16
シャンテは、少年を治安官事務所に、連れていった。そこに行くまでに、彼女には多少の心境の変化が訪れていた。
それは、「はやく来なさい!」といいいながら、少年を引きずるようにして歩いている途中の出来事のせいだった。シャンテとすれ違った男2人が、彼女を見てこう言ったのだ。
「あれが、例の魔法捜査官だよ」
「おっかねえな・・・」
ラズロとのやりとりのせいで、かなり気が立っていたとはいえ、シャンテはさすがに自分自身に問いかけてみざるを得なかった。
(今の自分のような人間に、いったい誰が、本当の心を打ち明けてくれるだろうか?)
シャンテは、反省した。
(ラズロが、今の私を信用してくれないのも無理はないのかもしれない。二日酔いのせいもあるけれど、今日の私は、ちょっとヒステリックだったわ)
そう思うと、自分がひどい人間に思えてきた。
(捜査がうまくいってない上、誰も協力してくれないので、不安になって、それをそのまま、彼に八つ当たりしてしまったわ。捜査官として、いや、その前に、人として、恥ずかしいことだわ)
それに、連れていこうとしている『犯人』は、まだ子供ではないか。しかも、行商をしてけなげに働いている真面目な子供だ。シャンテが、この子供の年頃、なにをやっていただろう。
シャンテは、治安官事務所に入ると、少年のために、事務机のイスを引いて、
「座って」
と、やさしくいった。
少年は、イスの横に背中の荷物をおろして座った。
「さっきは、どなって、ごめんなさいね。こわくないのよ」
イスに座った少年は、うつむいて自分の手を触っていた。
「名前はなんていうの?」
「ルフィン」
「そう。小さいのに大変ね」
ルフィンは、シャンテをチラリと見て、
「べつに」
「つらくない?」
「うん」
「そう。行商の許可証は持っている?」
ルフィンは、うなずいた。
懐から紙を取り出して、彼はシャンテに渡した。
「ありがとう」
許可証を見ながら、シャンテは思った。
(やさしくすれば、心を開くのよ。そうよ。私だって、やればできるのよ)
許可証は、本物だった。
「荷物を調べてもいい?」
ルフィンは、うなずいた。
シャンテは、荷物を開いて、一つ一つ魔法検査器にかけていった。反応が出た。
「これは、魔法薬ね」
ルフィンは、うなずく。
「これは、違法なのよ。わかるでしょ」
「うん」
シャンテは、大満足だった。
「他には、ないかしら」
と、残りのものをかけているときだった。
「!」
シャンテの目は、検査器に釘付けになった。
検査器の反応が、チャルレーロの畑と同じ、あのぼんやりとした反応を示したからだ。
それは、少年の荷物を入れる袋だった。
ルフィンに向きなおると、シャンテはどなった。
「これに、なにを入れてたの?!」
「なにも」
「なにもじゃないでしょ!!」
と、そこで、シャンテは気が付いた。
(ダメ、ダメ…)
そして、ルフィンに、もう一度聞いた。
「ねえ、なにを入れてたの? おねえさんに教えてくれる?」
「・・・・・・」
そこで、そばに立っていたラズロを、指で招いて、部屋の隅に連れていった。
「あの子のことは、知っている?」
「いえ」
その答えを聞くと、シャンテはラズロをぎろりと睨みつけた。彼はあわてて付け足した。
「顔ぐらいは、見たことはありますが、それだけです」
「本当ね?」
ラズロは、うなずいた。
ルフィンのところに、戻ってくると、シャンテは誰に言うともなくいった。
「困ったわね。話してくれないと、ここから帰れないかもしれないわよ」
と、ルフィンは、シャンテを睨んでいった。
「冗談だろ! 魔法薬ぐらいで、こんなところに、オレを引きとめておく気かよ!」
「なっ?!」
ルフィンのあまりの態度の変わり様に、シャンテは、驚いた。
「さっきから聞いてりゃ、なめたクチききやがって、オレをバカにしやがると、痛い目にあうぜ!」
(このガキ・・・ぜんぜんカワイくない)
睨みつけるルフィンに、シャンテは、行商の許可証をひらひらと振って見せた。
「こっちの許可証の差し止めだってできるのよ」
「こんな魔法薬でかよ。あほらしい。寝言は寝てからいえよ」
「ちがうわ。こっちの袋に入ってたものの方でよ」
「ならもっと無理だよ」
「なにが入ってたの? いいなさい!」
「・・・・・・」
ルフィンは黙って、シャンテを見つめた。
「なに?」
「好きにしろよ。ただし、恥をかくのは、あんただぜ」
「いいわ。ルフィン、あなたを拘留します」