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不運な召喚の顛末  作者:
第一章
19/605

召喚18

翌朝。ミランダが選書した、クラリスの学習レベルより一段階上の情報が載っている本の数々が机に積まれていた。

ミランダの観察力が凄いのか、私が分かりやすいのか、見事に欲している内容の本だった。

「ありがとうございます、ミランダ」

ちゃんと紙とペンも用意されていて、いたれりつくせりだ。

寝間着から着替える。寮で着ていたゆったりとしたデザインの部屋着ではなく、どちらかというと学園で着ていたきっちりした服。フリルのついた立襟のシャツ、濃い緑のジャンパースカートのようなコタルディのようなワンピース。そういえば、他領と洋服の系統が違うことに入学当初は驚いていたな。他領との違いはそれ以外にも結構あって、クラリスはカルチャーショックを受けていた。その辺りも調べてみよう。

サイス領では、庶民はシャツとスカート、ズボンの組み合わせが一般的だ。貴族でも男性は比較的現代日本のスーツに近い服装が一般的。昨日のフレッド様の着ていたのは白シャツとお揃いのベストとスラックス。金糸で刺繍がされていてお洒落だった。でも、女性は少し古めかしいデザインのドレスというか、ワンピースが多い。ミレニア様の装いはシンプルなデザインのドレスだった。元々の民族衣装が女性の衣装に残っているのか?他領から嫁いできた方達が馴染みのある衣装が残っている?ああ、推察って楽しいなぁ。

「リオ様、本日の予定ですが、昼食後に奥様がいらっしゃいます。少しお話しをされたいとのことです」

「はい、わかりました。」

「朝食はサンドイッチをお持ちしましたので、召し上がってから読書をお楽しみ下さい」

「ありがとうございます。着実に私の行動が読まれていますね。本もあんなに用意していただいて嬉しいです」

手早く朝食を済ませ、今気になっていることを一旦全部書き出す。そして今ある知識の中での推察を書き加える。それから読書へ移る。気になる用語はメモして、どんどん読み進める。一度全部を読み、気になった用語の所を再度読む。読み終えたら、最初の書き出したメモを見直す。答えを得られたものは、書き込む。

「はぁ、楽しい」

「リオ様は面白い読書の仕方をされるのですね」

「あ、ははは。父と兄と同じ読み方をするので、母にもしみじみ言われます。いつ見ても面白い読み方って」

「そろそろお昼ですが、どうされますか?読書に戻られますか?昼食になさいますか?」

「えぇと、先にお昼にします。ミレニア様がいらっしゃるんですよね。読み始めると切りがないので」

「かしこまりました」

机の上を片付ける。そういえば、クラリスも片付けや着替えは一通り自分で出来るんだった。他の領地の御令嬢達は侍女の数も多かったけど、クラリスにはミランダだけだ。侍女が多いと窮屈で大変だろうと思っていたのか、わたくしにはミランダがいれば問題ありませんわと言っていた記憶がある。

「ミランダ、気になることがあるのですが。聞いてもいいですか?」

「?はい、どうかされましたか?」

「片付けや着替えは一通り自分で出来るように習っているのは、何故ですか?他の領の方は侍女が全部やってましたよね」

「ああ。それは、いつ魔障が始まって人員が不足になるかわかりませんから一通りは習います。ですが、今私がクラリス様の着替えを手伝うのは、他領へ嫁いだ際に他人の手を借りた生活をする練習でございます」

「なるほど」

「リオ様の場合は、こちらの服に不慣れでいらっしゃるので、お手伝いしておりますが不要でしたか?」

「いえ、凄く助かってます」

結構、身につけるものがある。空調設備が整っている室内じゃないと暑くて倒れそうだ。昨日は緊張でよくわからなかったが、サイス領は夏の終わりだがまだまだ暑い。半袖という選択肢は貴族社会にはないらしい。それもこれも、服に魔法陣を仕込んでいるからだ。魔力を流せば直ぐに発動する。

温度調整の魔法陣って必要じゃないのかな、…いやもうあるか。コルセットに描かれた魔法陣を思い出した。

早めの昼食を食べながら、ミレニアの来訪理由を考える。

教育に関して?それともあちら側の話?クラリスの事?いや、全部か?

クラリスの記憶の中に残るミレニアは教育熱心な母親だった。ダンスや日常の所作、作法などの動きは特に厳しく躾られている。その点においてクラリスは完璧だった。ダンスや所作、作法の授業では成績優秀者だ。ミレニアの教育の賜物だ。

実はこの動作関連の再現がとても難しい。帰領前の二日間は動作の反復練習に大きく時間を割いた。

ミレニアがクラリスにわかりやすく教えていて良かった。記憶を何度も何度も繰り返し確認しながら練習して、ようやくミランダの合格がでた。

昨日対面した時に哀しそうな表情をしていた。クラリスのことが心配でたまらないのだろう。それに体調を崩したとグラッドが言っていた。

クラリスの記憶におけるミレニアの記憶の割合は意外と多い。ミレニアは伯爵夫人として忙しい中クラリスの教育に自らの時間を割く人だ。家庭教師任せにしない。そこに私は彼女の愛情を感じた。

『教育は貴女を守る鎧です。武器は貴女が見つけ磨きなさい。武器が使えないように見えても、貢献して認めさせなさい』

淡々と伝えるミレニアだが、その眼差しは愛おしい者を慈しむ溢れんばかりの愛情で満ちていた。

思い出す度、帰りたくなる。母さんに会いたいなぁ。

『理央さん?今何時だと思っているのかな?心配する人のこと考えたことあるのかな?泣くよ?父さんが』

ミレニアの愛情から母さんを想ったら、何故が強か叱られた時のこと思い出した。

小学生の頃、蟻の行列を追いかけて観察していたら門限を破ったことがあった。私は観察を終え満足して意気揚々と帰ったら、玄関で口にするのも憚られる顔をした母さんが立っていた。その後ろにおろおろした兄と父がいた。

『理央さん、夢中になることを咎めている訳ではありません。約束した時間に帰ってこない、貴女の身に何かあったのか心配しているのです。わかりますか?例えば、私がいつになっても帰ってこなかったら貴女は心配しませんか?』

母さんはゆっくり私と目を合わせると、真剣な顔でそう言った。私は、帰ってこない母さんを考えると怖くなって泣いて謝った。

今回も心配してるだろうな、帰ったら父さんが泣いてるんだろうな、兄貴は過保護が加速しそうだな…。

「リオ様、どうされましたか?手が止まっておりますが」

はっと我に帰る。昼食中だった。

「ぼんやりしてました。」

残りを何事もなかったようにたいらげる。

それから、ミレニアが来るまで画集を眺めて過ごす。ミレニアに付いてきた使用人に見られてもおかしくないように。花の画集は私が読んでも理解できるギリギリの本だった。結構写実的に描かれていて、興味深かった。

「クラリス様、奥様がいらっしゃいました」

私は、クラリススイッチを押した。


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