召喚26
次の日の朝食後。フレッドの執務室へ呼ばれて行くと、そこにいたのは白髪と金色の瞳をした目立つ風貌の男性だった。
長身で、腰まで伸びた髪、歳は三十代後半から四十代前半くらいだろうか。服の上からも鍛えているのがわかる体格をしていた。
「クラリス、おはよう。早速だが、彼を紹介していいかな。彼はジャック、私の古い友人だ」
「おはようございます。お初にお目にかかります、クラリス・サイスでございます。本日は僭越ながらわたくしがこの街の案内をされていただきます。どうぞ宜しくお願い致します」
丁寧に丁寧に挨拶をする。ジャックは金色の瞳を面白そうに輝かせていた。
「『初めまして、お嬢さん』今日は宜しく」
日本語を混ぜたセリフに、私は首を傾げる。
「ジャック様、大変申し訳ありません。もう一度おっしゃっていただけますか?」
「『初めましてお嬢さん』」
「ジャック様、わたくしの不勉強で申し訳ありません。ジャック様がなんとおっしゃっているのか、わかりません。申し訳ありません」
しゅんと悲しげな様子で視線を落とす。
「クラリス、ジャックは外国にいた期間が長くてね。びっくりしただろう?」
フレッドが笑いながら教えてくれる。この世界の言語は基本一つだ。が、各地の方言が発展して別言語のようになっている場合もある。極小だが。
ここは執務室なので、私たち以外の人達もいる。彼等が此方を伺っているのが分かる。
まぁその気持ちも分からなくはない。だってクラリスが執務室にきたことなんてないのだから。
「まぁ、そうだったのですね。ジャック様、後で外国のお話しを伺ってもよろしいでしょうか?」
「構わないよ。では、クラリス嬢いこうか?」
「はい、ご案内いたします。ジャック様此方へ。お父様、行って参ります」
「クラリス、宜しく。ジャックも楽しんでおいで」
私達は執務室をでて、玄関まで話をしながら歩く。
ジャックの外国語を交えた、世間話をしながら。
「『私の日本語はどう?ちゃんと話せているかな?』クラリス嬢はフレッドに似て美しいね」
「まぁ、ジャック様ったらお上手ですわ」
「私の知り合いのニコルも同じように言っていたよ。『ニコルの日本語はどうだった?』会った事があるでしょ?」
「あら、ニコル様が?ジャック様の方がお上手でしてよ」
何この副音声的な会話は。使用人の目があるからおおっぴらに日本語で会話できないけども。
クラリスは少しはしゃぎながら、ジャックと楽しく歩く。玄関先に停まる馬車へ向かう。
「ジャック様、お先にどうぞ。…ミランダ、お母様は?」
「旦那様の許可がおりなかったようで後で合流するとのことでした」
昨晩一緒に行くと言っていたが姿が見えないので、もしかしてと思ったら
「わかりました。では行きましょう」
今日の馬車は中型車だ。
馬車に乗り込み、ジャックの向かいに座る。
「ジャック様、お待たせ致しました。これから、ご案内させていただきます。気になることがあれば、なんでもご質問下さいね」
馬車が走り出す。馬車の魔道具が始動した。防振作用のある魔道具のおかげで車内外防音の効果がえられている。
「リオさん、お疲れ様。もう大丈夫、楽にしていいよ」
「ジャック様、ちょっと意地悪ではないですか?なんですか、日本語を混ぜてくるなんて聞いてませんよ」
「ごめんごめん。ほんの出来心だよ。じゃあ、改めて自己紹介をしよう。私は魔法省魔導局局長ジャック・ラングストン。この度は、我の国の馬鹿共が起こした事件に巻き込んでしまって大変申し訳なかった」
笑顔がなりをひそめ、ジャックは真剣な顔で頭を下げた。
「事件の詳細は部下から報告を受けている。対応が遅れている件も合わせて謝罪させていただきたい。辛い思いをさせて申し訳ない。これから、急ぎ対処していく。もうしばらく時間をいただけないだろうか?」
大の大人に頭を下げられ詫びられる状況がいたたまれなくなる。
「ジャック様、謝罪を受けます、ですから顔を上げて下さい。お願いします」
顔を上げたジャックと目が合う。金色の瞳を通して真摯な気持ちが伝わってくる。
「寂しい気持ちがないとはいいません。でも私はゆっくり異世界読書生活を楽しんでいるので、気に病まないで下さい」
安心してもらおうと意識して笑う。表情筋よ、仕事だ!
