8
宿屋に帰ると、シャンテの部屋のドアが開いたままになっていた。
「パスチーズ?」
返事はない。
様子がおかしい。
シャンテは、ドアの死角に身を寄せた。
慎重に半開きのドアを蹴ると、ゆっくりと開いて中が覗けた。
物書き台やイスやソファが乱雑に倒されていて、奥の部屋ではベッドの毛布やシーツが床に落ちている。
「パスチーズ?」
目を辺りに配りながら、シャンテはゆっくりと部屋の中に入っていった。
「いるの?」
奥の寝室から、声が聞こえた。
「うーっ、うーっ」
寝室に入ると、床にさるぐつわをされて、縛られているパスチーズが見つかった。
「大丈夫?」
いそいで、さるぐつわを取ってやる。
「お嬢様・・・」
「いったいどうしたの?」
「覆面の男どもが、入ってきて、いきなり、わっしを、縛り上げて、部屋をめちゃめちゃにしおったんです」
はっ、とシャンテは気付くと、ベッドの下をのぞき見て、そこに何かを発見すると、ほっと胸をなでおろした。
そして、パスチーズに向き直ると、
「大丈夫? どこも痛いところはない?」
と、老僕の体をあちこち触ってみた。
「お嬢様・・・」
突然、シャンテを見つめると、パスチーズは、涙をながした。
びっくりしたシャンテは、老僕にたずねた。
「どうしたの? どこか痛いの?」
「わっしは、わっしは」と、止めどなく涙をながして、「お嬢様が、わっしを心配してくださるのが、うれしゅうて」
「・・・・・・・・・」
「本当に、ありがたいことで・・・」
「じゃあ、どこも痛いところはないのね?」
「はい」
シャンテは、部屋を見まわすと、物書き台の側に置いてあった鞄が、無くなっているのに気が付いた。事件の資料が入っていた鞄である。どうやら、それ以外に盗られているものは、無さそうだった。
(だいたいは、頭に入っていたから、別になくなっても、かまやしないわ)
階下に降りると、宿屋の主人が、カウンターの中に立っていた。
「あなた、何してたの?」
「?」
「私の部屋に賊が入ったのよ。部屋を荒らして、そうとう大きな音もしたはずなのに、なにも気付かなかったの?」
「あっしは、いま買い出しから帰ってきたところで、なんにも知りませんでした。部屋に賊ですって? そりゃ大変だ。急いで、治安官に知らせなきゃ」
というと、宿を出ていった。
すぐに、ラズロ治安官は、やってきた。
パスチーズとシャンテから話を聞き、何かをメモって、賊の遺留品がないことを確かめると、「それじゃ、犯人捜しに全力を尽くします」といって、帰っていった。
シャンテは、パスチーズと部屋に2人だけになると、ドアにカギをかけて、奥の部屋に入り、ベッドの下に潜り込んだ。
そうして、そこから、何か光っている人の頭ほどの箱を取り出した。
「こんなことが、あるかもしれないと思って、かくしておいて、よかったわ」
「お嬢様。これは?」
「魔法検査器。魔法物や、魔法干渉度を計る機械よ。われわれ魔法捜査官の必需品。これがなければ、どんな捜査もできないわ。もっとも、賊が見つけたところで、手は出せなかったでしょうけど。光ってるのがわかるでしょ? これに触れることができるのは、私だけなのよ」
「魔法ですか?」
「そう」
「驚きましたな」
「でしょう?」
「お嬢様は、本当に魔法をお使いになれるんですねえ」
すこし得意そうだったシャンテの顔は、その言葉で、どんより曇った。
もっとも、それは無理もないことだ。パスチーズが、シャンテの魔法を使うところを見るのはそれが初めてだったし、魔法捜査官といえども、めったやたらと魔法を使うことは、できなかったからである。
とはいえ シャンテは、パスチーズのために、また一つ、深いため息をつくことになった。