッドの様子をみて嫌なことにきづいた。
なに、あの表情。知らないわ、あり得ない。
グラッド様がクラリスに好意を持っているなんて、絶対に許せない。
クラリスがわたくしの耳元に近づき囁く。
「『マジラッキーでした。こんなイケメンのいる世界に召喚してくれてありがとう。サンキュー』」
今度は少しだけ理解できた。
『ラッキー』、『イケメン』、『サンキュー』
転移者達の言葉だ。
グラッドの側に戻り腕を絡めて笑うクラリスが一瞬、真顔になりその笑みの種類を変えた。嘲笑だった。
「グラッド様!騙されてはなりません!こちらの方はクラリス様ではありません!」
思わず、叫んだ。
「リリアナ様?どうされましたの?」
きょとんとしたクラリス、こんなにもそのままなクラリスだとは思わなかった。もっと付け入る隙があると思っていた。
「グラッド様、わたくしのことを信じて下さい!わたくしはクラリス様の友人です。この人はクラリス様ではありません!」
「リリアナ様、どうしてそのような事をおっしゃっるのですか?わたくしのことをお祝いしていただけないのですか?悲しいですわ」
「クラリス様はグラッド様の事を好きになんてなりませんもの」
「リリアナ様、クラリスとは親しいとお聞きしていましたが、どうしてこんな酷いことをおっしゃるのですか?」
此方を怪訝そうに見るグラッドに焦りが掻き立てられる。
「グラッド様、違います。」
「クラリスは今まで子供っぽい発言していましたが、あの事件以来自身を顧み、伯爵令嬢として相応しくなれるように努力を」
「グラッド様、騙されてはいけません。この人は、クラリス様ではありません!」
グラッドが首を横に振る。
「理由もなく貶める人だとは知りませんでした。ミランダ、彼女を追い出して下さい。パイライト伯爵様に連絡させていただきます」
冷たい眼差しで此方を見る。
そんな目でわたくしを見ないで!
「グラッド様!クラリス様の加護属性を確認してください!そうすればわたくしが正しい事がわかりますわ!」
術式は成功していた。クラリスは異世界に追い出した。あとは、グラッド様をあの異世界人から救い出すだけ。




