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不運な召喚の顛末  作者:
第一章
101/605

防衛

前方見渡す限り魔獣の群れ。

兎、狼、熊、猪、さまざまな種類の魔獣が此方に向かってきている。

捕縛陣を敷き、属性耐性が強く抜けてきた魔獣だけを魔力の鞭で相手をして動きを止める。そして口元を魔力で覆い窒息させる。

捕縛陣は服に新たに仕込んだ術式を使用している。まだまだ改良の余地がありそうだ。その術式に闇属性特化を効果最大で、重ねる。

それに触れた魔獣の影に作用して闇属性の強靭な糸で縫い止めている。

「本当に何があったんだろう」

魔生物局での爆発、その影響で魔獣が逃げたそこまでは想像できる。

何故、凶暴性があがっているのか。

魔素循環器の欠損で凶暴性は抑えられている筈だ。

こんな状況は普通ならあり得ない。

「凄い勢いで魔力を消費してるんだけど。」

持つか?ナイフで近場の魔獣を殺していく?それなら、負担は減らせる?いや、あの量だからな、焼け石に水のような気もする。

防衛線の維持が優先だ。

近くの動けなくなっている魔獣に近づき、ナイフを抜く。

深呼吸をする。複雑な感情を抑えつけ、

「ごめんなさい」

謝る。そして、魔素循環器のある胸目掛けてナイフを振り下ろす。

何頭も魔獣の命を屠る。効率は悪い。

魔生物局から此方側に流れてくる魔獣がどれだけいるのかわからないが、

「絶対に行かせない」

気合をいれ直す。

初めての実戦で混乱している。

落ち着け、ミラから教えてもらったことを思い出せ。

何かいい方法はないだろうか?

私は攻撃手段が限られている。

魔力鞭の攻撃力をあげればいいのか?

