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ベルロッシの店、と書かれた看板のあるおもてからして、パスチーズは不満そうだったが、シャンテはかまわず、店の中に入っていった。
扉を開けたとたん、ふだんは畑を耕しているらしい男たちが酒を酌み交わしながらしゃべっている大声が2人を迎えた。店はたばこの煙が充満していて、その煙のせいで店の奥が見えないほどだった。
こうしたところに女が入っていくと、そうすることが義務であるかのように、周りの男たちは口笛を吹いて、シャンテの来店を歓迎した。
パスチーズの顔が、みるみるしかめっ面になっていったが、彼女はそれも気にしなかった。
空いた席に座るとシャンテは、その側に立ったままでいるパスチーズに、
「おまえも、座るのよ」
といって、老僕が不潔だからとか、フランクリン家の名においてとかでなく(それもあっただろうが)、主人と同じテーブルにつくのは、失礼であるから座らないとわかっていたが、無理にいって彼を座らせた。
壁にかかった料理の名前を見ながら、シャンテは食べられそうなものを2人分注文し、女給を下がらせると、パスチーズに、
「料理が出たら、ちゃんと一緒に食べるのよ」と、例のしかめっ面で言い、「これは、命令ですからね」と、つけくわえた。
こうなると、パスチーズは、はいと返事をするしかなかった。
しばらくすると、料理が出てきて、2人は食べ始めたが、味は思ったより良かった。この辺りで採れたものを食べさせるので、新鮮なせいかもしれない、とシャンテは思った。
料理によっては、ラーデンベルグのものより、うまいと感じるものもあった。
隣のテーブルにいる若い男たちが、シャンテの方を、ちらちらと見ていた。
(いい情報収集になるかもしれない・・・)
と、その男たちをじっと見つめようかと、していたときだった。
「しかし、チャルレーロの畑みたいになるのは、ごめんだな」
という声が、うしろのテーブルで聞こえた。
シャンテは、その方へ振り向いた。
農民らしい男が3人で、酒を飲んでいた。
そのうちの1人と、目があった。男は、その目を伏せ、しゃべっていた男は、それでシャンテに気付き、彼女を見た。会話は途絶えた。
シャンテは、男たちに話しかけた。
「チャルレーロって、このあいだ、爆発のあった地主の家でしょ? おもしろそうな話ね。聞かせてくれない?」
しゃべっていた男が、答えた。
「あんた、誰だい?」
シャンテは、ポケットから金貨を出して、表の肖像画を見せると、
「イスタリア国王って者よ。お酒をおごるわ」
ほかの2人は、まんざらでもない様子だったが、その男は、毅然とした態度で言った。
「あんたに、おごられるいわれはないよ」
「いいじゃない。すこしお話したいだけなの」
「しつこいぞ。よしてくれ。どこの誰ともつかないような女に、酒をおごられるなんて」
ここで、パスチーズの限界がきた。彼は自分の主人のために敢然と立ち上がって言った。
「なんだ、おまえら。さっきから聞いていれば、この方を、どなたと思っているんだ」
「誰なんだよ」
「恐れ多くも、この方は・・・」
「やめなさい。パスチー・・・」
と、シャンテがパスチーズを止めようとしたとき、彼女の肩をつかんだものがいた。
「いったい、なんだね? 店で騒動は困るよ」
店の主人らしい男が、振り返ったシャンテの前に立っていた。
「ごめんなさい」
しかし、主人の顔は険しいままだった。
「私は、こういうものよ」
シャンテは、そういいながら、ポケットに手を入れると、紙を取り出して店の主人に見せた。
主人は、それを読み上げた。
「魔法捜査官・・・」
まわりが、シーンと、なった。
「誰だろうと、騒ぎは困るよ」
「わかったわ」
店の主人は、シャンテに紙を返すと、去っていった。
そして、シャンテも、男たちも、自分たちのテーブルに戻って、食事を続けた。
店は水を打ったように静まり、1人1人と食事もそこそこに店を出ていき、シャンテが店を出るときには、もう誰も残っていなかった。
勘定の際、店の主人は暗い顔をして、シャンテから金を受け取ったが、何も言わなかった。シャンテは、やっとのことで、こう言った。
「もう来ないわ」
「そう願いたいね」
店の主人は答えた。
「でも、どうして?」
シャンテは、聞かずにいられなかった。
「ここの人間は、よそ者がキライなのさ」
宿屋の部屋に帰ると、パスチーズは、シャンテに詫びたが、彼女は、
「あれは、私が悪かったのよ。すこし強引すぎたわ」
と彼に言った。
そして、シャンテは、しばらく物書き台に座って、考え事をしいたが、老僕が目をこすり出すのを見ると、
「もう、寝ましょう」
と、服を脱いだ。
「ご入浴は?」
「今日は、疲れてるからよすわ」
寝る準備が整い、老僕が部屋から出ていこうとすると、シャンテは隣のベッドを指して、彼に言った。
「パスチーズ。おまえは、ここに寝なさい」
主人と同じ部屋に寝るのを失礼に思い、隣の部屋で床に寝ようとする老僕が、なにか言い訳しようとすると、彼女はこう付け加えた。
「これは命令よ」