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不運な召喚の顛末  作者:
第一章
11/605

召喚10

「よし、頑張るか。」と気合いを入れ直し、机に向かうと、ドアが開いた。

グラッドが戻ってきた。

「おかえりな…」

「リオさん、何故休んでいないのですか?」

にこりと笑う顔に、背筋がひやりとする。

叱られる、どうしたらと考えを巡らせようとした時、ふと甦ったのは、

『話を逸らせることの出来そうな相手は逸らして、そうじゃない相手には謝るしかない。』

『逸らせない相手に話を逸らすを選択すると、もっと大変なことになる』

兄の言葉。

「ごめんなさい」

考えるより前に謝っていた。

結局、叱られた。

「休んでください、わかりましたか?」

「はい、ごめんなさい。グラッド、あのこれを」

リリアナとの会話内容の報告書とクラリスの教育過程について書いた紙を渡す。内容を確認したグラッドが、ため息をついた。

え、また叱られる?!と動揺する。

「リオさん」

机に報告書の束を置くと、椅子に座った私の前に膝をついた。驚きで硬直する私の手を握り、真剣な表情で私を見上げる。

「リオさん、貴女は自分に出来ることをしているだけかも知れません。それに貴女の協力には、本当に感謝しています。ですが、私の目には貴女が自分の身を削っているように映り、とても心配です。どうか、ご自愛いただけないでしょうか?」

エメラルドグリーンの瞳が、ゆらりと不安に揺れる。

心配されていると思うとなんだかくすぐったい気持ちになった。

「わかりました」と頷くと、心底ホッとした表情でグラッドが笑う。その威力たるや。

直視できない。素早く視線を逸らす。

「リオさん、本当に分かってますか?」

「わかってます」

「では、何故視線を逸らすのですか?」

美形の笑顔を直視出来ないからですとは言えず、他の言い分も出ずに黙りこくる。じっと見られている。こんなグラッドは、クラリスの記憶にないよ!と心の中で叫ぶ。どうしたらいいのかわからなくなり、ミランダの姿を探す。目があった。助けてと強く訴える。

余程必死だったのか、ミランダが少々呆れ顔で、

「グラッド様、リオ様は『跪き、手を握られて、懇願される』事に慣れておりません。離れて下さい」

指摘する。

「失礼しました」

手が離れ、気配が少し遠のく。まだ恥ずかしいが、視線を戻す。

「グラッド様、こういうところはフレッド様に似なくても良いのではありませんか?」

「似ているでしょうか?」

「無自覚ですか?そっくりでございますよ」

グラッドが少し眉間に皺を寄せる。なんとも微妙な表情だった。

「リオさん、すみません。困らせてしまいましたね」

「いえ」

クラリスの父親、フレッドは妻を溺愛している。二人の結婚はフレッドの一目惚れがきっかけいうのは、サイス領では有名な話だ。

ミランダに指摘されてから終始微妙な表情をしていたグラッドは、報告書を持ち部屋を出て行った。休むようにと念押しして。

心の中でオカンと呟いたのは、内緒にしよう。

「お母さんみたいとお思いになられましたか?」

「心配性だなとは思いましたよ」

「グラッド様の実母様があまり健康な方ではないので、敏感なのかもしれません。しかも、周りは仕事大好き人間ばかりで、グラッド様は年の割には大人びてしまいました。」

淡々と喋るミランダからの圧を感じる。

「もう、休みます。」

椅子から立ち上がり、ベッドへ向かう。ミランダに手伝ってもらいながら、着替えをすませる。

「残りは、起きてから書きます。ミランダは、グラッドに報告書が未完成だと伝えてきて下さい。後、」

「ニコル様との話しの内容も聞いてきますので、ご安心を」

ミランダの言葉に「ばれてますね」と笑った。

「お願いします」

ベッドに横になり、目を閉じた。ミランダが、カーテンを閉め、部屋を出て行く。


もう、一週間以上が経過した。体調は元に戻った。荒れていた感情の起伏も、落ち着いた。だから、考えておかないといけない事に気づいた。あちらにいた時の私の体質についてだ。

