召喚28
翌日、ジャックは朝食まで堪能して帰っていった。
フレッドの眉間の皺と笑顔がアンバランスで面白かったが、クラリスの為にも自室でこっそり「昨日と今朝のフレッド様の事は言葉にしないでね、クラリス様」と呟く。どれほどの効果があるかはわからないが。
今日から今までの読書時間に加えてミレニアから魔法についてという課題という名の質問書が届くようになった。
本当なら部屋に行って話をしたいところだが、収穫祭前の忙しさと季節外れの魔植物の発生でそれどころではないらしい。季節外れの魔植物の発生という所に若干不安を感じるが、日々の不運軽減策は抜かりなく行なっているからこれは違うと思い直す。
昨日は相当無理して時間を取ったことに思い至り、申し訳ないとミランダにこぼすと、
「リオ様、それは間違いでございます。時間を取ると決めたのは旦那様と奥様です。それに魔法についてなら、ジャック様だけで事足りたのですから、思い悩むだけ無駄でございます」
ばっさり言われた。
「あはは、ありがとう、ミランダ。それにしても、魔植物は魔獣と不可思議さが全然違いますね。季節で発生する種がいるとか。魔生物の本も九割魔獣の生態だし、扱いが違うというか」
やっと魔生物の本の魔植物の巻までたどり着いた。
そこには、さっきまで読んでいた魔獣とは異なる記述が多く絶賛混乱中だ。
魔生物は高濃度魔素に晒された生物が変貌するものというのが定説。が、魔植物の一部は体内の魔素が一定量を越えると変化する。凶暴性が増すといわれる生態も少し意味合いが違う。季節性魔植物は毒を持つ、元々の特性で毒を持たない種も変化した段階で毒持ちに変わる。
「凶暴というか、凶悪ですよ。火で燃えるからいいですけど。」
「それでも、大変な作業でございますよ。駆除に土属性と火属性が駆り出されるのですから。結構な人手が必要です。例年ならグラッド様が陣頭指揮をとり一気に終わらせるのですが、まだ帰領されてませんから余計人数が必要になります。帰領まで放置するわけにもいきませんから」
季節性魔植物は毒持ち、対処に時間がかかると土壌汚染や人体に影響がでる。
駆除方法は、まず土属性特化魔法で魔植物を地上に全て出す。そして火属性特化魔法で燃やす。火で表面を焼くだけでは不十分らしい。
「術式なら消費が抑えられますし、属性特化の術式札もありますよ?そんなに人手がかかるんですか?」
「……リオ様、申し訳ありません。説明が足りておりませんでした。季節性魔植物は厄介な性質を持っております。まずは、毒。その次に威力の高い属性特化魔法にしか反応を示しません、駆除の仕方が特殊なのです。威力が高い魔術は消費魔力が抑えられていても、大きな負担です。それに加護のない属性の特化術式札では駆除に適した効果を得られないのです。例年でも三日はかかります」
「グラッドがいて、三日ですか。じゃあ、今回はどれくらいかかる見込みなのですか?」
「一週間は超えないとは思いますが、およそ倍の時間がかかると見ています。ですが、今回の発生を旦那様はグラッド様頼りになっていた魔植物駆除の体制を見直すきっかけにするようです」
「そうですか、でもまぁそうですよね。グラッド様がいつも領地にいるとは限らないですものね。」
魔植物の本を読みながら、駆除方法の記述が少ないことに気づいた。別の本があるのかも知れないなとメモに書き込む。
読書と魔法について考えることに没頭して数日。
秋の長期休暇でグラッドが帰ってきた。
「おかえりなさい、グラッド」
玄関まで迎えにでる。ミランダを振り切る速さで、グラッドに近づき手を取る。
「熱烈なお出迎えですね、クラリス。どうしました?」
「グラッド、外国には女性が男性をエスコートする国があるそうなの。知ってまして?」
「ああ、クァール女帝国ですか。」
「そうなの、お話しを聞いてから一度やってみたいと思っていたの。お父様の部屋までわたくしがグラッドをエスコートしますわ」
「ここはソルシエールですが。」
「少しぐらい付き合ってくれてもいいんじゃないかしら。グラッドのケチ」
「はいはい、わかりましたよ。ジョージ、すまないが、」
「はい。かしこまりました」
侍従長が他の使用人に指示をだすのを横目に確認しながら、グラッドとクラリスは歩き出す。
その後ろからミランダとセシルが続いた。
「グラッド、わたくし療養で帰ってきたはずなのに学園にいるより沢山勉強しましてよ。」
「へぇ、それでこれは勉強の成果?」
「違いますわ。女帝国のことは、お客様から伺ったの」
療養期間中にあったことを話しながら歩く。
実は今日グラッドを迎えに行くか行かないかミランダと意見が分かれた。ミランダは行く方がクラリスらしいと判断した。私は迎えにでたがらないで行かないという意見。グラッドだけ学園で過ごせてずるいと思う気持ちが先に立ちそうと考えた。結果、ずるいもあるが外国の話と外出が楽しかったので迎えに行くに落ち着いた。その時、外国の話をだせば、拗ねて迎えにこない派も違和感を抱かないだろうとの判断。
結構クラリスのイメージが、使用人達の中でも割れていることに驚いた。
ミランダ曰く、屋敷内でのクラリスしか知らない人はクラリスの事を我儘お嬢様としてみているとのこと。
外でのクラリスを知っている人は家の中でぐらい羽根を伸ばしてもいいよねと好意的にみているそう。
たしかに学園でも意見が割れていた。マナーや所作は完璧だから、その素直な言葉に裏を探る派と周りにいないタイプで好意的に受け取る派。
そもそも貴族の子供達は意外とクラリスのことを好意的に解釈している。
裏を探る派も、そもそも裏など無いのだが、誤解ではあるが好感度が高い。
ここまで考えて憂鬱になった。クラリスと正反対の人物として召喚された私は同級生からの好感度はほぼ皆無だろうから。
「クラリス?どうしましたか?」
黙ってしまったクラリスにグラッドが尋ねる。
「グラッド、エスコートって大変ですのね。わたくし、もっと上手く出来るつもりでしてよ」
慌てて捻りだした言い訳は、アウトなのかセーフなのか、グラッドがクラリスの手を取り直し
「では戻しますか?」
笑う。この顔は苦笑い、クラリスの言動に大体彼はこんな顔で笑う。
「いいえ、ちゃんとお父様の部屋までエスコートしますわ」
気を取り直してグラッドの手を握る。




