始まり
魔法大国 ソルシエール
王都にある貴族の子女達が通う学園のとある一室に、学生と思しき少年少女が集まっていた。
皆、一様に床に描かれた円陣を見つめている。その円陣には、文字の様な模様が書かれていた。
「では、始めましょう」
1人の少年が口を開く。狂気を孕んだ笑い声に、周りもつられて笑う。
あの忌々しい女に目にもの見せてあげましょう
周囲の声に、少年は紫の瞳を向ける。
その瞳は何も映していなかった。
午後の講義が始まる頃。クラリス・サイスは寮の中庭で、色とりどりに咲き誇る花壇の花々を眺めていた。
「クラリス、そろそろ次の授業が始まりますよ」
後ろから聞こえてきた義弟、グラッド・サイスの声に、彼女が振り向いたその瞬間。地面に突如、眩く光り輝く円陣が浮かび上がった。破裂音が、数度鳴り響き、光がクラリスを飲み込む。一層円陣の光が強まり、目を開けていられないほどになる。
「クラリス!」
光が収まり、ようやく目を開けられるようになった。グラッドの目に映ったのは倒れたクラリスの姿だった。
グラッドはすぐさまクラリスに駆け寄りながら、
「ミランダ!」
クラリス付きの侍女を呼ぶ。
音もなく黒いもやが連なりクラリスの周りを飛ぶ。そして、消える。それを確認すると、グラッドはクラリスを抱きかかえこの場を後にした。
「グラッド様、クラリス様は…」
ミランダの問いかけに、グラッドは
「…わからない。まずは、部屋へ戻ろう。この状態を誰かに見られるわけにはいかない。」
頭を振り、歩く速度をあげた。
グラッドは、辺りの様子をうかがいながら進む。
寮の敷地内とはいえ、部屋までは距離があった。
「グラッド様、私が先行します。魔法の威力はあげていますが、お気をつけ下さい」
グラッドは無表情でそう言うミランダを伺う。いつもより表情を隠せていない。
「姿を隠す魔法、か。だが、クラリスには効き目が薄いんじゃないか?」
ミランダが焦るのは、わかる。魔法のかかり具合は属性の相性がある。この魔法とクラリスの相性が悪すぎる。
「かけないよりは、ましだと思います。」
「…わかった。」
誰とも出会わないことを願うしかないのか、グラッドは心の中でため息をついた。
「グラッド様、誰かきます。」
寮の部屋まで、あと僅かの所でミランダが止まる。
「私の影に隠れてください」
グラッドはミランダの後ろでしゃがむと、じっと息を殺す。近づいてきたのは
「あれ?ミランダじゃないですか。ちょうど良かった。」
少しのんびりした聞き覚えのある男性の声だった。
「セシル、どうかしましたか?」
「いえ、今週の報告書を渡しにきたんですよ。すみません、遅くなってしまって」
ミランダはセシルから報告書の束を受け取る。
「構いません。グラッド様の侍従は仕事量が多いと伺っていますから。」
「あはは、クラリス様付きは気苦労が多くて大変そうですよね」
「セシル、私に喧嘩を売っているのですか?」
「いいえ、ミランダがいつもより元気がない気がしたので、からかってみました。」
「冗談に聞こえません。ですが、お心遣いありがとうございます。」
「それでは失礼します。」
セシルが来た道を戻っていくのを確認しながら、グラッドは立ち上がる。すると、セシルが不意に振り返った。グラッドとミランダの二人に緊張が走る。
が、何事もなかったように遠ざかっていく。
「…では、行きましょう。グラッド様」
「あぁ」
それ以降は誰にも出会うことはなく、クラリスの部屋に入り二人はほっと胸を撫で下ろした。




