前編
前後編の予定です。
泉の近くのテラスで、ピンク髪の少女が5人の少年たちに囲まれて、楽しそうに笑っている。
少女の側にいる少年たちも皆、無邪気に笑う少女を優しい眼差しで見つめながら明るい笑い声をあげていた。
そんな光景を生徒会室から見下ろした白銀に真紅の瞳を持つ少女は、冷めた目で呆れたようにため息を吐いた。
だが、興味ない様子ですぐに視線を戻すと、無言で黙々と机の上にある山のような書類を片付けていく。
「ねぇ、ローズマリー。いつまであのバカども、放っておくの?」
隣の席で同じように黙々と書類を片付けていた、眼鏡をかけた理知的な少女が、ローズマリーと呼んだ少女に尋ねた。
「別に……興味ないし……。それに何を言っても無駄だし……」
ローズマリーは、冷めた瞳でちらっと友人である眼鏡をかけた少女ミントに視線を向けて、軽く首を振る。
「まぁ、確かに無駄ね。あんなに恋にとち狂って、バジルのバーカ!」
ピンク髪の少女の騎士のように付き添う自分の婚約者であるバジルの愚かな姿に、ミントの瞳もすぅっと冷めていく。
「それで、あのお花畑ピンク頭に骨抜きにされ、何もしなくなったセージ王子たちの処分は? 陛下からは何か?」
「うーん、まだとりあえず、保留様子見? だけどもう、時間の問題かしら?」
「まぁ、そうよね。王族として側近として仕事を全くしなくなった役立たずはいらないもんねー」
「まぁ、ミント。口が悪いわよ?」
格闘していた書類から顔を上げたローズマリーは、ミントを見るとおかしそうにクスクスと微笑んだ。
ミントもローズマリーを見つめ、おかしそうに笑う。
「あら、だって事実でしょう?」
片目を閉じてウインクをしたミントは、ローズマリーと暫く笑いあった。
そこへノック音と共に一人の青年が入ってくる。
「失礼するぞ。ん? 何を笑っているのだ?」
突然入ってきた青年に、ローズマリーとミントは顔を見合わせて何でもないと答える。
「それよりも、ハーブ様、どうかなされましたか?」
「まさか、第一王子であるハーブ様がいらっしゃるとは……」
少し驚いた表情でローズマリーとミントは、この生徒会室へやって来たハーブ第一王子を不思議そうに見つめた。
ハーブ王子は、軽く肩を竦めると窓の下を眺めて眉をしかめる。
「あぁ、そこにいる愚かな弟、セージたちのことについて話があってね……」
ハーブ王子の言葉に、ハッとした表情で顔を見合わせたローズマリーとミントは、背筋をピシッと伸ばした。
「陛下からお言葉がございましたか?」
ローズマリーの問いに、ハーブ王子は、真面目な表情で大きく頷いた。
「ローズマリー、ミント、君たちには、散々迷惑をかけたな。愚弟が本当に申し訳なかった」
「「いえ、いいのです。ハーブ様、頭を上げて下さいませ!」」
深く頭を下げ謝ってくるハーブ王子に、ローズマリーとミントは慌てて首を振り立ち上がる。
「陛下も君たちに、謝っていた。そこで、今回の件の一番の被害者である君たちに、セージたちを懲らしめて貰おうと決まってな……」
「「えっ?!」」
ローズマリーとミントは、想像もしていなかったハーブ王子の言葉に、驚きのあまり顔を見合わせてポカンと口を開いた。
そんなローズマリーとミントを見て、フッと口元に悪戯な笑みを浮かべたハーブは王子、おかしそうにウインクをしながら口を開く。
「ざまぁ、してやれ」
「「へ?!」」
ローズマリーとミントは、目をぱちくりとさせて二人不思議そうに顔を見合わせながら固まった。
**********
それからのハーブ王子の行動は早かった。というより、既に着々と準備を進めていたのかも知れない。
