休暇編17
イザベラに明日の面談用に考えた質問をしてみる。
「リオ様、チカ。えーと、この質問は酷だと思います。」
転移者保護支援の仕事についてどう考えるか。
「やりたい仕事の面談なら、多岐にわたる返答が期待できるでしょうけど、当たり障りない返答になると思います」
なるほど。用紙に書き込む。
「私は自分で希望して領主邸の使用人に応募しました。最初は力試しなところもありましたから。やりがいなどは仕事をしていった先にあるもの。最初から期待しては駄目だと思います」
「では、どんな質問なら良いと思いますか?」
「そうですね。リオ様が求めているのは転移者に偏見なく接して教育のできる相手。そして利を出せる人間ですよね?」
「はい。」
「ならば、転移者との関わりの有無を尋ねてはどうでしょう。この質問に、更に追加質問を足しましょう」
イザベラの指摘を受けて質問を消して増やす。
「あとは情報を利に変えるところに面白さを感じてる方とか。数字に強い、経理を任せる人も必要です。」
数字に強い、か。
千加と私の脳裏をアイゼン・リバーの名前が掠める。
アイゼン・リバー、騎士爵リバー家の三男。
身体が弱く文官になり、商業ギルドの交渉係として勤める。
職場内では彼が出勤するだけで士気があがるとか。人の三倍の速さで仕事をすると評価書類にあった。
「イザベラ。ありがとうございます。私達では考えつきませんでした。」
イザベラから指摘を受けて質問内容を変更する。最初の質問内容よりずっとよくなったと思う。
「いえ。でもなかなか考えさせられました。今でも何故採用されたのか不思議なので」
イザベラが頭を掻き笑う。
「どうして応募したの?」
「実家は職人工房ですが、私には物作りの適性がありませんでした。ただそうも言っていられません、家業を手伝う内に人の行動にはそれぞれの速度があってそれに合わせて道具を準備する面白さに気付きました。それを活かせる職場はないかと探していると、丁度領主邸の使用人応募期間で」
「イザベラは面接時にアンナ様と議論してたわね。」
「あ、ニーナ。それは内緒で」
「どんな議論だったんすか?面接で議論とかあるんすか?」
「仕事におけるやりがいについて、です。」
わぉ。物怖じせず良く言えたな。イザベラすごい。
「確か必ずしも必要ではないと言っていたわね。アンナ様とミレニア様の前で堂々と発言できるイザベラと同じ日に採用面接を受けて、わたくしは駄目だ落ちたと思いました。領主邸の使用人は狭き門ですから」
その年の採用者は三名で、イザベラとニーナ、あと一人は庭師として働いているそう。
応募資格はサイス領の領民なら誰でも年齢性別は問わない。
使用人の仕事内容は掃除、洗濯、炊事、庭仕事、備品買付、点検、整備、馬の飼育等があり半年使用人として勤めた後に侍女、庭師、料理係、設備の四部門に振り分けられる。
侍女は女性の領主一族に仕える他は客人のもてなし、掃除洗濯が業務。
男性使用人の中で掃除洗濯に長けた者がいれば男性の領主一族の身の回りの世話をする侍従として引き入れることもある。その場合は侍従長の下につく。
庭師は領主邸庭園、温室の管理と馬の飼育、果樹林管理。
南門内側の樹木管理は別部署の担当になる。
料理係は炊事全般、茶会用の新しい菓子の開発提案と作成。
設備は領主邸の設備点検、整備、備品買付、馬車の改良が業務だ。
ニーナは侍女と料理係で取り合い、イザベラは侍女と設備で取り合いになったそう。
「私の場合、庭師のおじさんから才能皆無だなって言われて途中解雇危機がありましたけどなんとか乗り切りました。」
イザベラが笑いながら言う。
「解雇危機って笑えるの?」
千加が小声でニーナに尋ねる。
「普通は笑えませんし、評価に響くので他言しません」
「どうやって回避したのですか?」
相当な出来事だったはずだ。回避方法が気になって仕方ない。
「庭師のおじさん達は冬の間に一年の庭仕事計画を立てます。その際の各季節のお庭完成図を描きました。その絵でもって回避できました。」
今でも完成図の相談があるそうだ。
あ、そういえば
「あのジルは満場一致で侍女に決定したと伺ったのですが、これは評価が高いと考えていいのですか?」
