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不運な召喚の顛末  作者:
第一章
24/605

召喚23

翌日、グラッドは秋の長期休暇まで後2週間以上あるため学園へ戻っていった。

私は読書三昧の日々を送っている。

そしてあの初代サイス伯爵の手記は、『鍵のかかった日記帳』だった。

初めに軽く中を確認した時にはどこのものとも言えない文字が並んでいた。しかし表紙を捲ると、はじめに詩歌が書かれていた。それも日本語でだ。詠人の名前はなく、作者を知っていたので軽い気持ちで呟くと、さっきまで読めなかった本の中身が読めるようになっていた。日本語で書かれている。しかも現代語だった。パラパラとめくって中を読み、またやらかしたことに気付いた。急いで本を閉じる。

「まじか。」

表紙を捲った最初の頁に『もし鍵を開けてしまった場合は私の気持ちを考えて、見なかった事にして下さい。閉じる鍵は詩歌を声に出して読んで下さい』と書いてあった。

『ここには、私の個人的な感傷しかありません。もし有益な情報を望むなら別の書物をお薦めします』

取り敢えず、書かれた書物のタイトルを控える。

多分私がここで読まずにいても、クラリスが開ける可能性がある。でも、私は本を閉じた。

「人様の日記なんて、読むものじゃないよ」

本にまた鍵をかけて戻した。それからは、他の事で役に立とうと思い直した。

それからは読書の傍らアイディアを書き留めている。

サイス領で役立つものかぁ、魔障が無くなればいいんだろうけど、付け焼き刃の知識でどうにかなるのならもう世界から魔障はなくなっているに違いない。

最初にクラリスの知識で知っていた魔障とは、認識が少し変わった。魔障発生地域はそもそも魔素濃度が高い。それが、更に上昇しその土地に留まることで発生していると魔障研究書では書かれていた。

魔障以外の問題もある。内政、他領との関係性、転移者支援などなど。

領の方針としては地産地消が主軸にある。それもひとえに、魔障発生時に他領からの干渉を極力減らすためだ。借りを作らない為の地産地消。初代様以前の統治の時代に揉めたらしく、この地に根付いた考え方を変えずに上手く回る方法を作りだしたのが初代様。

服飾は初代サイス伯爵の着ていた服を基本の型とし、発展。その他の分野、建築、農業、魔道具産業も独自の技術と発展を遂げているし、輸出と冒険者産業はサイス領の外貨を稼いでいる。

私に初代様並の才覚がない限り、素人では介入出来ないレベルだ。

転移者問題か?新しい魔道具案?他には、魔法?

文面を追いつつ、気になる用語の書き出し、ペンが止まった所で、

「リオ様、休憩に致しましょう」

ミランダの声に我にかえる。私がほっとくと時間を忘れて過ごすので、ミランダが適宜休憩の時間を作ってくれる。ありがたい。

「はい」

かれこれ一週間読書漬けの日々。

わかったことは山程あるが、知れば知る程私は自分の自信過剰さに嫌気がさす。調子に乗って何か出来る気でいた。

「今日の茶葉はどれにしようかな」

お茶を飲む間は何も考えないと読書三昧初日に決めた。ただひたすらに休憩するのだ。

爽やか香りのする茶葉を選択する。クラリス好みのお茶だ。これは結構いい。まぁ、クラリスはここに砂糖を入れるが、私は無糖派だ。

ほっと一息ついて、ぼんやりする。

「リオ様、明日魔法省の方がお見えになります。旦那様の自室にくるようにと連絡がございました。」

「はい、わかりました。ニコル様ですか?」

知っている魔法省職員がニコルだけなのでそう訊ねた。

「いえ、魔法省魔導局局長ジャック様です。」

フレッドの言っていた方だろうか?

「昨日北部演習から戻られたようです」

「昨日の今日で、大変ですね」

「リオ様は寛大でいらっしゃいますね。本来ならば直ぐに戻って指揮すべき案件です。局長様も戻るべきと進言したようですが、北部演習は大変な時間とお金をかけた計画ですので中止も難しく、申し訳ありません」

寒暖差で体調を崩さないか心配だなと思っていたなんて言えなくなった。本来の対応が出来ていない状態だとミランダが教えてくれた。

「ミランダが何故謝るのですか?いいんですよ、きっとこの件でフレッド様は方々に色々ふっかける気でしょうし、昨日の夕食時に養蚕業の話をしていたじゃないですか。あんな感じで要求しそうです」

昨日の夕食の席でフレッドが養蚕についてどう思うか意見を聞いてきた。養蚕はウパラ領パイライトの主要産業の一つだ。サイス領ではそこまで盛んではない。絹より綿花が好まれるというのもあるが、職人が少ない。恐らく賠償金の一種で養蚕で何かを要求するつもりだろう。

『まぁ!素敵ですわ、お父様!若い職人を集めてわたくしのお洋服を作ってみたいですわ』

『若い職人?技術的に年嵩の職人では駄目なのかい?クラリス』

『わたくし、学園で服飾の仕事に熱意を持って取り組んでいる方達に出会いましたの。その彼ら曰く、いかに老舗の牙城を崩し若い芽を育てるかが重要だと。ウパラの若い職人は貪欲な方々が多いとお聞きしていますわ。それに若い方のほうがわたくしの魅力を最大限表現した洋服が作れそうですし』

若い職人のやる気と熱意、そして時間を得たほうがいいと職人を推した。クラリスらしさをだしたら、一瞬呆気にとられていた侍従長とライラが苦笑いをした。

「若い職人に服を作らせると言っていましたよね。本当に若い職人でよろしいんですか?」

クラリスの振りで伝えたいことを伝えられたのかと訝しんでいるようだ。

「一見、価値が小さくみえる方が角が立たないしいいんですよ。本当は違ってても、見え方は大事だと思いますから。若い職人が頑張れば領内の年嵩の職人も奮起します。若いといっても素人を得るわけではありません。技術者を得られるのですから。利はあると思いますけど」

若い職人は日本では希少だった。継承者不足で悩んでいる業種も沢山あった。だからこそ、重要だと思う。

「リオ様はまだお若いのに本当に色々と考えられているのですね。立派です」

ミランダの言葉に表情が強張る。

立派、だろうか?客観的な意見は言える。

でも私は、自分のことがよくわからない。将来の展望が思い描けない。どうなりたいのか全く浮かばない。

急に不安が押し寄せる。

「リオ様?どうされたのですか」

頬を温かい何かがつたう。驚くミランダの声に涙が出ていることに思い至った。

「私は立派なんかじゃありません。自分の将来のことだって考えつかない。何になりたいのか全然わからないんです」

ミランダに涙を拭かれながら、呟く。ミランダと目があった。水色の瞳が射抜くように私を見つめる。

「リオ様はご自分に厳しすぎるのではありませんか?もっと肩の力を抜いて下さい。」

「うぅ、でも」

「そうですね。わ、私は今年で25になりますが、将来の展望は特にありません。成り行きで侍女として働くことになりましたし、どうなりたいとは考えたこともありません。」

「意外です」

「ふふ、ですが私は恩人である奥様に恥じるような生き方はしないと決めております。リオ様はどういう自分でいたいですか?それさえあれば、結構どうとでもなりますよ」

どんな自分でいたいか。

「ありがとうございます、ミランダ。ちょっと考えてみます」

「真面目なリオ様には、セシルのお菓子を差し上げます。寮から送って貰いました。どうぞ」

やけにお洒落な箱に入ったお菓子を差し出す。泣いてしまった恥ずかしさもあっておずおずと手を伸ばす。

「ミランダは私を甘やかし過ぎです。…美味しい」


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