休暇編21
しばらく話をして通信は終了した。
結局兄貴は何をしにあの場にきたのだろうか。
「千加、ちょっといいかな?」
にっこりと笑って千加を振り返る。
「笑顔が要さんそっくりっすよ」
「ふふふ」
ゆっくり近づく。千加は逃げ道を探って後ずさる。
「グラッド様にお願いされたから場を取り持っただけっす」
「黙ってたのはなんでかな?」
「いやぁ、面白いかなって」
「ふふふ」
逃げようとした千加の手首と足首を魔力鞭で捕らえる。
「何処行くのかなぁ。ちょっとお話ししようか」
「む、娘が待ってるので帰らせていただきます」
「ふふふ」
「理央、怖いっす。」
大人しくなった千加を椅子に座らせて、いつ頃の話なのか尋ねる。春の宴の後頃だったそう。
話の内容は知らないと言われた。婚約者不在時に婚約者の専属とはいえ同じ部屋に独身の男女が集まるのは駄目だとセシルに言われたから。
「なんで逃げるかな」
「えー理央、鏡見なよ。マジ怖ぇから。つか鞭使いが堂にいってるし。まあ二本目は触手感出てるけど」
千加の言葉に、はぁとため息をつき魔力鞭を解除する。
「じゃあ帰ります。転移者支援の件、任せて下さい。報告はこまめにしますから。あ、ミランダ先輩あの話本気ですから、ちゃんとして下さいよ!」
千加は教科書を文箱に詰めて持ち帰っていった。
「ミランダ?あの話ってなんですか?」
「なんでもありません」
ミランダが誤魔化す。
「チカが本気だと言うことはこれから起こりうる可能性が高く回避を必要とすることだと判断しました。私の前で言葉にしたのは、ミランダ以外にも影響があるので私が追及するようにだと思います」
ミランダをじっと見上げる。言葉にするのを躊躇うミランダの言葉を待つ。
「セシルとの婚約の証を目につくように身につけろと言われました。両者なるべく早くと」
「では本日中に実行して下さい」
「リオ様。」
淡々と告げる。
「命じます。」
私の真剣な表情にミランダは項垂れ
「……かしこまりました」
了承する。
「今すぐ行って下さい。」
「はい」
ミランダが出て行くのを目で追う。
何故嫌がるのだろうか。この小さな重みが馴染むまでは違和感があったし生活する中で気になったりもした。でも今では外すと逆に心許無く感じるほど身体の一部になっている。
「命じますは言い過ぎたかな。でも、千加がああまでいうのはあんまりないから回避しないと駄目な出来事だ。心を鬼にして待とう。」
夕食前にミランダが戻ってきた。その左手の薬指には指輪が嵌められている。
「おかえりなさい。私の我儘を聞いていただいてありがとうございますミランダ」
「リオ様。いえ、いつまでも先延ばしにしていた私が悪いので、」
「何故嫌がるのですか?束縛に感じるから?」
「いえ、違和感が」
「ふふふ。なら私の方が今のところ先輩ですね。修行だと思って慣れて下さい。それでセシルさんも指輪をしているのですよね。隠しても無駄ですよ、グラッドに尋ねますから」
「……はい。以前貰った指輪を身につけるからそっちも身につけてほしいって言いました」
「セシルさん、喜んだのではないですか?」
「驚いていました。喜んで、そうですね。喜んでいました。いつでも指輪が身につけられるように持ち歩いているそうで、その場で嵌めてくれました。」
持ち歩いているだと、それはすごい。
「目に浮かびます。」
言わないといけないことがある。
ミランダを見つめ口を開く。
「……ミランダ。千加の勘の中にはどちらを選んでもいいだろうと疑うようなものもあります。どちらを選んでも問題ない時は千加は絶対に口を挟みません。失敗しても後戻りできる選択についても同様です。今後どう足掻いても覆らない選択の時には助言することにしているそうです。全ての人に対してではありません。大切な人だから助言をするのです。視えていないこともありますが、視えている時の千加の勘は信じていただけないでしょうか」
ユル様が神になって使える力は任意で使用可能だと言われたが、感覚的に降りてくる、天啓のような助言については言及しなかった。操作不可なのかもしれない。
「かしこまりました。」
表情が少し強張ってみえる。
「怖くなりましたか?千加はミランダがどう思おうと助言をやめることはありません。出来れば受け入れてほしいです」
「はい」
何故指輪をと困惑しているミランダとこの先起こる出来事を予想しながら過ごす。
夕食前にグラッドが部屋を訪れるまで二人で色んな予想を立てた。
グラッドと食堂へ向かう途中、セシルが指輪をしているのをこっそり確認する。ミランダの言葉を疑っているわけではないが確認は必要だと思った。何かあっても指輪をしているセシルを見たと発言できるからだ。
「セシルの指輪、ですか?さっきから自慢気にチラチラ見せびらかすので視線を合わせてはいけませんよ」
グラッドに早速気づかれた。
「見せびらかす、のですか?はぁ」
ミランダが頭を押さえる。その様子に小声でセシルが
「いいじゃないですか。嬉しくてつい、見せたくなるんです」
反論する。そんなセシルに同調して
「そうですよ、自慢したくなる気持ち分かります。」
「リオ様」
「同僚に自慢すると良いと思います」
煽り始めた私にミランダは焦り、セシルは驚きつつも笑顔になる。
グラッドは私達の様子を観察していた。
目につくように身につけろと千加は言った。第三者に気づかれる事が大事なんだと思う。
「リオが言うなら見せびらかして構いませんよ、セシル」
「グラッド様」
「ミランダは照れ屋ですが、偶にはセシルに付き合ってほしいですね。仕事の効率が上がるので」
グラッドの言葉に嫌そうな表情のまま
「……かしこまりました」
答える。
「グラッド様は一言余計ですよ」
「いいじゃないですか。ミランダが頷いたのですから」
立てた予想はセシルに婚約の話が舞い込むのではないかというシンプルなものだった。覆せない権力のある人からの見合い話を無理矢理ねじこむのではないか?セシルの祖母がミランダとの婚約を反対しているが、十年続いた今何故?という疑問は残る。
貴族とは言っても一般貴族だ。だが、次期伯爵の専属筆頭。
繋がりを作りたい相手は今までもいたはずなのに。
「リオ。何か心配事ですか」
そっと尋ねられる。
「はい。ちょっとだけ。後で話します」
食堂でもセシルとミランダの指輪に気づいた面々が騒ぐ。
フレッドとミレニアも指輪をした二人に祝福を贈っていた。
「二人が婚約していることは皆さん知っているのに、指輪だけでこんなに反応があるのですね。驚きました」
私の疑問にグラッドが
「指輪は正式な婚約の証明です。指輪をしている相手に婚約を申し込むことは許されません。ですから、婚約をしていても指輪をしていなければ正式な婚約とみなされないのです。」
答えてくれた。
なるほど、だから千加は指輪をする選択を、正式な婚約であることを周りに見せつけないといけないと感じたのか。
「ありがとうございます。納得しました。…ん?じゃあグラッドが指輪を早めに贈ったのは」
「ん?何のことですか?」
惚けた顔で流された。
正式婚約の前に周りへの牽制だったのか。可愛すぎる。
「まあ、いいです。」
席に着き祝福ムードの食堂内を見回す。
ミランダは普段よりも無表情に祝福を受けているし、セシルは料理長に指輪を自慢していた。
料理長が泣いたのはいうまでもない。




