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不運な召喚の顛末  作者:
第一章
15/605

召喚14

サイス領伯爵邸は、とても趣きのある建物だった。

実物を見るとより、それを実感する。大正から昭和の洋館、旧前田利為邸や旧古河邸を思い起こさせる雰囲気を持っていた。だけど、領主邸なだけあって広い。

圧倒されつつ、デザイン的に初代サイス伯爵と趣味が合いそうだと思った。

ベールを目深に被る。グラッドにエスコートされ、馬車を降りた。玄関には侍従長が待っている。白髪をオールバックにしている彼は、クラリスの記憶に何度も登場するが、印象が全然変わらない。年齢不詳で、侍従長という言葉の印象にないほど、長身で体格がいい。騎士といわれたほうが納得する。

「おかえりなさいませ、クラリス様」

「ただいま帰りました。ジョージ、お父様はどちらにいらっしゃるの?わたくしが大変な目にあったというのに、出迎えてもくれないなんて」

はぁ、と大きなため息をつく。

「クラリス様、旦那様は奥様と一緒に書斎にいらっしゃいます。そちらで話を聞くと仰せです。」

「わたくし、疲れているのですよ。もう、休みたいです」

唇を尖らせて文句を言う。

「クラリス、報告が先です。ジョージ、荷下ろしを。それからミランダは、一緒に来て下さい」

グラッドが嗜める。やる気がなさそうに、はーいと返事をする。

2階にある書斎は、フレッドの自室と続き部屋になっているため、ほぼ自室だ。執務部屋は別にある。

柱や天井に使われている白い石材に、不規則に鉱石のような物が混ざっている。玄関、廊下どこの柱にも混ざっている。気になる。興味深々だが、あえて興味なさげに当たり前の光景のように振る舞わないといけない。今はクラリスなのだから。

書斎の扉をミランダがノックする。中から声がかかり、開ける。グラッドと一緒に中に入った。

壁一面の本棚、窓際の大きな机にも本が積まれている。本で溢れた部屋の中央にソファとローテーブル、お茶の用意がされている。

そこには、クラリスの両親がいた。クラリスと似た金色の髪に、深い青の瞳。穏やかな笑みを浮かべている男性と、濃い茶色の髪を一つに纏めて結い上げた落ち着いた雰囲気の女性。

ミランダがドアを閉め、ドアの前で待機する。

グラッドに手を引かれ、二人に近づく。

ベールを外し、顔を合わせる。二人の視線が痛いほど注がれる。ミレニアの表情に哀しみが滲んでいる。

「おかえりなさい。さぁ、まずはそちらにかけて」

フレッドに促され、二人と向かい合う席に座る。

グラッドが私の横に座った。

「このお茶は、私の好きな茶葉なんだ。君の口に合うといいんだが」

フレッドが手ずから入れてくれる。これもクラリスにとっては珍しい事ではない。この部屋でならあることだった。

「ありがとうございます。いただきます」

スッキリとした口当たりで癖のないお茶、でも深みがあって美味しい。クラリスはハーブティーなどの華やかな香りのあるお茶が好きだった。でも私は、こっちのお茶の方が好みだ。

「とても美味しいです」

お茶を飲む間も、ミレニアの視線を感じる。カップを置き、姿勢を正す。

「はじめまして、私がクラリスの父親のフレッド、こちらが母親のミレニアだ」

「はじめまして。リオ・ヒグチと申します」

「君の事は、グラッドやミランダから聞いているよ。これから、帰還するまでここを我が家だと思って過ごすといい」

「ありがとうございます。」

お辞儀をすると、最初の頃グラッド達にも驚かれたようにフレッドもミレニアも同様に驚く。

「あの、何故驚かれるのですか?何か間違いがありましたか?」

不安になって尋ねると、

「いや、違うんだ。我々には『お辞儀』の文化がないんだが、初代様は何か礼を述べる際には必ず頭を下げたと本に書かれていてね。これか!という気持ちで見ていたんだよ」

屈託のない笑顔を浮かべたフレッドが、説明してくれた。

こちらの世界の挨拶は基本目礼と利き手を胸にあてる。女性は更に軽く膝を屈伸、あちらの世界でのカーテーシーに近い動作が加わる。お礼は挨拶の動作に上体を少し前に倒す。

初代サイス伯爵は日本人だったのかな。お辞儀の文化がある土地って珍しいんだったかな?調べたいが、資料はここにはない。なんとももどかしい気持ちになる。が、そんな場合ではないのは分かっている。

