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不運な召喚の顛末  作者:
第一章
25/605

召喚24

気を取り直して読書に戻ろう。今は魔生物の基礎研究本を読んでいる。最初に借りた本は八割返却済みだ。

「ミランダは魔生物を見た事ありますか?」

魔素濃度が高い地域で発生する魔生物を街に住む人が目にする機会は殆どない。

サイス領なら魔障発生地域とその近辺、偶に農村に出たりする。

本に生態、習性と一緒に絵が描かれているが、結構写実的で怖い。

動物だったころの習性と似通った所もあるが、凶暴性が増し、縄張り意識も強くなる。同種の動物は襲わないなど興味深い。

「はい、ございます。10年程前ではありますが」

「侍女の前は、冒険者だったのですか?」

ミランダの前職はクラリスでも知らなかった。

「そのようなものです」

意味深だなぁと思いつつも、突っ込まず流す。

「本にあるように、動植物が変化したと思える箇所があったりするんですか?」

「そうですね、大半は動植物の変化だと感じる物ばかりです。中には特殊な例で死骸が魔獣に変化する所を目撃しました。確か別冊魔生物誌に記載があったはずです」

「なるほど、まだそこまでは辿り着けていませんでした。あの、ミランダ。魔生物って自然発生はしないのですか?」

媒体があっての変化ではなく、何もないところに湧いてでるみたいなのはないのだろうか?

「そうですね、出会った事はありません。ですが、魔素循環器がなければ魔生物は生存できませんので自然発生は難しいのではないでしょうか」

「ミランダ、ありがとうございます。」

魔素循環器は一部の生物に備わっている器官だ。哺乳類はほぼ持っている。生物の派生として魔生物がいる。なるほど、それなら何もない所からは難しい。

「魔獣の素材は意外と流通しています。肉は食肉処理をすれば食材として、皮などは服や靴などに利用されています。元々動物ですから。」

「食肉処理ですか、魔素濃度が高いからそのままは危ないと書かれていますが」

「魔素を取り除く魔道具、物質に溶けた魔素を空気中にもどす魔道具があります。それで取り除き、食肉として流通させます。冒険者ギルドの仕事の一つです」

「この魔道具を改良して、魔素を散らせないんですか?設計図が見たいですね、……設計図百選には載ってなかった。神殿か…結構有用な魔道具だから研究進んでてもおかしくないよね」

最後のほうは独り言になった私にミランダが、設計図は冒険者ギルドにも控えられていることを教えてくれた。更に、使用されている術式もギルド員は保持しているらしい。魔道具はあくまで一般職員用で、魔力を有している冒険者は術式を刻んだカードを持っているようだ。

「奥様も以前研究していたようですが、術式が完成され過ぎていて改変が難しく、新たな術式を組むと大きく膨大な魔力消費を必要とする術式しか組めなかったと。まだ研究は続けられていると思いますが、奥様にお話ししておきましょうか?」

確か魔道具の本にも改良が難しい場合が多いと記述があった。万能性ではなく専門性に特化して組む為洗練され過ぎた結果、改変の余地がなくなると。

「お願いします。お話し聞いてみたいです」

ミランダがすぐにミレニアに話を通してくれた。今夜の夕食後にミレニアの自室へ行くことになった。

書庫でのミランダとの会話を聞いてしまってから、なんだか気まずい。聞いていたことは黙っているが、ミレニアの顔をみると思い出して寂しくなる。

毎日夕食の時間に顔を合わせるが、ミレニアの優しい眼差しに苦しくなる。

夕食の時間まで、読書を続けた。

今夜の献立は、スレートで獲れた魚を使ったアクアパッツァだ。ソルシエールは島国だから、どの地方でも魚が獲れる。サイス領でも魚が獲れるが、クロムは内陸部に位置するため沿岸部に比べて魚料理を食する機会が少ない。今日はスレート子爵が仕事で来ていたと夕食の場で聞かされた。そのついでに魚を持ってきてくれたのだそうだ。

「まあ、わたくしも挨拶したかったですわ。お父様。テオおじ様はお元気でした?」

テオ・スレート子爵はフレッドの幼馴染みでよく屋敷にも遊びにきていて、クラリスを可愛がっている大人の一人だ。

「あぁ、テオも会いたがっていたが今日は時間がなくてね。収穫祭の後にまた改めて来ると言っていた。その前に魚の御礼の手紙でも書いてあげるといい、喜ぶから」

「わかりましたわ」

魚料理は久しぶりだ。じっくり味わって食べる。アクアパッツァもいいが、刺身が食べたくなってくる。生簀で運べないかなぁと思いながら、生で食べる習慣がないのを思い出した。シノノメ領では食べられていると聞いて驚いたのだ。

日本人の召喚者が治めた土地なのに文化的類似性が薄い。なんでだろう。初代様の本を読んでいるが、子供達に食文化の継承や子供に日本名を使うことを禁じたりしている。シノノメ領ではそうではない。

「クラリス、どうしたの?難しい顔をして」

「お母様、わたくしもっと色んなお魚料理を食べたいですわ。コハク様からシノノメ領では魚料理がたくさんあると伺いましたの。どうして、サイスとシノノメではこんなに違いますの?」

「クラリス、お勉強の成果が出ているようでわたくしは嬉しいですよ。ですが、今は食事中です。あとでわたくしの部屋にいらっしゃい。そこでお話しましょう。」

「はい、お母様」

大分クラリスの無邪気な笑顔が表現できるようになってきたと思う。何故なら侍従長の表情が最初の頃より柔らかい。

だが、油断は禁物だ。気を引き締める。

夕食の後、一日の報告の時間に、フレッドから体調についての質問がある。クラリスは療養しつつ、勉強していることになっているからだ。

少しだけ不満そうな顔で、答える。

「体調は悪くありません。でも、お勉強ばかりで少し退屈ですの。お父様、わたくし外出の許可をいただきたいです」

おねだりしてみるも、断られるという流れになっている。はずだった。

「そうだね、わかった。明日は古い友人が来ることになっている。彼に街を案内してやってほしい。頼めるかな?」

???なんだって?

「フレッド様、宜しいのですか?」

「お、お父様、本当に?本当に外出しても宜しいんですか?」

お腹に力を入れて、声が震えそうになるのを耐える。

「街を案内するだけだし、それに馬車で回るだけだからそんなに負担にならないでしょ。」

「お父様、ありがとうございます」

嬉しい気持ちが溢れて笑いが止まらないクラリスを続ける。

それから今日の勉強の進捗具合の報告をクラリスっぽく済ませて、先にミレニアと共に席をたち、部屋へ向かう。

「クラリス、ご機嫌ね」

「だってお母様、外出ですよ。うふふ、楽しみですわ」

「クラリス、客人の案内役であるということを忘れてはいけません。そのことも話さなくてはいけませんね」

「はーい」

もう、わかっているのかしらとため息をついたミレニアにライラが

「クラリス様も大分熱心に勉強されているのですから、外出が楽しみなのは仕方ありませんよ」

とフォローする。ライラには結構な量の本を一度見られている。その為か、クラリスが相当頑張っていると認識されているようだ。

「わたくし、街の案内を完璧にしてみせますわ」

微笑ましいではありませんかと笑うライラに内心申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


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