ローズマリーとミントは、ハーブ王子と話し合い、何度も打ち合わせをした。二人は、瞳をキラキラさせ、生き生きと楽しそうにお仕置きについて、あぁでもない、こうでもないと、話していた。
そんな二人の姿を優しく見守るようにハーブ王子は、笑顔で見つめ、色々とアドバイスをした。時折、やってくる知恵袋の宰相の長男であるタイムを交えて……。
タイムとミントは、気が合うのか合わないのか、話しているうちに意見がぶつかり合いヒートアップし、よく舌戦を繰り広げていた。顔がくっつきそうなほど互いに近づいて、真っ赤な顔をして睨み合う二人。
そんなタイムとミントを見守るように微笑ましく眺めながら、ハーブ王子とローズマリーは、お茶休みをまったりとすることが多い。
「今日も、平和ですね」
「あぁ、変わりないな」
「意外と、二人、お似合いですかね?」
「ふむ……いいかも知れないな」
未だに唇を突き出して触れてしまいそうな距離で舌戦を繰り広げているタイムとミントを、ハーブ王子とローズマリーは、生温い眼差しで見つめた。
「それにしましても、ハーブ様、『ざまぁ』とは、どこのお言葉でしょうか? 恥ずかしながら私、勉強不足で知りませんでして……」
「うーん、『ざまぁ』は、そうだな……。ざまぁ見ろって意味なんだけど、あー、うーん……。ローズマリーが知らないのは、仕方ないんだよ。多分、この世界の皆が知らないと思うぞ?」
ローズマリーの質問に、ハーブ王子は、少し困った表情を浮かべ、軽く頭を掻きながら返事をする。
ローズマリーは、ハーブ王子の言葉を反芻して、目をぱちぱちさせながらキョトンと首を傾げた。
「え? この世界?」
「そう、この世界だ。ローズマリー、今から少し変な不思議な話をするよ」
「はい……」
真面目な表情で自分を真っ直ぐに見つめてくるハーブ王子に、これから何の話があるのかと、ローズマリーは少し緊張して胸をドキドキとさせた。
「実は、私には……前世の記憶がある」
「前世?」
「んー、つまりこのハーブとして生まれる前に生きたとある男の記憶が残っている……」
ハーブ王子は眉尻を下げ、何ともいえない少し困ったような表情で僅かに片口元を緩める。そうして、左手でガシガシと頭を掻きながら、肩を竦ませて軽く息を吐いた。
「まぁ、早々信じて貰える話ではないと思うが……」
「いいえ、私はハーブ様のお言葉を、信じますわ」
すかさずローズマリーは、ハーブ王子を見つめながら瞳をキラキラとさせ、真面目に頷く。ローズマリーは、ハーブ王子の告白に大きく納得した。
ハーブ王子のこれまでに行ってきた、様々な先見の明、改革、政治など、貧しい者も豊かになっていく生活に、このような考え方、方法があるなんて……と常々感嘆していたのである。
「ありがとう、信じてくれて……」
ハーブ王子は、ローズマリーの迷いのない返事に少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。そして、少し身体を前屈みにしてローズマリーに顔を寄せ、内緒話をするように小声で囁いた。
「それで、ここからが信じられないような話になる」
「はい……」
真剣な表情のハーブ王子を前に、ローズマリーも微かに前屈みになりながら佇まいを正す。ハーブ王子は、軽く息を吐いてからゆっくりと口を開いていった。
「私は、ハーブとして生まれる前から、ローズマリー、君のことを知っていたのだよ」
「えっ?」
ローズマリーは、想像もしなかったハーブ王子の言葉に、キョトンとした表情で目を丸くした。思考が追い付いていかず、言われた意味が分からないとばかりに、ゆっくりと首を傾げる。
ハーブ王子は、そんなローズマリーを見つめながら、話をやめることなく、淡々と続けていった。