ジャックに「無理はしないように」と釘を刺されて、話しは召喚事件へと移る。
「リオさんが、気にしているリリアナ嬢だけど、あの日の動向が少しおかしいんだ。召喚の行われた時間帯に同じ建物内にいたことがわかった。担当教師が目撃している。午後の授業は別の建物だったから覚えていたそうだ。」
「なんと。うーん、フレッド様から元々入れ替わり召喚を目的としていた節があることはきいていますか?」
「ああ、聞いた。……厄介なことになったな」
彼女が召喚者条件の書かれた魔紙を持ち去った可能性がでてきた。
「もう術式の一部は処分されてますよね。はぁ、自白でもしてくれたら一番なんですけどね」
「自白か。……ミレニアがリリアナ嬢が会いにくるって言ってたと聞いたが、会いにきた時に彼女の目の前で、グラッド君とイチャつけば逆上してボロ出すんじゃないか?」
「ジャック様、顔が笑ってますけど」
「まぁ、その時がきたら取り敢えずダメ元でイチャついてみてよ。」
いやいや、そんなに上手くいくはずないよ。
「サイス領の公式発表は、クラリス嬢が説明した状況を元にしていると駄目押ししておこう。というか、フレッドがもう手回ししてると思うから私が出来ることはないけどね」
そんなに上手くいくわけないと顔にでてたのか、ジャックは悪ふざけを企む子供みたいな顔で笑った。取り繕う気はないらしい。
それから、彼とリリアナの関係についても新たにわかった事がある。
「彼は、元々貴族ではなかったらしい。養子縁組で貴族になった。が、実の両親に十分な補償がされてなかったのか、揉めてたらしい。で、召喚のあとリリアナ嬢の名前でとある施設に多額の寄付があった。彼の実の両親の経営する孤児院だ。」
「時期が時期だけに、これは、当たりですかね」
「念のため調査は続けている。我々が疑っていると考えてなければ当たりだな」
「それにしても、他領の情報なんてどこから手に入れるんですか?しかもお金の動きなんて」
「ニコルは元諜報部員だったからな。楽勝でしたって笑ってたぞ」
ニコルが元諜報部員、イメージが湧かない。
「その諜報部員、私に初っ端から喧嘩売ってきましたけど大丈夫ですか?」
確か、異世界からきたお嬢さんだったっけ?好奇心でかけた言葉だって気づいたから買ったけど。
「あ、あれは。試金石みたいなやつだな。悪感情を持たれたら対応を周囲に投げて周囲の評価を上げる。好感情なら懐に飛び込む。簡単に言えばそんな所かな」
「ニコル様は何故召喚課にいるんですか?優秀なら諜報部が手離さないですよね」
「とある事件に巻き込まれて諜報部が破棄しかけてたのを召喚課が拾った。優秀な人材を潰されては敵わないからな。」
破棄って人に使う言葉じゃないと思ったが、人を道具の様に扱うそういう世界なのかと無意識に息を呑む。
「理由を聞いた私が言うのも何ですが、気軽に話していいんですか?」
「大丈夫、ニコルには了解を得てるから。」
ふとジャックが窓の外に視線を向けた。私もつられて窓の外をみる。なんの変哲もないクロムの街並み。
「これからクラリス嬢に宛てた手紙を送る予定だ。返ってくるのは遅くても一週間。それと並行して帰還用の術式の構築に入る。秋の収穫祭の後には帰れるはずだ。」
「はい。わかりました。でもその前に後顧の憂いを断ちたいですね。」
「それについては、私達に任せてくれ。リオさんは、観光でもして心に余裕をもっていて欲しい」
「心の余裕、ニコル様にも言われました。考えすぎずに、楽しむようにします」
馬車は神殿を回り、領主の館に戻って行く。