「では、早速話をしようか。今回の件について」

「はい」

フレッドは魔法省からの連絡と状況報告を共有するために再度確認していく。

召喚された時の互いの状況、召喚事件のあらまし、調書の内容、捕縛された学生の名前、召喚者として私が交わした契約の内容。ここまでの内容に相違はなかった。

そして、今朝魔法省から届いた最新の報告書をフレッドから渡される。そこには、頼んでいた彼の様子が書かれていた。

「リオさんが書いていた通りの供述を始めたようだよ。クラリスに嫉妬、何故グラッドではなくクラリスにと思ったのかな?」

探るような目をしたフレッドを見る。クラリス仕様にわかりやすく意図を示している。

「それを説明する前に、ひとつ宜しいでしょうか?」

「なんだい?」

「この事件が起こる前まで、皆様は、リリアナ様のことをどう思っていらっしゃいましたか?」

意外な質問だったのか、なるほどとフレッドは口元を手で隠した。ミレニアは先程の哀しみはなく静かに私を見ている。

「そうだな、ミランダからの報告がある前は特に何も思わなかった。エリオンの娘としての認識しかなかった。報告の後は要注意人物に急浮上したが」

「わたくしも、フレッド様と同意見です。」

「私は、学園でも接点がなく、クラリスの友人の一人としてしか見ていませんでした。」

グラッドはミランダが伯爵夫妻に報告していた内容の詳細は知らなかったようだ。

「もし、クラリス様がリュミの花のくだりで怒っていたら、状況は変わっていたと思います。リリアナ様の目的は、クラリス様の排斥などではなく、ただただグラッド様のお心をいただくことだからです」

フレッドはにこりと笑った。その表情に背中を嫌な汗がつたう。

「それをどこで知ったのかな?」

「クラリス様の記憶を探り、リリアナ様との会話を全て聞き、そう考えました。」

声が震えないように、落ち着いているように見えるように、お腹に力を入れる。

リリアナは他の令嬢達とのお茶会でも恋バナを聞きたいと話を振っていた。グラッドは美形で令嬢達の憧れの的であるため名前が会話に多く出る。それ自体、別に変わった事ではない。ただ、リリアナが執拗に知りたがったのは。

「グラッド様は女性に人気があります。話題にあがることも多々ありますし、それだけでは根拠としては弱いです。ですが、リリアナ様が知りたいのは二人の関係性です。ミランダのお茶会報告書からは、グラッド様に好意を寄せる婚約者の決まっていない伯爵令嬢という印象を持たれたのではないですか?フレッド様?」

「いやー、まいったね。その通りだよ。リュミの花の件の前までは、グラッドの婚約者の候補にどうかと考えていた」

「フレッド様、クラリス様がリュミの花に例えられた時、何故パイライト伯爵様へ抗議されなかったのかお聞きしてもよろしいですか?」

「ん?必要ないからね」

「サイス伯爵領領主夫人不適格だからですか?」

「そうだね。この時点で彼女が婚約者候補に挙がることは無くなった。例えグラッドが彼女を好きになったとしてもだ」

嫉妬や嫌悪は中々拭いされる感情ではない。サイス伯爵領領主夫人は夫に何かあった際に一時的に領主として領地を守れなくてはいけない。領主を選ぶ魔法陣を起動できる能力が必要になる。

それが必要になるという事は有事である。領主一族が一致団結して事に当らなくてはいけない時に魔法陣が使えないようでは話にならない。クラリスが領主一族としてその場にいる可能性だってあるのだ。術式を起動する条件の邪心がないを満たさない可能性がでてくる。

そんな危険の可能性のある芽は要らない。

「リリアナ様は失点を利用して評価に変えようとしているのだと思います。こちらの報告書にある彼は、リリアナ様の比較的距離の近い側近です。本来召喚は発動しない予定で、悪戯だけであったなら、部下の不始末の謝罪にかこつけてグラッド様やフレッド様に近づくことを計画していたはずですから」

私は一度言葉を切る。

「グラッド様を理由にするとリリアナ様の関与が疑われます。だからこそ、友人として仲良くしているクラリス様になら部下の暴走で何とか収められると考えての『クラリス様に嫉妬』だとしていると考えています」

フレッドは満足そうに目を細めた。その隣で話を見守っていたミレニアが口を開く。

「クラリスがリュミの花に例えられて怒っていたらと、おっしゃいましたがどう状況が変わっていたと思いますか?」

ミレニアの理知的な緑の瞳に感情の波を見つける事はできなかった。その目から視線を逸らさずに話す。

「その場合、怒りの理由が分からないフリをしてお茶会は終了。後日、謝罪の手紙がクラリス様とグラッド様に届き、直接謝罪させて欲しいと接点を作り、クラリス様の怒りが鎮まらなくてもグラッド様に近づけるので当初の目的は達成します。真摯に受け止めて向き合う姿勢を見せて評価に繋げる方向に進み、今回のような事件にはならなかった可能性はあります」

リリアナのシナリオ通りに話は進まなかったかもしれないが、こんな風にはなっていなかったと思う。


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