休暇編26
「おかえりなさい、グラッド」
アシュレイが微笑む。オリバーとティエラは緊張した面持ちだ。
「リオ様も。お久しぶりですね。」
優美な笑顔に圧倒される。美人恐るべし。
「お久しぶりでございます。フローラ様」
「取り敢えずこちらへ。リオ様、リオさんってお呼びしても?」
挨拶をし終えると悪戯っ子のようなお茶目な笑顔に早変わりした。
「はい。嬉しいです」
ソファにグラッドと並んで座り、改めて挨拶をする。
「婚姻の挨拶に伺いました」
「硬いわね。グラッド」
「母上が軽すぎるのよ!」
ティエラが突っ込む。
「ティエラは真面目ね。もうみんなアシュレイそっくりに育って」
フローラは頬に手をあて、はぁとこれみよがしにため息をついてみせた。
「母上にどうやって似ろと。無理難題すぎます」
小声で言ったオリバーを無視してフローラが、
「リオさん。わたくし軽いかしら」
「軽快な会話につい聞き入っていました。御家族の仲の良さを感じられて楽しいです」
答え辛い質問が飛んできた。なんとか返せただろうか。
「あら。グラッド、リオさんを置いてクロムに戻っていいわよ?」
意外と高評価だった。安堵する。
「断固拒否します」
グラッドはきっぱりと断言する。
「フローラ。グラッドを困らせないでください。」
「仕方ありません。諦めます」
「リオ様。グラッドを頼みます。宜しくお願いします」
「はい。こちらこそ宜しくお願いします。色々ご教授ください」
では、とフローラが何やら画集のような物をソファの裏から取り出した。
「これは、」
「グラッドの幼い頃の姿を描かせた画集です。」
グラッドの表情が固まる。
逆に私は興奮からとびっきりの笑顔で、少々まえのめりの姿勢でフローラが捲る画集にとびつく。
「これが産まれた時で」
「可愛い」
「安産だったわ。驚くほどあっさり産まれて、オリバーが難産だったから不安だったのだけど」
「そうだったのですね。」
「そしてこれが、一歳になる前ね。」
「可愛い」
「初めてのつかまり立ち記念よ。オリバーよりグラッドはのんびりさんだったわ」
「この表情、可愛い」
「全然納得してないあたりが堪らないわね。あと初めて歩いた記念も可愛いわよ」
「可愛い」
「これが二歳、初めての書庫に吃驚した顔」
「可愛い」
フローラと私のやりとりをみていたティエラが、堪らずグラッドに耳打ちする。
「え、グラッド兄様、止めないのですか、あれ」
「無理です」
「しかもリオ様、可愛いしか言ってませんよ」
「可愛いって言ってる内は一人で興奮しているだけなので聞き流してください」
「え、」
「つつくと、」
「リオ様はグラッドのどの辺りが可愛いのですか?子どもの頃から大人びた子どもだったので、リオ様の言う可愛いがわからないのですが」
オリバーの言葉にグラッドが「あ」と声をだした。
「オリバー様。まず、このつかまり立ち記念のグラッドの表情をご覧ください。この不服そうな顔。もっと早く立てたのに、つかまり立ちだけでなく歩けるはずって考えが丸わかりのこの表情。赤子といっても差し支えない歳にも関わらず、この大人びた表情が年齢不相応で可愛らしい。そして、この初めて歩いた記念の表情をご覧ください。どうだと言わんばかりの表情。大満足な出来に思わずこぼれる笑顔。この表情の対比、」
グラッドの可愛いを熱弁する私と頷くフローラ。その横で安易な問いかけをした自分を責めているオリバー。
「ああなります」
項垂れたグラッドの耳が真っ赤になる。
「リオ様は面白い方だね」
「お父様、無理しなくていいのよ?」
「グラッドをこんなに想っているなんて嬉しいね」
「まぁ、それはそうだけど。」
三人の会話が耳に入っていない私とフローラはオリバーにひとしきり語った後、次のページを捲る。
怖い話に泣きべそをかくグラッドに、鉱山見学ではしゃぐグラッド。
「我が家では成人まで専属絵師が色々な成長記録を描いているの。」
兄妹全員分の画集があるようだ。
そして、最後のページは養子縁組が決まった年だった。
「グラッドを兄さんの養子にしたいって話が出た時、わたくしお母様と喧嘩したの。兄さんにはクラリス様がいるじゃないって。」
「フローラ様」
「そしたらお母様、クラリスに領主一族は無理って言い放ったの。酷い話だって思うでしょ?しかもそれを兄さんだけじゃなくてミレニア様にも言ったっていうの。信じられなくて、ミレニア様にお母様の発言を謝罪しに行った、そこでわたくし初めてクラリス様と会ったわ。お母様が言った意味を瞬時に理解したの。」
「理解した、何があったのですか?」
「兄さんは一見冷静にみえた、でも全然冷静じゃなかった。それに、クラリス様とは噛み合ってなかった。ミレニア様は普段とても理知的なのに、クラリス様に振り回されて感情的に見えた。子どもに振り回されるのは親なら当然あることなのに、二人のそれには違和感があった。それがお母様が言った無理なんだって思ったらわたくしは」
顔を歪め今にも泣き出しそうな表情でフローラが語る。
「フローラ様」
「母親としてよりも領主候補としての選択を優先させた。グラッドには酷なことをしたと思っているわ。ごめんなさい」
「母上。その選択は当然だと思っています。気に病まないでください」
グラッドが微笑みかけるとフローラの目から涙がこぼれた。
「ありがとう、グラッド」
そして、と涙を拭い照れた笑顔でフローラがソファの後ろからもう一冊の画集を取り出した。
「これがミレニア様に頼み込んで作ってもらった、養子縁組後のグラッドの成長記録です」
まさかの続きがあるとは思いもよらなかった。しかもミレニアが一枚噛んでいるとは。
「おかしいと思ったんですよ。養母上は絵を描かせるのが好きな方ではないのに何故絵師を呼ぶのか。不思議でしたが、まさか」
「ミレニア様からグラッドの生活観察日記もいただいてます。」
きりりとした表情でそう宣うフローラの肩をアシュレイが軽く叩く。
「フローラ。そろそろ落ち着きませんか?」
笑顔で諭されたフローラは頬を赤らめ、画集を閉じた。
「失礼致しました」
「フローラ様、貴重なお話ありがとうございました」
「後でまた話しましょう」
「ぜひ」
フローラとがっちり手を握りあい、約束をする。
その様子をグラッドは照れながらも嬉しそうな顔で眺めていた。




