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アウロの移送の日がきた。
シャンテが、治安官事務所に行くと、建物の前に多くの村人がいた。
事務所に入ってきた彼女の顔を見ると、ミューラーはすぐに聞いてきた。
「犯人は見つかったかね?」
「犯人は・・・」
シャンテは、苦しそうに彼の顔を見て、答えた。
「・・・見つからなかったわ」
牢屋でアウロが、ほっとため息をついた。
「そうだろうな」
ミューラーは、ニヤニヤと笑い出した。
「魔法庁の敏腕捜査官様も真犯人を挙げることはできなかった、ってわけだ!」
シャンテは、彼を睨んだ。
「治安官を知らないか?」
「ラズロ? いないの?」
「ああ」
「知らないわ」
そして、窓の外を指さした。
「村人が集まっているけど」
「こいつのせいだろう」
ミューラーは、アウロをあごで示した。
「みんなから憎まれていたチャルレーロを殺したこいつは、村の英雄だからな。名残を惜しんでいるのさ。もっとも、その英雄もじきに刑場の露と消える」
ククッと、ミューラーは笑った。
「フランクリン、おまえもこれからは、出来もしないことを、いわないようにするんだな」
シャンテは黙ってミューラーを睨んだが、彼はとても満足だった。
「治安官を待っていられんな」
ミューラーは、不機嫌そうにつぶやくと、
「奴を檻から出せ」
と部下に命令した。
牢に入ったミューラーの部下たちは、アウロの手を縛って、彼をミューラーの前に立たせた。
「ガキはどうするんだ?」
ミューラーは、シャンテに聞いた。
「このまま釈放するわ。魔法薬の密輸だけの罪しかないし、それだけにしては、ずいぶん長い間留置してたから」
そして、牢の少年にいった。
「ルフィン。こっちに来て」
ふてくされた顔をして、少年はシャンテの前に立った。
彼女は、書類を出して、少年にいった。
「ここに、サインして」
少年にペンを差し出した。
「いやだといったら?」
すかさず、ミューラーがいった。
「小僧! あまり調子に乗るんじゃないぞ!」
少年は、ミューラーを睨んだ。
シャンテがいった。
「お願い。これまでのことは謝るわ。だから、サインして」
少年は、シャンテが出したペンをしばらく見つめていたが、それを取って、書類にかがみこんだ。
シャンテは、ほっと息をついた。
「フランクリン」
ミューラーがいった。
「こいつにサインをくれ」
アウロの移送に関する書類だった。
「いやだといったら?」
「ふざけるな! おれは、お願いなんかしないぞ!」
「・・・・・・・」
シャンテは、ペンを取った。
書類にサインをしようとしてかがんだ。
(これにサインをすれば、アウロは・・・)
「はやくしろ!」
ミューラーがいった。
その時だった。
ピピピピピピピピピピピピピ。
突然、音がした。
その場の全員が、音のする方向を見た。
シャンテの魔法検査器だった。
シャンテは、検査器をかけよった。
「どうしたのかしら」
彼女は、反応を確かめた。
「これは、魔法玉・・・」
ピピピピピピピピピピピピピ。
音がどんどん大きくなっていた。
「近づいてくるわ・・・」
(魔法玉が、近づいてくる?)
シャンテの顔が、真っ青になった。
「みんな、逃げて!!」
シャンテが叫ぶのと、同時だった。
ドオオオオオオオオオオオオオン。
衝撃が、シャンテの体に走った。
彼女は、壁まで跳ばされて、崩れ落ちた。
治安官事務所の壁には大きな穴が開いて、外に村人たちが大勢立っているのが見えた。
「アウロを助けろ!!」
彼らは、鍬や鋤を持っていた。
「ふざけやがって」
倒れていたミューラーが頭を振りながら、立ち上がった。
手に魔法銃を持っている。
ミューラーの部下たちも、魔法銃を構えた。
シャンテが見ると、アウロもルフィンも無事だった。
「かかってくる奴は、全員撃ち殺してやる!!」
ミューラーが、銃を村人に向けていった。
「・・・・・・」
村人たちは、鍬を握って、ミューラーの隙をうかがった。
シャンテの目のはしに、ルフィンがミューラーに飛びかかろうとしているのが見えた。
留置中にルフィンが彼から受けたことを思えば、気持ちは分からないでもなかったが、このままルフィンの行動を見逃すわけにもいかなかった。
シャンテは、ルフィンを押さえようと、足を踏み出した。
そのとき、アウロが、手を縛られたままシャンテに体当りをした。
「あっ!!」
しかし、シャンテは、ルフィンを突き飛ばすことに成功した。
シャンテとアウロは床に転がり、ルフィンも床からミューラーを見上げた。
「クソッ!!」
ルフィンは、床を叩いた。
ミューラーは、ちらと、倒れた3人を見るといった。
「とんだ茶番だったな」
村人たちはミューラーとの距離を、じりじりと詰めていった。
アウロが、シャンテを、じっと見つめていった。
「なにもいわないと約束するなら、あんたのことは助けてやってもいい。だが・・・」と、ミューラーを睨んで「あの男は殺す」
「ダメよ。誰も殺させないわ」
「奴を生かしては帰せない…」
「やめて。そんなことをして、あなたが、かばおうとしている人は、本当に喜ぶの?」
シャンテがそういうと、アウロは驚いた顔をして彼女を見た。
「あんたは知っているのか?」
アウロの声は震えていた。
シャンテは、アウロを見つめた。
「知っているんだな」
シャンテは、うなづいた。
アウロは、ミューラーと向き合っている村人たちの方を見ていった。
「こいつは、あの人のことを知っている!!」
村人たちの顔色が変わった。
そして、全員がシャンテを見た。
彼女も、村人を見た。
アウロがいった。
「こいつも… 生かしてはおけない!」
シャンテの背中を、冷たい汗が流れた。
「チッ」
ミューラーが舌打ちして、銃を構え直した。
村人たちが、ピクリと動いた。
「全員、殺してやる」
ミューラーが、つぶやいた。
「やれっ!!」
アウロが叫んだ。
村人たちは鍬を振り上げて、ミューラーに襲いかかった。
ミューラーは、先頭の男に狙いをつけた。
シャンテは、思わず目を伏せた。
その時だった。
村人の後ろで声がした。
「もういい!! やめてくれ!!」
村人たちの動きが止まった。
振り返ると、そこにひとりの老人が立っていた。
その人物が誰かわかると、村人の群れが2つに割れた。
老人が前に歩いてきた。
「もう、人が死ぬのはたくさんだ」
老人は、村外れに住んでいたあの老人だった。
彼の後ろに、ラズロがついていた。
シャンテは、立ち上がっていった。
「あなたは・・・」
ミューラーが、シャンテを見た。
「知っているのか?」
「あなたはヴァリス村消滅事件の最重要容疑者ミルト・バディルですね?」
ミューラーは驚いて、老人を見た。
老人は、シャンテを見つめた。
そしていった。
「ああ。そうだ。私があの事件の犯人だ」