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不運な召喚の顛末  作者:
第一章
26/605

召喚25

ミレニアの部屋に入る。

何度か訪れた部屋ではあるが、私は初めてである。円卓に招かれ、椅子に座る。お茶の支度はライラが行うが、何故かその後の給仕をミランダに任せて、ライラは部屋を出て行った。

「あの、ライラは」

「私に気を遣って、給仕を譲ってくださるんです。奥様との時間を過ごせるように」

「お二人の仲は結構知られていることなんですか?恩義があるって」

「ライラは私が侍女になる経緯を知っていますし、それに私の教育係でした」

お茶を淹れ終えたミランダは扉の前に控える。それを確認したミレニアが口を開く。

「それで、リオさん。お話しがあると、聞いているのですが」

居住まいを正して、ゆっくり話す。

「はい、ミレニア様。魔獣の肉を食用処理する為の魔道具に使われている術式についてお聞きしたいことがあります。」

ミレニアは無言で頷き、先を促す。

私は、ミランダからミレニアが研究をしていると聞いて詳しく知りたいと思ったことを話す。

「その術式が運用できれば、魔生物を元の状態に戻せるのではないかと考えました。そうすれば、」

「魔障による被害が減らせる。リオさん、一つ質問をしても宜しいでしょうか?」

私の言葉を先に口にしたミレニアの様子が変わった。

空気が張り詰める。ミレニアの顔から表情が消えた。

怒らせた?違う、この感じは、疑われている?

なんで?いや、取り敢えず、落ち着け。ゆっくり。

「なんでしょうか?」

「ミランダやグラッドから、貴女が勤勉でわたくし達に恩を感じ、役に立ちたいと思っていると話は伺っています。それは、とても嬉しいことです」

ミレニアの表情に変化はない。

「ですが、貴女はこの世界の方ではない。自身の世界に戻る方です。自ら深入りする理由をお聞かせください。もし、特に理由がないのなら、手を引いていただけませんか?」

理由はひとつしかない。と考えた時に、思い至った。

「私に考えつくことは、歴代の研究者が考えていただろうことも、実現できなかったことなのも知っています。私が考えることでクラリス様が戻った時に、より違いに戸惑う人がでるかもしれないことも知っています。」

そう、知っている。私に何かを成せるだけの才覚なんてないことを。クラリスにとって不都合だろうことも。でも、認識が甘かった。

「ですが、私はやめられないのです。私にとって読書はただ本を読むことではなく、内容について考えて推察してその答えを得るためのものなのです。そこでうまれた案を何か役立てられないかと単純に思っただけで、理由はありません。深入りしている自覚も指摘されるまでありませんでした。申し訳ありません」

深々と頭を下げて謝る。顔を上げると、

「闇属性もちの性ですね。ごめんなさい、わたくしも悪い方に考えすぎました。」

微笑むミレニアと目があった。優しい雰囲気に緊張が緩む。

そしてその言葉で、ミレニアの心配の理由に気づいた。

「いえ、クラリス様に成りかわるとか難易度が高すぎて出来ませんから。安心して下さい」

「フレッド様は、この機会に利を得ておこうと思っていてクラリスらしさを踏まえていれば発言に貴女らしさを感じても良しとしています。」

「あぁ、あの養蚕とか、他にもありましたね。コランダムに視察に行くとか、マウリッツの特産品は何が美味しいかとか。すみません、深く考えていませんでした。」

クラリスを気遣って話かけてるくらいにしか感じてなかった。さり気なくかつフレッドらしい話のチョイス、この事件の賠償問題が質問の根底にあるのは分かったが、特に深く考えずに質問に答えていた。