「どのように説明すればいいのか難しいが、私の前世の世界では、娯楽が発展していて『ゲーム』というものがあったのだ。その『ゲーム』とは、物語を映像にして見れるようなもので、主人公を動かして物語を作っていくというか、まぁ、簡単に言うと本の中の世界が動き、自分で行動して物語を作っていくという感じかな? ちょっと分かりづらいかも知れないが……。それで、前世の私には姉がいて、『天の乙女と地の守人』という『ゲーム』を気に入ってよくしていたのだ。私も、よく姉の『ゲーム』を手伝わされ、だから知っていたのさ。その『ゲーム』の登場人物に、ローズマリー君や、ミント、弟のセージ、無論私ハーブも出ている事を……」
ハーブ王子は、淡々と語ると一度口を閉じた。少し心配そうに眉尻を下げつつ、ローズマリーの反応を窺う。
ローズマリーは、初めて聞く話を必死に理解しようとしていた。摩訶不思議な話に、驚きの表情を浮かべて困惑したように首を傾げる。
「あの……その『ゲェム』という物語の世界に、私たちが出ていたのですね……? すると、ハーブ様は、今回のようにセージ様たちがあの少女に惹かれておかしくなってしまうだろうことを予め知っていたという事でしょうか?」
「あぁ……未来は色々あるのだが、セージがあぁなってしまうだろう事は分かっていた。それを変えたくて何とかしようと動いてはいたのだけれど、シナリオの、物語の強制力と言うのか、中々上手くいかなくて、結局はセージはあの女に騙されて……馬鹿な弟め……」
ハーブ王子は、視線を窓の下に移し、ピンク髪の少女を取り囲んで楽しそうにイチャイチャとしている弟セージたちを眺め、辛そうに悔しそうに瞳をふせた。何度大切な弟であるセージに忠告をしたのか分からない。あれほど、兄である自分を慕い尊敬してくれた弟セージの変わりようは、信じられないほど酷かったのだ。
「これも、シナリオの強制力なのか……。あのあざと女狐め」
ハーブ王子は、深いため息を吐き、ハーブたちに囲まれちやほやされて嬉しそうに笑っている少女を睨み付けた。このまま行けば、ローズマリーが悪役令嬢として、冤罪で断罪される未来が待っているのだ。それだけは絶対に阻止してやると、ハーブ王子は心に決めていた。
一方、ゲームの内容を知らないローズマリーは、ハーブ王子の決意を知らないため、キョトンと首を傾げる。
「あざと? 女狐ですか?」
「あぁ、露骨に男にアピールし、強欲に男の気を惹こうとする、男に囲まれちやほやされて逆ハーレム作って喜んでいる性格ブスさ」
酷く冷めた眼差しで心底嫌そうに、セージたちに囲まれている少女をチラッと見たハーブ王子の様子に、ローズマリーは、少し驚いたような表情でハーブ王子を見つめた。
「あの……ハーブ様は、彼女をお嫌いなのですか?」
「あぁ、あんなアバズレ……嫌悪感しかないね」
ローズマリーは、少し前に、ハーブ王子とピンク髪の少女が噂になっていた事をふと思い出し、不思議そうに首を傾げた。
「あの……」
「ん? 何か聞きたいことでもあるのかい?」
「いえ、聞きたい事と言うか……その……ハーブ様、一時彼女と噂になったことが……」
「あぁ……あれか……」
言いづらそうに小さく口にしたローズマリーの言葉に、ハーブ王子が嫌な事を思い出したとばかりに眉間に皺を寄せつつ不機嫌そうにボソッと吐き出した。
「どういう訳が私の行く所に立ち寄る場所に、まるで予め分かっているかのようにいつも現れてな。酷くベタベタと馴れ馴れしくて、初めから気持ち悪い女だった……」
「まぁ……そういう事だったのですね」
ローズマリーは、ハーブ王子からの説明に納得したように頷いたが、怪訝そうに首を傾げる。
