32
老人が、村人に叫んだ。
「やめるんだ! 捜査官が行方不明になって、我々が無事でいられると思うのか?」
老人がこういうと、村人たちはしぶしぶ、それを認めた。
「わしは大丈夫だ。帰ってくれ」
そうして、村人たちは、一人、一人と自分の家に戻っていった。
「説明しろ!」
ミューラーが、シャンテにいった。
彼女は、一同を見渡すと、話し始めた。
「すべては、逃亡中のあなたのこの村の人たちへの同情からはじまったことだった」
シャンテは、老人を見ていった。
「当時チャルレーロのひどい仕打ちにあえいでいたこの村の人たちの貧しさを見かねたあなたは、あの魔法を畑にかけて、人々を救った。あの魔法の改善点は、逃亡の途中のロスコーで知ったんでしょう。ロスコーは、ヴァリスとこのファネールとの間にありますから。あなたは、貧しい人たちを手始めに畑に魔法をかけていった。そして、最初は少数だったあなたの恩恵を受けた人々は、その話を仲間に打ち明けた。あなたに畑を変えてもらえると噂を聞きつけた人たちは、貧しい人からだんだんと、あなたの元を訪れ、しだいに村のほとんどを締めるようになった。アウロは、きっとその手伝いをしていたんでしょう」
シャンテは、アウロを見た。
アウロはうなづいた。
シャンテは、ミューラーにいった。
「それで彼は、この魔法を使えるようになっていたのよ」
ミューラーは、黙ってアウロを見た。
「でも、その噂は、チャルレーロの耳にも入った」
アウロは、目を床に落とした。
「チャルレーロは、自分の畑にも、その魔法をかけるようにあなたたちを脅迫した」
「そうだ」
アウロがいった。
「奴はどこからか、その噂を聞きつけた。奴は小作人たちがどんどん独立していくのを、はらわたが煮えくる思いで見ていたが、その秘密を知ると、おれたちに脅しをかけてきた。禁制の魔法を使っていると、中央に訴え出てやると。しかし、奴にはそんなことをするつもりは、最初っからなかったんだ。奴は、自分の畑の収穫が上がるならそっちの方が得だとわかっていた。だから、奴はおれに、ニヤニヤ笑いながらいったよ。どうすればいいか、わかるだろうって」
アウロは、思い出すのも嫌らしかった。
「あのクソ野郎!!」
彼は、吐き捨てるようにいった。
「しかし、今年の魔法の計画は、もう決まっていた。奴の畑の分は、調達していなかった。奴の畑は広い。石が足りなかった」
アウロは、暗い声でつづけた。
「だが、奴は承知しなかった。おれたちが、奴の畑に魔法をかけない口実だと思った。奴は、そっちがその気なら、わしにだって考えがあるぞ、といいやがった」
アウロは、そこまで話すと、黙った。
「あなたたちは…」
シャンテは、うなだれたアウロを見ながらいった。
「あの石なしで、魔法をかけることにした。春先で温度が低いから、おそらく爆発はしないだろうと思った。あとで石が手に入ってから、もう一度、魔法をかけ直せばいい、と考えたのね。でも爆発が起こってしまった」
アウロは、黙ったまま床を睨んでいた。
シャンテは、つづけた。
「あなたたちは、爆発を隠そうとした。でも、隠し切れなかった。そして、中央から魔法捜査官がやってきた。あなたたちは、私の部屋を荒らして、私の護衛にラズロを付けさせ、私がなにをするかを、監視させることにした」
ラズロはうつ向いて、シャンテのいうことを黙って聞いていた。
「そして、ルフィンから、緑の石の存在がわかった。私がアカデミーに、畑の土と石の分析に帰ったことを知った」
シャンテは、アウロを見た。
「おそらく、チャルレーロが、本当のことを話す、といいだしたんでしょう」
アウロは黙ったままだった。
「そこで、あなたが魔法玉で彼を殺した」
アウロは、シャンテを見た。
だが、なにもいわなかった。
ただ、うなづいただけだった。
シャンテは、ミューラーにいった。
「あとは、説明の必要はないでしょう」
「ああ」
シャンテは、老人に近付いた。
それまで、黙って座っていた老人は、彼女を見た。
「ヴァリス村のことを話していただけますか?」
シャンテがいった。
老人は、床に目を落として、ぽつりぽつりとつぶやくように話した。
「あの村では、わしは、魔法の好きなろくでなしの道楽者だった。若いときから、ろくに働きもせず、わしは魔法のことばかり考えておった。親父は村では、そこそこの富農だったが、生きているときには、わしをクズといっていたものだ。その親父が死に、止める者がなくなると、わしはいっそう魔法の研究に打ち込んだ。たちまち金は底をつき、母親はわしに泣いて、研究を止めてくれと頼んだが、それでもわしは魔法にしがみついた。あのころのわしには、魔法しかなかった。いまさら他の何ができる、そう思っていた。金がないなら、今に金を作る魔法を考えればいい。本気でそう考えていた。そうして母親も死んだ。そのとき、わしがどう思ったか、わかるだろうか。これで心置きなく研究ができる、そう思ったのだ。親父は正しいことをいった。たしかに、わしはクズだった」
老人は、しばらく黙った。
昔のことを思い出しているらしかった。
みんなは黙って、老人が話すのを待っていた。
やがて、彼は、静かに話をつづけた。
「何もかも無くなりかけたころ、わしはある魔法を見つけた。その魔法をかけた土は、作物の成長を助けるものだった。わしは、村人たちにその魔法を教えた。彼らはとても喜んでくれた。いままで邪魔者のようにみられていたわしを、みんなが尊敬の目でみるようになった。わしは、うれしかった。はじめて人間として認められたような気がした。だが、あの日が、やってきた。あれは暖かい春の終わり頃だった。あとでわかったことだが、あれは太陽の熱で大地の温度が上がると、魔法の反応が止まらなくなるのだ。昼をすこし回ったときのことだ。凄まじい轟音とともに村外れにあったわしの家は吹き飛んで、なかにいたわしも何のことわからんまま飛ばされて気を失った。目が覚めると、村は跡形もなくなって、ぽっかりと大きな穴だけがわしの前にあった。家も人も家畜も何もなくなって、ただ大きな穴だけが・・・。あの村で助かったのは、わしだけだった。これは、神様のなにかの罰なのか? そう思ったこともあった」
老人の目から、涙があふれた。
「なんども、死のうとしたが、わしは死ねんかった。わしは・・・わしは・・・」
そして、老人は顔をおおった。
シャンテは老人を抱き締めた。
「いいのよ… もう…いいの」
他にどういっていいのかわからず、彼女はそう繰り返しいった。




