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朝になると、シャンテのことを、魔法捜査官だと知らないものは、一人もこの村にいないようだった。
宿屋の主人は、昨日のぶっきらぼうな態度を一変させて、愛想がよくなり、シャンテの歩いた後ろでは、人々がこそこそと噂話をはじめた。
(捜査がしにくくなったな・・・)
と、思いながら、パスチーズを宿屋に残して、シャンテは、地政役所に出かけた。昨日できなかった着任の報告と、事件のその後の進展を聞くためである。
こぢんまりとした地政役所の入口で、名前と来所の目的を告げると、すぐに地政官の部屋に通された。
部屋には、美しい絵がかかっていて、地政官の机の上には、一輪の花が生けられてあった。
地政官は、シャンテより少し年上の若い男で、名前をマルデスといった。にこやかな顔で、シャンテに握手すると、
「女性だと知っていたら、もっとおしゃれしとくんだったよ」と、言って笑った。
「はぁ・・・」シャンテは、苦笑いで答えた。
そして、勲等を下げられたことを、ひとしきり嘆くと、女性とは芸術の話をするものと思っているのか、ラーデンベルグではやりの芝居や文学のことを話し出した。シャンテは、その話をなるべく早めに切り上げて、事件の話に持っていった。
「女だてらにねえ、いろいろと大変でしょう? どうです私の自宅にお泊まりになっては?」
シャンテは、小ぎれいな地政官の部屋を見回して、パスチーズが聞いたらさぞや喜んだろう、と思ったが、
「そういうことは、できない規則ですから」と答えて、「その後の調査の進展は?」と尋ねた。
「進展も何も、現場があの状態ではねえ」と笑った。
現場が更地になったことをいっているのだ。
「でも、治安官が、なにかしてるはずだよ。あとで聞いてみるといい」
「事件の当日は、どんな様子でした?」
「それがねえ・・・私は、事件の日はここにいなかったんだよ。ラーデンベルグに行っていてね」
「お仕事で?」
「いや、仕事ってわけでもないんだが、もちろん遊びじゃないんだけどね」
彼がへんな笑いをしたので、シャンテがもう少し突っ込んで聞いてみると、彼のとんでもない仕事ぶりがわかった。
彼は1年の3分の1以上は、首都のラーデンベルグで過ごしているらしく、住んでいる彼女よりもあの町にくわしかった。なになにの芝居がよかっただとか、どこどこの家のサロンには誰々という人が出入りしているだとか、彼女がラーデンベルグ住まいだと聞くと、彼はそうした話題をうれしそうな顔でとめどなく語った。
(たいした地政官だわ。勲等はもっと下げてもいいんじゃないかしら。初めの芝居の話はこのせいだったのね)
シャンテは、熱心に聞くふりをしながら、そう思った。
どうやら、彼は、この村のことについては、中央の人間以上に知らない様子で、結局、彼がこの事件の報告を中央にしなかったのは、彼自身がこの事件を知らなかったせいと、治安官が何もいってこなかったからということらしい。
「たいへん有意義でした」
地政官はまだまだ話し足りない様子だったが、これ以上、ラーデンベルグの話を聞くことに、何の意味も感じなかったシャンテは、こう言って彼の元を去ることにした。
最後に、マルデス地政官は、シャンテの手をにぎり、
「お役に立てることがあれば、なんでもいってください」
と、シャンテを熱い目で見ながら、その手に接吻した。
(ラーデンベルグ住まいのせいかしら?)
シャンテは、その帰り道で肩をすくめた。