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ファネール村行きの乗合馬車で、シャンテは、また顔を真赤にしなければならなかった。同じ馬車に、さっきパスチーズがさんざん悪態をついたあの女性が、一緒になったからだ。パスチーズは、またもや、こんな連中と同じ馬車で、とかなんとか、やり始めようとしたが、シャンテが、彼のお尻をつねったので、周りの客は、パスチーズの突然の叫び声に、けげんな顔をしただけだった。
女性はたいへん気持ちのよい人で、さっきのことをなんとも思わず、シャンテにやさしく話しかけてきた。(それも、パスチーズには、気にいらなかったのだが・・・) 最初は天気の話から、そして旅先で一緒になった人がする例の話である。
「で、どこまで行かれるんですか?」
「ファネール村までです」
「あそこは、美しい村ですわ。以前は、貧しい村で目も当てられないぐらいのひどい所でしたが、そうねえ、ここ3年くらいかしらずいぶん見違えるようになって。でもたしか、近頃、事故があったとか・・・」
「なにか、ご存じですか?」
「さあ、大きな爆発があったぐらいしか。今回は人は亡くならかったようですけど、なんだか、10年前のヴァリス村のことを思い出しますわ。恐ろしいこと」
「本当に・・・・」
女性の言ったヴァリス村の事故というのは、イスタリア国の東部で起こった大爆発事故のことである。
10年前、夏のある日、ひとつの村が、あとかたもなく爆発によって吹きとんだ。四十数人の女子供を含む村人、牛や馬の家畜、家、畑、そのすべてが一瞬にして、ひとつの大きなクレーターに変わってしまった。
国王は、かつてヴァリス村と呼ばれた場所に、アカデミーの研究者による調査隊を派遣し、さまざまな検査をした結果、この事件は魔法によるものと断定し、そして、今後、魔法を許可なく扱うことを国家に対する重大な犯罪として取り締まる法律を発布するに至った。
それまで、好事家の密室的遊びであった魔法は、この事件以後、国によって管理され規制されることになった。(それには、増加しつつあった魔法による犯罪を、この事件を口実にして、法的に取り締まろうとする国の思惑もあったのである)
シャンテは、そんな違法に魔法を取り扱う犯罪者を専門に、調査逮捕する魔法捜査官だった。
「ファネール村ですよ」
女性がいった。
馬車の窓から外を見ると、澄んだ水の流れる小川のむこうに森が広がり、その向こうには山がせまっていた。
その森が切れたところから、緑の小麦畑が広がっていき、周りに野菜畑や果樹園を持つ農家が点在する村が目に入ってきた。
青々と茂って風にゆれる畑は、太陽の光を反射して輝くようだった。
「すばらしい村ですね」
シャンテがこういうと、女性は微笑んでいった。
「でしょう。あなたのこの村での滞在が、良いものでありますように!」
シャンテも微笑んでいった。
「本当にそうだといいですね…」
さらに、しばらく行くと、商店の並ぶ通りが見えてきた。馬車は、そこで止まった。
女性はこの先のリスコー村で降りるということで、シャンテは別れを告げてパスチーズと馬車を降りた。
御者が鞭を振り下ろすと、馬車は走りだし、それは次第に見えなくなった。