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埋み火  作者: holly
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不可思議なカンニング 2

「誰かが盗み見たに違いないわ!私はきっちりクリアファイルに挟んだんだもの。

それがこんなに無造作に机に突っ込んであるなんて!」

と四谷玲は、大げさに騒いでいる。観客は半信半疑の様相ではあるが、疑いの目を向けているものの多くは、犯行が行われなかったことを信じているというより、これから始まるであろう犯人探しを恐れて、勘違いであることを望んでいるというのが本当のところのようだ。

「春日さん、あなた私の席の近くよね、誰かみたんじゃないの。」景は千秋の後ろの席であり、四谷はそのさらに後ろである。ついでに世界史同率一位であった広瀬さんは景の隣である。

景はビクッと身体を震わせて、恐れを顔に浮かばせ、伏せがちにおずおずと四谷のほうに目を向ける。景は呟く、ええと...

「なによ、はっきりいいなさいよ。」

渚が軽く舌を打ち鳴らすと、円陣の真中へと進み出て言った。

「なんもみてないだろ。昼はさっきまで私たちと一緒にラウンジに行ってたじゃないか。教室の外で飯食ってるやつは大勢いただろうし、残ってたとしても、クラスメイトが教室の中で何をするかなんて気にしないだろ。そもそも盗み見られたかどうかも疑わしいものだしな。」

渚は冷静さを失っている、と千秋は思った。最後の一言は言うべきではなかった。犯人を見つけるすべはないし、そうである以上、四谷がいくら騒いだところでどうにもなるはずがなく、解決とはいかなくても、不燃焼的に沈火するの明らかであった。しかし渚の発言によって、事件は起こったのか、起らなかったのかという新たな論点において議論がなされることは避けられなくなったであろう。

「私が嘘を言ってるってわけ?」

「そこまでは言ってないさ。ただ勘違いってこともあるかもしれんだろう。」

「勘違いなわけないわ!だって

「ちょっといい?まあ盗み見はあったとして、四谷さんはクラス順位一位だったから世界史の先生から点数発表されただろう。今更答案を見られたことがあなたを怒らせているのかい?」と千秋が口をはさむ。思いがけない方向からの発言に一瞬四谷はたじろいたが、すぐに怒りを取り戻して

「まさか、そんなことじゃないわ。この中に勝手に人の机をあさり、他人のプライバシーを盗み見ようとする人がいることに怒ってるのよ。」

じゃあ、答案自体は見られてもかまわないんだね、と千秋は言うなり、四谷の机の上に置かれているくしゃくしゃになった答案を手で引き延ばし繁々とみつめだした。

またも四谷は面食らい、何を言うべきが定まらぬまま声にならない声を上げようと口を開きパクパクとさせたのち、千秋の手から答案をひったくった。

「ちょっと、勝手に何してるわけ!」

千秋は聞こえていないかのように反応せず、親指を顎に押し当て、なにかを真剣に考えこんだままでいる。沈黙、誰もが次に千秋が発する言葉を待っていた、いや待たされていた。そして、誰もがこの沈黙、緊張を打ち破らなければいけない義務感にかられてはいたが、空間そのものが麻痺してしまったかのように静まり返っていた。

ふっと千秋の身体が脱力した。それに応じて空気も少し和んだように感じられる。千秋が四谷に何かを耳打ちすると、四谷は疑わしそうに千秋を睨んだが、千秋の有無を言わせぬ雰囲気に気圧されたのか、これ以上騒ぐことはなかった。


西向きに取り付けられた窓からの日光は、教室内に薄いオレンジ色のベールをかけた。すでに身をじりじりと焦がす、うだるような熱は失われ、心地の良い暖かさがあたりを満たしていた。少し開けられた窓から吹き込む柔らかな風は、時折レースを揺らし、投げかけられたレースの影は身をくねらせ、不思議なダンスを披露していた。

「もっとどっしりと構えなきゃいかんよ。」と突然思い出したかのように、景のほうを向いて渚は言った。

「し、仕方ないじゃない。」としどろもどろに景。

「全くその内弁慶どうにかしな。

「ところで何を耳打ちしたいんだい。」渚は千秋に向き直った。

「え?ああ、犯人の目星がついたから明日までこの話はおあずけだってね。」

「まじか、誰だよ!」思わず渚の口調が荒くなる。

「うーん、ふたつ、ヒントをあげようか。誰が犯人か、君たちに言いふらすのは誰の得にもならないことだし、確証がまだ得られていないからね。いわゆるホワイダニットというやつで、犯人はなぜ四谷さんの答案を盗み見たのかという点についてはよく考える必要があるよ。だってその点数は皆の知るところだったんだから。ふたつめは、彼女の答案をみていない君たちにもフェアであるためにも言う必要があるね。彼女はテストにおいて4点分、つまり二問を落としているわけだけど、そのうちの一問は最も難しい問題だった。これは別に不自然なことじゃない。しかしおかしなことに、もう一問はおよそ勉強していた人なら間違えないであろう簡単な問題だったんだ。さあ偉そうな講釈もここまでとしておこうか。申し訳ないけど、この後少しばかりやることがあるから、先に帰っててもらえないかな。」


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