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事件の被害者である地主のチャルレーロが所有する耕作地は、村の中でも、川に一番近い、良く日の当る場所にあった。
その畑のよく見渡せる小高い岡の上に彼の邸宅があり、その待合室で、シャンテは、彼に呼び出されるのを、待っていた。
執事に案内されて、部屋にはいると、広い机の向こうに、「いつもそんな不機嫌そうな顔をしているんですか?」と、質問したくなるような肥った初老の男が、座っていた。それが、この家の当主ロベル・チャルレーロだった。
あいさつが終わると、彼は、こう切り出した。
「魔法捜査官だかなんだか、知らないが、ワシは、もうあのことは、忘れたいんだよ。あの畑が元どおりになってくれれば、ワシはそれでいい」
「じゃあ、畑を更地にしたのは、あなただったんですね」
「そうだ。あたりまえだろ。収穫があがらなきゃ、ワシらは飢え死にだよ。土地を遊ばせておくなんぞ、もってのほかだ」
シャンテは、けげんな顔をした。ふと、あることに気付いたからだ。
「ちょっと待ってください。ひょっとして、事故のあった畑には、もう作物が?」
「植えてあるよ。当然だ。ここから見えるだろう。ほら、あそこだ」
シャンテが、立ち上がって、チャルレーロの指さす方向を窓から眺めると、そこには、青々とした葉っぱの茂る野菜畑があった。
「はぁ、更地ならまだしも野菜まで・・・」
チャルレーロが、不機嫌な顔で聞いた。
「問題があるのかね」
(大ありよ!!)とは思ったが、シャンテは、それは、口にしなかった。
「あとで調査をさせてもらいますが、いいですね?」
「野菜さえ無事なら、どうでもいいよ」
「事件当日の話を聞きたいんですが」
「話も何も、突然ドカーンだよ。あいにく、そのときは、そばに誰もいなくてね。だから、話をできるものはいないよ。もっとも、いなくて助かったがね。死なれたりしたら、あとが面倒だ。ただでさえ、畑を整地し直して、大損だってのに」
チャルレーロは、儲け以外に興味ないらしい。そこで、シャンテは、こう聞いてみた。
「どうして、あなたは自分の畑が爆破されたのに、犯人捜しにあまり積極的ではないんですか?」
「たいした事故でもなかったからね。犯人なんか捜すより、そのままほっといた方が得だからさ」
「この辺りは、数年前まで、ずいぶん貧しいところだったらしいですね」
「ああ、そうだ。昔はよかったな。村の中には、今のほうがいいというヤツが、いるかも知れんが、ワシには、昔のほうが、よかったよ。なぜだか、わかるかね?」
「どうしてです?」
彼は冷たい声でこういった。
「ヤツらが、ワシなしでは、生きていけなかったからだよ」
そうして、チャルレーロは、シャンテを見ると、ニヤリと笑った。
シャンテは、彼の笑顔に身震いした。それほど、彼の笑顔の底には恐ろしいものがあったからである。
シャンテから目をそらすと、もとの不機嫌な顔に戻って彼はこうつぶやいた。
「まったく、つまらんことをしてくれたもんだ」
シャンテは、ふたたび、けげんそうな顔で、チャルレーロにこうたずねた。
「誰がですか?」
チャルレーロは、ジロリと彼女を見つめて、答えた。
「・・・・・・神様ってやつがだよ」
シャンテは、苦笑して彼に聞いた。
「あなたでも、神様を信じるんですか?」
「もちろんだ」
シャンテは、話題を変えることにした。
「・・・しかし、あなたのような立場にあると、人に恨まれることも多いでしょうね」
「ああ、働きもしないくせに、人を逆恨みするヤツは、この世に多いからね」
「そのなかの誰かが、あなたに仕返しの意味で、この事件を起こしたということは?」
「あるかもしれんな」
「あなたを、恨んでいる人は?」
「いるにはかもしれんが、ちがうだろう。このあたりのやつらは、学のないただの農民だからね。魔法なんて、使えやしないよ。なんかのはずみで、こうなったんじゃないのかね?」
「それは、ありえません」
すると、彼はシャンテを見つめて、訴えるようにこう言った。
「さっきも言ったが、ワシはこの事件をもう忘れたいだけなんだよ。だから、あんたも適当に切り上げて、はやくこの村から出ていってくれないか」
シャンテは、彼を見つめ返してこう言った。
「それはできません。事件の『完全な』(ここをシャンテは強い口調でいった)解決が私の仕事ですから」
「わかった」いまいましそうに、つぶやくと、彼は、シャンテにこう言った。
「じゃあ、今すぐこの家から出ていってくれ」
そうして、彼はその希望を実行した。
チャルレーロの邸宅から、宿屋に帰る道で、シャンテは思った。
(チャルレーロは、なにかをかくしているわ。でも落とすには、証拠が必要ね・・・)