『不運体質』

ある種、ツいていると言っても過言ではないくらいだ。外を歩けば、空からの落下物に注意が必要で、動物には怯えられるか威嚇されるかのどちらか。体育の授業でのボール被弾率は周りが引くほど。くじ引きは、嫌な物に当たる。その他諸々。身の危険を感じる事はない。ただただツいてない。あの事故の後から年々悪くなっている。

千加曰く、黒い神様の影響の残滓だそうだ。事故の時に見た男性が、こっちに遊びにきていた神様で、偶々事故に遭遇した。怪我している子供が可哀想だから、痛くないように力を分けてあげたら、人には過ぎたるものだった。

あの日が契機だったなら、なんで年々悪くなるのさって愚痴ったら、絶望的な答えが、返ってきた。

『力が馴染んできたんだよ』

その時は、普通に泣いた。ただ、千加と出会って不運を軽くする方法が分かってからは、前向きに考えられるようになったけど。

『同じ系統のオーラを持ってる人といる時は、影響はでないから安心だけど、注意して欲しいのは、耐性がない人。しかも、理央より強く影響が出る。言いづらいけど、仲良くすればする程影響がある。…経験、あるよね』

中学三年生の頃、この時には大分周囲も私の不運体質が異常だと認識していた。クラスメイトとは距離があった。ただ、当時人気のなかった美化委員で一緒だった佐久田君とは仲良しだった。佐久田君は、男女分け隔てなく誰とでも話せてとても人気のある男の子だ。

冬のある日。美化委員の活動時に、佐久田君が階段から落ちた。気象条件も悪かった。小雨と曇りを繰り返す一日。放課後は晴れた。だから、委員会活動があった。でも、雨が降っていたから、外は滑り易くなっていた。不注意が招いた事故だと佐久田君は言ったけど、私は胸が締めつけられるようだった。

それから、卒業まで学校へ行けなかった。

「千加はオーラで耐性が分かるって言ったけど、絶対加護のことだよ、コレ。」

ため息がでる。闇属性は土、水、風に比べて人数は少ないが、一般的な加護だ。色んな属性との親和性が強く、闇属性と一緒に何か別属性を持っているものだとミランダが教えてくれた。ミランダは闇属性と風属性を持っている。

「グラッドは水、土、火、金。…耐性なし。佐久田君の時は一年間委員会で一緒だったけど、委員会以外で話す機会が増えたの事故の3ヶ月くらい前からだから、私が戻るまでギリ大丈夫かな…はぁ」

「リオ様?お呼びですか?」

「!!…いえ、独り言です」

いつの間にかミランダが戻ってきていた。早鐘をうつ心臓を押さえ、そっとカーテンの向こうを覗く。

「聞こえちゃいましたか?」

ミランダが控えている。

「あちらのお言葉でしょうか?グラッド様の名前が聞こえたように感じましたので、声をかけさせていただきました」

日本語で独り言をしていた?そんな自覚はなかった。

「私、こちらの言葉で話していませんでしたか?」

ミランダの表情を伺う。

「いえ、耳馴染みのない言葉でした」

「そうですか。グラッドの加護の話を思い出して、他の方はどんな加護を持ってるのかなぁと思ってたのが口に出てたんですかね。恥ずかしいです」

特に表情は動かない。本当に日本語で話してた?いや、次からは気をつけよう。

カーテンを閉め、枕に顔を埋める。小さく息を吐く。

独り言っていつからしてたんだろう。ミランダが出て行ったと思ったけど勘違いだったのかな、油断した。

事故とか不穏な単語が聞こえたら、不審がられる。あまり変に思われないようにしないと。

いくら帰るために動いてくれてても、その時になるまでわからない。

気を許しすぎている。ミランダにも、グラッドにも。

「気をつけなきゃ」



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