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不運な召喚の顛末  作者:
第一章
20/605

召喚19

画集を閉じて、本棚に戻す。

「いらっしゃいませ、お母様」

優雅に挨拶をする。ミレニアは侍女を部屋の外へ下がらせる。今日付いている侍女は、アンナではなかった。いつも付いているライラだ。

「お母様、昨日ライラの姿が見えませんでしたが、お休みでしたの?」

「えぇ、体調を崩していたの」

「まぁ、そうなのですね。お母様、それよりも此方へどうぞ」

「クラリス、そのような物言いはダメだと」

「お母様、今日は此方の長椅子でお茶にしましょう」

ミランダが、ドアを閉める。それを確認して、ミレニアと二人そっと息を吐く。

「少し緊張しました。ミレニア様、どうぞこちらへおかけください」

窓側の長椅子に並んで腰掛ける。窓には薄いレースのカーテンが掛かっている。程良い日の明かりを感じながら、お茶の準備が調うのを待つ。

「こうして、並んでお話しすれば声量も抑えられますから。内緒話にはうってつけですね」

「リオさん、貴女。あちらでは役者をやられてましたの?」

「?いえ?ただの学生ですが」

「そう。クラリスの振りが上手だわ。動きは少しぎこちなく感じるけれど、状況からして許容範囲だし。何かコツでもあるのかしら?」

「成り切ること、でしょうか」

私は兄の言葉を実行しているだけだと説明する。変わった兄だと伝わったのか、ミレニアが笑った。少し冷たい印象のあるミレニアだったが、笑うと大分印象が違う。これは、フレッドに虐められるやつではないか?

運ばれてきたお茶を飲みながら、今日の来訪理由をミレニアが教えてくれた。私に聞きたい事があるらしい。カップを置き、向き直る。想定内だ。

「リオさんは闇属性の単独加護を持っていますね。何か生活に影響はありませんでしたか?」

想定外の質問だった。

動揺を隠し切れず、言葉が出てこなかった。が、その沈黙をミレニアは説明不足のために返答できないと捉えたのか質問の意図を説明し始めた。

「加護の組み合わせやレベルが高いと特殊な影響がでます。例えば、風と水の加護が高レベルかつ加護が二つのみの場合は『魅了』という加護障害が発現します。風や水の加護のない相手から異常なほど執着され命の危機がある危険な加護障害です。」

加護障害、初めて聞いた。ミレニアの説明では、何種類もあるようだ。『魅了』『緑の手』『無感』『狂信』など現在確認されているだけで10種類ある。

「周囲に影響のある種類と本人の特性の延長線上にある種類とがあります。単一加護のレベル4の加護障害は光と闇以外の属性では確認されています。ですから、リオさんもあちらの世界で何か影響があったのではないかと考えたのですが」

ミレニアの表情からは、何故この質問をしているのかは窺い知れなかった。唯の興味か、それとも確信があるのか。

誤魔化すことは可能だ。あちらの世界には魔素もなければ精霊もいないので、特に影響はありませんと言えばいい。

でも、私の口からでてきたのは、

「私は何かに当たることが多いです。屋内は平気ですが、屋外にいる時は日傘がないと歩けないです。」

比較的ましな不運の一例だ。選んだのは誤魔化すことではなく、情報の一部開示だった。この不運をどうにかする情報を得られればと思った。

「空からの落下物だったり、虫が飛んできたり、ボールが当たったりします。危険な目にあったことはないです。ちょっとついてないくらいです」

「そうでしたか。こちらで更に酷くなったりはしませんでしたか?」

「いえ、特には。」

ミレニアは私の手を取る。彼女の冷たい手が気持ちいいと感じる程体温が上昇しているようだ。

「教えてくれてありがとう。」

「いえ。あ、あの加護障害って治らないんですか?」

「加護のレベルが下がれば、無くなると聞いていますが」

「どうやれば下がりますか?」

ミレニアは私の質問にどう答えるか少し悩んだ後、属性の傾向について話始めた。各属性の加護を持つ人々の統計から見えてきたのは性格や適性、職業が偏っていること。火は男性に多く、情熱家で兵士や医師に多い。水は男女比は同率、公正な人が多く、商人、神官、役人が多い。闇は男性がやや多く、好奇心が旺盛で、冒険者、学者に多い。