「はい。彼女は基本的に何でも出来ます。ですがその中でも掃除洗濯の技能が群を抜いて高い。お茶の技術はまだまだアレですけど。飲み込みが速くテキパキと仕事をします。偶にうっかりがあるのでこれからといったところですが、性格も良く皆と上手く付き合っています。クラリス様が好きすぎるのが難点ですが、」
「イザベラ」
ニーナが強めの口調で遮る。
「失礼致しました。失言でございました」
「では落ち込んでいるでしょう?帰国されないとお話しがありましたから」
「えぇ。落ち込んでいます。ですが、少し気になる事があります。ミランダにも報告したのですが、リオ様の専属侍女になれなかったのではなく、リオ様がジルの希望を摘まないように指名しなかったのだと話しているそうです。クラリス様の専属を目指していると話をしたからと」
イザベラは肩を竦める。
おや?それはどうなのかな。単に間が合わなかったからなのだが、否定したほうがいいのか?でもなぁ。
「まぁ結局クラリス様の専属は無理だったと思いますよ」
「どうして?」
「クラリス様に専属はつきません。それは領主一族として働く意志が乏しいからです。」
「イザベラ」
再びニーナが遮る。
「ニーナも同じように思っていたはずです。奥様は諦められなくて手を尽くしていました。でも使用人の半分くらいはなんとなく理解していました。クラリス様に領主一族は無理だと。お茶会でクラリス様と親しく話されたリオ様は驚かれると思いますが」
「そう、ね。驚きました。そう」
そう思われていたのか。動揺がおさまらない。クラリスはもっと好意的に受け入れられていると認識していたから。
確かに我儘お嬢様と思っている使用人がいることは知っていたけど、やはり直接聞くと動揺してしまう。
「イザベラはクラリス様のこと、我儘お嬢様って思ってる派閥の人?」
千加が尋ねる。オブラートに包んでほしい。
「まぁそうですね。」
「イザベラ!」
「じゃあジルと喧嘩しない?」
「口を挟まないようにしてるので」
「外ではちゃんとしてるクラリス様を知らないのか。なるほどこんなに違うのか、面白いね」
「ちゃんとしているのですか?クラリス様が」
「うん。ちゃんと貴族のお嬢様だよ」
千加の言葉にイザベラとニーナが狼狽える。
「私は少しの間だけどクラリス様と接したからね、わかるよ。確かに領主一族としての意識は乏しいかもしれないけど、領民に対しての気遣いがある貴族のお嬢様だ」
異国に急にきてしまって領民は驚いただろう、もっと話す機会がもてたらよかったと言ってましたと千加が真顔で言うと、イザベラもニーナも気まずそうに俯く。
「チカ。そんなことが」
「他にも色々あるよ。向き不向きがあるだけでクラリス様は悪い子じゃない。そのジルって子が憧れるのもわかるし、イザベラ達の気持ちもわかる。イザベラ、そのジルって子がリオ様の専属云々言ってた時のこともう少し詳しく教えて」
千加がイザベラからジルが話していた状況などを聞き取りしていると、ニーナの表情が曇る。
「どうしたの?ニーナ」
「ルルーも似たことを話しているので不安ですね。」
ニーナが難しい表情でそう言う。
「え?ルルーも?」
「はい。リオ様は神殿での出来事が心の負担になって神殿に行けないが神様に非常に興味があり、私が専属に呼ばれるはずだった。それなのにニビ元子爵の襲撃のせいで、リオ様が私の心の負担を慮って選ばなかったと」
それもどうなのか。その後の千加を通したことが問題で外したのだけど。
「ルルーとジル、か。イザベラ、私にその二人を紹介してくれませんか?」
千加の瞳に鋭い光が差す。口元は薄ら笑みを浮かべている。
「構いませんが、」
「それでは、これで明日の質問作成は終わりにしましょう。リオ様、ではまた明日」
千加はさっさと片付けるとイザベラを伴い出て行った。
「どうしたのでしょうか」
「チカは私を追ってサイス領へ来ましたから親近感をもったのではありませんか?」
「そう、なら良いのですが」
千加の様子に違和感を覚えたニーナにそう答え、私は素知らぬ顔でお茶を飲む。不安は千加に任せよう。
心を落ち着かせるため深呼吸を繰り返す。
取り敢えず今は、質問書を清書しようと新しい用紙を取り出した。




