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宿屋に戻ると、部屋は見違えるように、きれいになっていた。シーツは変えられて真っ白になっていたし、部屋にはチリ一つなくなっていた。パスチーズの仕業だということは、もちろんわかっていたが、シャンテは、あえて何もいわなかった。それでも、パスチーズはご機嫌だった。
しばらくすると、ノックの音がしたので、ドアを開けると、宿屋のろうかには、若い男が立っていた。
「治安官のラズロです。マルデス地政官にいわれてきました」
「入って」
シャンテは、ラズロをソファに座らせた。
そして、自分は、物書き台のイスを持ってきて、彼の正面に座った。
治安官は、おどおどした様子で、シャンテと、目をあわせようとしない。
「若いのね。年はいくつ?」
「二十一です」
シャンテは、思った。
(私より下じゃない。べつに、いいけど・・・)
治安官は、地政官のもとで、社会の安寧秩序を守る、我々で言うところの警察官のような存在で、その土地の者の中から、地政官が選ぶことになっている。仕事の性質上、土地に詳しいものが良いため、農民から教育のあるものが試験で選ばれるのが普通で、ラズロもそうだった。
「どうして、報告書を出さなかったの?」
シャンテが聞くと、彼はあいかわらずシャンテを見ようとせずに、こう、答えた。
「地政官がこわくて」
「?」
「あの人は、自分の仕事が増えると、ぼくらを叱るんです。だから・・・こんな報告を出したら、彼がいい顔をしないだろうと思って・・・それで・・・」
「ふうっ」と、ため息をつくと、シャンテは、こう言った。
「よく聞く話だけどね」
そして、うつ向いたままのラズロに、こう続けた。
「地政官に、たずねてみようかしら」
驚いたラズロは、シャンテに大声でいった。
「やめてください!! ぼくがクビになります!!」
ラズロを見つめたままで、シャンテは言った。
「そうね」
すると、ラズロは、シャンテから、また目をそらした。
「でも」短い沈黙のあと、シャンテは、あきれた顔をして言った。
「そんなで、あの男、よくあの職についていられるわねー」
ラズロは、また驚いた顔をしてシャンテを見た。
「ご存知じゃないんですか?」
「?」
「あの人が、あの職にいるのは、親のコネだって・・・」
シャンテは、しばらく何と言っていいのかわからなかった。が、なんとか言葉をさがして、彼に言った。
「あなたは、知ってるの?」
今度は、目をそらさずに、彼は言った。
「この村じゃ有名な話ですよ」
「ふうっ」と、ため息をついて、シャンテは、ようやくこう言った。
「そう。よくわかったわ」
気を取り直して、シャンテはラズロを見つめると、こう聞いた。
「事件の当日は、どうしていたの?」
「あの日は、ずっと仕事をしてましたが、事故に関しては、気付きませんでした。あとで人から聞いたんです」
シャンテは眉をしかめた。
「本当?! ずいぶん大さわぎだったらしいけど」
「ぼくは知りませんでした」
シャンテは、じろりとラズロを見た。
ラズロは目を伏せて、話を続けた。
「あとで現場にも行きましたし、チャルレーロさんにも聞きましたが、そう大きな事故ではなかったんです。だから報告もしなくていいかと思いました」
「そうね。あなたの報告には、たしかにそう書いてあったわ。でも・・・」
ラズロは、チラリとシャンテを見たが、彼女と目が合うと、あわてて伏せた。
「・・・隣村の地政官は、そうは思わなかったようね」
隣村の地政官とは、魔法庁にこの事件の一報を入れてきた人物である。
「それは、このあたりは、事件もないので、すこしでも何かがあると大さわぎをするからです」
「そう」シャンテは冷ややかにいうと、続けた。「その後の捜査の進展は?」
「なにぶん、ぼくたちは、こうしたことに不慣れで、どうしたらいいのか、よくわからないしで、実のところ・・・なにも・・・していないんです」
「そう。わかったわ」
これで話は終わりだった。
しかし、治安官は席を立とうとしなかった。
シャンテは、彼に言った。
「どうしたの。帰っていいわよ」
「あ、でも・・・」
「なに?」
「地政官が、あなたのお手伝いをしろと」
きょとんとした顔で、シャンテはラズロを見つめた。
ラズロは、真面目である。
シャンテは、笑顔になって、こう答えた。
「必要ないわ。帰って」
「でも、地政官が・・・」
そのおどおどした態度は、彼女を怒らせるには、充分だった。
「私が必要ないって言ったって、地政官に伝えて。それなら、あなたに責任はないでしょ?」
まだなにか言いたげなラズロを、無理やり部屋から出して、ドアを締めると、シャンテは、こう言った。
「帰って!」
そして、彼女は深いため息をついて、こう思った。
(どうも、あの子、信用できないわね)