「いえ、フレッド様が良しとしていますので。それで、リオさん。魔道具の術式の件なのですが」

「あ、あのいいのですか?深入りし過ぎているのですよね?私」

「いいのです。最初にフレッド様が許可を出したことなのに、後からわたくしが勝手に疑って阻んではいけませんでした。ごめんなさい、リオさん」

少し悲しそうな表情で謝るミレニアの姿に胸が苦しくなる。何か言わなくては、いけないような気がして焦る。

「あ、あの。私は、ミレニア様がクラリス様をとても大切に思っていることを知っています。厳しさの中にある愛情を感じています。えっと、その」

「ありがとうございます、リオさん」

上手く言葉にできない私にミレニアは優しく微笑んだ。

それから、読書三昧中に感じたこと、考えたことを話す。フレッドには報告済みの手記のこと、魔道具のこと、魔障、魔生物のこと。

話し終えるまで結構時間がかかった。

その間、ミレニアは無言で聞いていた。

「わかりました。ひとまず、リオさんの読書メモをお借りしても宜しいでしょうか?それから、明日魔導局局長がフレッド様の古い友人を装っていらっしゃいます。彼の案内の際はわたくしも同行致します。その時に、術式についてはお話ししましょう」

わかりやすくにっこりと笑った顔に、私は動揺した。あの笑顔は、厳しめ指導の前触れ、ミレニアが気合を入れた時の顔と記憶している。

「はい、宜しくお願いします」

そして、ミレニアの部屋後にする。

自室に戻った後は、読書メモをミランダに託し、画集を読みながら、属性特化魔法を使う。

画集に描かれている植物を影人形を作る要領で立体化する。イメージだけだと、上手く作れなかったが実際に指針となる物を見ながらだと魔力消費も少なくてすむ。クラリスは光の属性特化魔法をあまり使わなかった。光属性でかつ魔力を持っている人が少なく殆ど魔法の事例がないため、教師も教えられなかった。

結構、色々できるよね。ライトは勿論、目眩し、錯覚、ステルス、蜃気楼、条件によっては火を起こせるし、視覚に影響を及ぼすところは闇属性とも似てるんだよなぁ。

ん?闇属性で光属性を装えるかな?

画集を戻して、部屋の中央に立つ。足元の影に集中する。

版画みたいに。切り絵みたいに。影を移動させて、光の部分、丸く影の無い部分を作る。床が見える。それをいくつも作ってみる。

「おお、結構できるね。じゃあ、色は光の反射だから、」

緑と認識しているスカートに青の光以外を吸収するように意識して、魔力を流す。青のスカートが出来上がった。全部の色の光を吸収する場合は。

「お、黒色のスカートだ。じゃあ、どの色も吸収しない、と。……白。吸収しないが可能なら、反射するも成り立つ?…無理か。自発的な反射と光源を生むことはできない、と」

色々試してみてわかってきたことがある。

闇属性は影を操る、吸収、闇を生み出す、後は概念的な隠す、紛れるに類似する事象が起こせる。

魔法は事細かくイメージすればするほど魔力消費が減る。

なんとなく影が動くよりも、手の平サイズの影が左右にゆっくり動くの方が消費魔力が少ない。

「魔法は学園では殆ど基礎しか習わないからな、まぁ確かに汎用性の高い魔術に比べたら個人差が激しいから仕方ないか。属性特化の分類はもっと調査したほうがいいと思うけど」

魔法基礎の授業では、属性特化魔法の出来ること出来ないことの範囲、魔素、魔力、魔力形状変化といった基礎しか習わない。不思議だ。

色々試していたら、ミランダが戻ってきた。少し楽しそう。ミレニアと過ごせて嬉しかったようだ。

「リオ様、メモにはどういったことを書いたのですか?奥様が研究者の顔になっていましたが」

ちょっと違った。

軽く話をすると、ミランダは目を見張る。ふと「奥様、徹夜するつもりですね」と呟いた。

闇属性持ちは興味のある方向に一直線に突き進む傾向があるそうだ。他属性よりレベルが高いほどその傾向が強くなる。

「ミランダ、」

「明日からは旦那様が少し拗ねるかもしれません」

「フレッド様が?」

「ええ、旦那様は奥様のことが大好きですから。説明を求められるでしょう。奥様が絡んだ旦那様は、正直面倒臭いです」

「そんなに」

頷くミランダの顔が真剣だった。「はい」と言った声が重たかった。

ちょっと憂鬱な気持ちで、その日は休むことになった。

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