魔力鞭の先端を鋭利な刃物状に変形させ、振るう。

魔獣をいとも簡単に両断した。

「よし、これだ。」

兎、狼型の魔獣の足が速かったため第一陣は大体この二種だけだった。次に猪、虎。

身体が大きいだけあって私の捕縛を力づくで抜けようと抵抗する。その抵抗力が強いと魔力消費が多くなる。

「はぁ、はぁ、はー。まだ大丈夫。」

焦る気持ちを落ち着け、魔力を流し続ける。

魔獣の第一陣分の捕縛陣を解除して、第二陣分に魔力を回す。大分抵抗が抑えられる。

魔力鞭を振るおうとした瞬間、再び爆音と揺れが襲う。

「くっ」

膝をつく。この揺れが厄介だった。近づけない。

魔生物局がまた爆発したのかと視線を上げた。

「?」

魔獣の群れの奥に、一匹の兎型魔獣がいる。

何故かこっちをみているように感じられた。

「魔獣擬き、か?」

違和感が激しい。魔獣はどれもこれも凶暴化してるのに、そいつだけは大人しく此方をみているだけだ。

「確かめないと、ね」

揺れが収まり、また鞭を振るう。群れの三分の一を屠った所で、膝が笑い始めた。

「はぁはぁはぁ」

肩で息をしている。残り魔力量が少ない。

最初の混乱していた時の魔力消費が悔やまれる。

でもまだ、倒れる訳にはいかない。

足に力を入れた。

「お待たせ、リオさん」

背後から声がした。聞こえるはずのない声。

「ここは、私に任せて」

何故か、グラッドが居る。

「へ?」

グラッドが私の腰に手を回し支える。

「リオさんの維持している魔法陣を借りますね。属性特化魔法だけ維持して下さい」

足に力が入らず、グラッドにもたれかかる。

「遠距離射撃を見せましょうか」

金色の細い金属の針のような物が空中に浮いている。

それが、グラッドの手の動きに合わせて飛んでいく。次々と魔獣に命中し、倒れていく。あっと言う間に最後の群れだけになる。

熊などの大型獣。それさえも瞬きの内に地に伏せる。

「何、が」

おきたのか。わからなくて、茫然とする。

「最後の一匹ですね。」

グラッドが、魔獣擬きに照準を合わせた時。それは鳴いた。その声に、共鳴するように新たな魔獣が寄ってきた。

「まだいたのですか。ふむ。」

グラッドは少し考え込むと、空中に浮いた金属の針を一気に魔獣擬きに向けて放つ。

針が全て魔獣擬きに命中した。その場に倒れた魔獣擬きが再び鳴く事はなかった。続けて新たに増えた魔獣も駆除する。

その圧倒的な強さに、

「凄いですね、グラッドは」

素直に感嘆の言葉が出る。

「リオさんも、お疲れ様でした。目を閉じて、」

グラッドの声に、目を閉じる。

「おやすみなさい」

記憶はそこで途切れた。



目を開けると、美形がいる。目が潰れそうだ。下から見ても美形だなぁなんて馬鹿な事を考えた。

「おはようございます。リオさん」

状況が理解できない。

周りを見渡すと、召喚課の部屋の中だった。

椅子に座ったグラッドが私をお姫様抱っこしている。

「お、降ります」

「そう?残念」

みんなの視線が恥ずかしい。

グラッドの横の椅子に座る。

「リオさん。戻れなくてごめん。」

「いえ、何かあったんですか?」

ニコルが謝る。室内には、ニコル、オスカー、レイカ、ジュリエットがいた。

「アランとクリスは?」

「部屋で寝てる。無事だから、安心しなさい」

レイカの言葉にほっとする。

「まだ、事態は収束しきっていない。本館の職員が総出で対処している。今、集まっているのは、互いの状況確認の為だ。」

ニコルが、状況説明を始める。

魔生物局の飼育棟の一部が爆発で破損。半魔獣が脱走した。この個体は、何故か魔獣への変化が完了していたらしい。

その個体の発する鳴き声に共鳴するように兎型の魔獣が凶暴化、檻を破壊、爆発が起きる。二度目の爆発で飼育棟の檻の半数以上が壊れて、大量の魔獣が脱走した。最初は大人しかった魔獣達だったが、次第に凶暴性を増し、人を襲い始めた。

飼育棟の立地的に管理棟側、騎士課の訓練施設の二箇所に魔獣が流れていった。

「アラン達を管理棟へ連れて行ったから戻ろうとしたんだけど、訓練施設への流入が多いからオスカー先輩が呼び出されて動けなくなった。そこに、」

「私がきました」

「卒業式と成人式すっぽかして、来たそうです」

ニコルの目に光がない。大分疲れている。

「何してるんですか?グラッド、様」

「でも、助かったでしょ?」

爽やかな笑顔で言われても。

グラッドはあんなにたくさんの魔獣を相手にしても全然疲れていない。凄い。

「ねぇ、あんなにたくさんの魔獣を飼育してたの?」

レイカが尋ねる。

「違うよ、一匹の魔獣が、分裂したんだ。あの特殊個体が鳴く度に増えてあんな量になった」

オスカーが説明する。

魔獣の群れの中に偶に現れる群れのボス。その特性を持っていた。

ボスは群れの魔獣の数を増やすことができる。

また魔獣は繁殖も早く、数が多い。

魔障の時はボスが複数発生するため、被害が甚大になる。

「訓練施設の方は、騎士課の訓練中だったからなんとかなった。グラッド様が向かわせて下さった方がいて助かりました」

オスカーの言葉に、思い当たる人が一人いる。

「グラッド、様。まさか」

「ミランダですよ」

まさかのまさかだった。

「グラッド様、あの特殊個体ですが、死んでませんでした。」

「はい、死なない程度に狙いましたから」

ニコルとオスカーの表情が固まった。

うん、そうなるよね。あ、ジュリエットとレイカも理解できてない。

「回収して、解析する予定でいますが、施設の大半が利用不可となっていますので報告は大幅に遅れることになるかと思います」

いち早く持ち直したオスカーが続ける。

「わかりました。報告書はサイス領まで送ってくださいね。ジャック様にも話は通しておきますので」

「はい」

「リオさん、一緒に行きますか?」

「グラッド、様。いくら混乱してても頷くわけないでしょ」

「やっぱり駄目ですか。事前に連絡もいれずにきたので今日はこれで帰ります。警備のためミランダは残していくので、宜しくお願いします」

この状況で冗談も言えるとかまじで余裕が凄い。

しかも、笑顔、可愛い。じゃない!見惚れている場合ではなかった。

「わかりました。グラッド、様。送っていきます」

「ありがとうございます、では失礼します」

グラッドが席を立ち、その後を追う。

管理棟を出て、本館までの間、手を繋いで歩いた。

「リオさん、あの魔獣ですが。数日で死ぬように狙ってます。元々殺すつもりでしたから。」

小声で伝えられた情報に驚く。

「何故、数日生かすのですか?いっそのこと」

「あのまま殺したとしたら、騎士課は賛同してくれると思います。実際に戦っていますから。殺して然るべきだと、ですが。他の研究者の方達は、もしもを考えます。心と理性、研究心から絶対にわだかまりが残ります。だから、生かしておいて数日後に死ねば、管理体制の問題だったと私達から責任が外れます。」

「今私に伝えたのは、何故ですか?」

「私と一緒に歩く人だからですよ」

「……ありがとうございます。教えてくれて」

「知らないのは、不公平ですから。重荷でしたら、いつでも言ってくださいね」

「重荷じゃないです。」

「……ありがとうございます」

不穏な話のせいか、グラッドと一緒にいるからか、本館までの道のりが短く感じた。

本館の前で、セシルとミランダが待っていた。

「ミランダはこのまま、リオさんについて欲しい。まだ不安もあるだろうから、頼む。」

「かしこまりました」

「宜しくお願いします、ミランダ」

「はい」

「グラッド様、本館の方の情報は粗方集め終わりました。騎士課の戦力はミランダが既に分析済みです」

「わかった。あとで報告を」

混乱に乗じてセシルに情報収集させて、ミランダはこの機に騎士課の戦力が如何程のものか確認しているとか。凄すぎないか?本当に私、追いつけるの?

「グラッド」

繋いだ手が離れると、少し不安で名前を呼んだ。

「リオさん、今日はゆっくり休んで下さいね。会えて嬉しいです」

グラッドは私を抱きしめると耳元で優しく囁く。

「お菓子ありがとうございます」

「今度は一緒に食べましょう」

「うん」

少しだけの触れ合いだったけど心が温かくなった。

「今度は連絡を入れてきます、それでは失礼」

セシルを連れてグラッドは魔法省を後にした。


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