「でも……不思議ですわね。いつも現れるなんて……。ハーブ様の行動は秘密にされていることが多いのでは……?」
「一応王太子だから、行先など秘密にしている、確かにね……。だが、私がふと立ち寄った孤児院や店などに、必ず現れたのだな、これが……。まるで、待ち構えていたかのように……。初めはこれもシナリオの強制力かと思い、私は行動を変えたのだよ」
「それで、会わなくなったのですね……」
「あぁ……全くな……。お蔭ですっきりしたよ」
ハーブ王子は、紅茶をゆっくりと飲み干すと、ピンク髪の忌ま忌ましいヒロインの言動を思い起こしていた。
『きゃっ、すみません! あれ? ハーブ王子様ですよね? こんな所で偶然ですぅー、会えて嬉しいですぅー』
『あ、また、偶然ですね。あたし、この孤児院にはよく来るんですぅー。子供って、可愛いですねー』
『きゃっ、今日も会えるなんてぇー。あたしたち、何か不思議な縁で結ばれているみたいですぅー』
『あ、ハーブ王子様ー、これ、よかったら、あたしの手作りクッキーですぅー。孤児院の子供たちにも、評判なんですよー』
『あのぅ、ハーブ王子様は、何か悩みがあるみたいですねー。良かったら、あたし、相談にのりますぅー』
『ハーブ王子様は、ハーブ王子様なのですぅー。きっとハーブ王子様は、立派な王様になれますぅー。あたしには、分かるんです!』
『あれ? おかしいな? ここでイベントスチルがあるはずなのに』
(確かにシナリオ通りの台詞だったが……。たまに、ぽろっと漏れた独り言が、バレバレ何だよな。何がヒロインなものか。俺と同じただの転生者だろ!)
ハーブ王子が眉間に皺を寄せて不機嫌そうな表情を浮かべると、ローズマリーは、口をつけたばかりの紅茶のカップをゆっくりと下ろし、遠慮がちに静かに口を開いた。
「あの……ハーブ様? すみません、私が余計なことを言ったために……」
ピンク髪の少女の噂話のことを持ち出したのでハーブ王子の気分が悪くなったのだと思いこんだローズマリーは、申し訳なさそうに頭を下げる。
そんな済まなそうな表情を浮かべたローズマリーに、我に返って気づいたハーブ王子は、慌てて「違う!」とムキになって否定した。
「ローズマリーのせいではない。ちょっとベタベタされた事を思い出して、げんなりしただけだよ」
ハーブ王子は、ローズマリーを見つめながら優しい笑みを浮かべる。
「それにね……私は、こうしてこの世界に転生して、感謝しているのだよ」
「感謝ですか……?」
「あぁ……ローズマリー、きみに出逢えたからね……」
「え?」
「私は、ハーブとして生まれる前から、前世の時から……きみに恋していたのだよ、ローズマリー」
ハーブ王子は、それはローズマリーを愛おしそう見つめながら、柔らかく微笑んだ。
「……っ!?」
ローズマリーはハーブ王子の突然の爆弾発言に、切れ長の瞳が真ん丸に見開かれ、口をぱくぱくとさせるばかり。頭の中でハーブ王子の言葉が繰り返され、ローズマリーの顔は見る間に朱色に染まっていった。
「だから、『ざまぁ』したら、本気できみを口説くから覚悟しておいてくれ」
ハーブ王子は、今日一番の屈託ない笑顔をローズマリーに見せ、ローズマリーの左手をそっと手に取るとその薬指に約束のように口付けを落とした。
ローズマリーはされるがまま硬直してしまい、真っ赤に染まった顔で恥ずかしそうに俯くのであった。
そんな二人の姿を、いつから見ていたのか、ポカンと口を開いて見つめる視線が二つ。先程まで舌戦を繰り広げていたタイムとミントである。二人は顔を見合わせると、何となく真っ赤になって意識したように視線を互いに逸らすのであった。
後編も明日か明後日には、アップします。