「闇属性のレベルを下げるには、好奇心を抑えなくてはいけない。不自由な生活を送ると下がる傾向にあるそうです。確実ではありませんが、引退した冒険者は加護レベルが下がっていると報告がありました。」

不自由な生活をして、好奇心を抑える。

無理だと瞬時に思ってしまった。

「他の属性は加護レベルの下がる人が比較的多く見られますが、闇は殆ど下がりません。リオさんも、今無理だと感じたのではないですか?私も闇属性持ちですから、その気持ちは分かります。」

「でも、加護レベルが下がることが分かって良かったです。あ、あのミレニア様、手を離していただけないでしょうか」

「ふふふ、照れている貴女が可愛らしかったものですから。つい意地悪をしてしまいました。」

名残り惜しそうにするミレニアを見ていると、ついそのままでいいですって言ってしまった。照れるけど嫌じゃない。それにクラリスが居なくなって体調を崩されたんだから、ちゃんと生きてるって感じて欲しい。

ミレニアの手の冷たさが、心地良いと同時に冷え性なのかなと心配になる。冷え性は酷くなると冷えで眠れないこともあるって聞いたことがある。身体の不調の原因にもなるらしいし。

「ミレニア様はいつも手足が冷たいですか?」

「ええ、そうね。いつもこれくらいの冷たさよ。どうかしましたか?」

「手足が冷えて眠れないことってないですか?」

「真冬はそういう日もあるけど、普段は、」

「フレッド様が高体温だから平気ですか?」

真っ赤になったミレニアをよそに、何か役に立ちそうな知恵はないか考える。

うーん、なにがあったかな。千加と一緒に読んだ雑誌の内容を思い出そうと集中する。

千加のお姉さんが冷え性だった。そのため、千加は健康雑誌の冷え性特集は欠かさず読んでいた。

えっと、『生姜』は、なんて言うんだろう。確か、クラリスの持っている画集に、植物画があったはず。

記憶を探り、こちらでの発音を見つける。

「ミレニア様、生姜は知っていますか?あれを、30分程熱を加えて食すると温まります。スープに入れるといいかもです。?あれ、どうしましたか?顔が赤いです」

「いえ、なんでもないですよ。続けて」

「はい、あとは手首と足首を温めると全身が温かくなります。大きな血管を温めることに意味があるようです。冷えは体調不良の元になったりするみたいなので気をつけて下さい」

「ありがとう、リオさん。リオさんは優しい子ですね。会ったばかりの私の心配をしてくれて。嬉しいです」

頭を撫で撫でされる。小さい子供みたいに嬉しくなってしまった。恥ずかしさと嬉しさでむずむずする。

「もう少しお話しをしてもいいかしら?」

ミレニアの言葉に、気になっていたことを思い出す。

「はい、私も聞きたい事があります」

「あら、なにかしら?」

「サイス領ではフレッド様の一目惚れで婚姻が決まったとの噂ですが、本当ですか?」

ミレニアの表情が固まった。が、それに気づかずに私はちょっと食い気味に話す。

「どんな感じだったんですか?」

「え、えっと」

真っ赤になったミレニアは噂通りですとだけ答えた。

「噂通り、ですか。じゃあ、パーティーで挨拶したら、すぐさま求婚されたってことですか?フレッド様、凄い行動力ですね。でも魔力量とか諸々制限がありますけど、そこは調べないとわからないですよね?」

「領地内から魔力量の問題の無い女性貴族が集められたお見合いの意味合いの強いパーティでしたので、誰を選んでも特に問題はない状態でした。」

お見合いパーティーだったのか。一目惚れの印象が先行していてどんなパーティーか分かってなかった。そうだよね、自由恋愛できる立場じゃなかった。知っていたはずなのに理解していなかった。クラリスもグラッドもお見合いするのだろう。

お見合い結婚という感覚に馴染めない。なんだかもやもやする。

「そうだったんですね。これから先、クラリス様やグラッド様もお見合いするんでしょうね」

「リオさんはお見合いに違和感がありますか?」

「はい、両親は恋愛結婚で、私もまだ学生なのでよく分からなくて。自由恋愛できる立場じゃないことは知っているんですけど。馴染みがなくて」

「そうですか。クラリスは成人を迎えたら話を進めることになっていますが、グラッドはまだ予定はありませんよ」

私は、唐突にもやもやの理由に気づいた。

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