14
「頭がいたい・・・」
翌朝、シャンテの目覚めは快適とは、いえなかった。ズキズキとなにかが彼女の頭を押し続けているようで、気分が悪く、パスチーズが、持ってきた水を飲んでも、あまりその感じに変わりはなかった。ベッドの上に起き上がりこそしたものの、ぼうっとした表情のうつろな目つきで、しばらく、シャンテは、なにも考えることができなかった。
(きのうはいったい、あのあとどうしたのかしら?)
シャンテが覚えているのは、パスチーズに酒を買いにいかせたところまでで(それも1度目まで)、後の記憶はなかった。どうやってベッドに入ったのかも、覚えていなかった。
二日酔いである以外は、何も変わったことはないので、大したことはなかったのだろう、と彼女は思った。そもそも、そんなことを考える余裕すらなかった。
それでも、彼女は、服を着て、テーブルに座った。しかし、パスチーズが作った朝食は、ほんのすこししか食べられなかった。彼は渋い顔をしたものの、何もいわなかった。
しばらくして、ドアにノックの音がして、ラズロが入ってきた。
シャンテと目が合うと、彼はすこし顔を赤らめたが、彼女はそれには気付かなかった。
「おはよう」
どんよりとした目で、ラズロにいう。
「二日酔いですか?」
と、彼は心配そうに、シャンテの顔を見ていった。
「あなたは平気なの?」
「ええ」
昨日、たしかにシャンテはしこたま飲んだ。が、ラズロも、かなり飲んだはずである。
このときほど、シャンテは、彼を憎いと思ったことはなかった。
「今日の仕事はどうします?」
「いくわ。こんなことで、休んでいられないから」
今日も、とりあえずチャルレーロの畑に行くことにしたが、シャンテは何度か途中で休憩しなければならなかった。そして、畑に着いたものの、頭が働かず、とりあえず、そばの川で顔を洗うことにした。
「いい気持ちだわ!」
冷たい川の水を顔にかけると、ようやく頭の中が冴えてきた。
タオルで、濡れた顔を拭いていると、ラズロが声を掛けた。
「捜査官」
「なに?」
「あの男なんですが」と、彼が指をさしたところに、中年の農民の男が立っていた。「事件のあったときのことで、聞いて欲しいことがあるといっているんですが」
「本当?」
「はい」
「すごいじゃない!」
シャンテは、とてもうれしくなった。この村に来てから、こんなことは初めてだったからだ。
男は、日陰で話がしたいというので、シャンテたちを連れて、林の方に歩いていったが、その後を歩きながら、彼女はようやく事件の手がかりかつかめるかもしれないと、胸の鼓動が早くなるのを感じた。
「わしのことを、誰にもいわないと、誓ってくれるかね」
男は、林の木陰に座ると、シャンテたちを見ながらいった。
「ええ。もちろん誓うわ」彼女は答えて、彼に聞いた。「あの事件を本当に見ていたの?」
「本当ですとも」
「話して」
「あれは、わしが、畑で、草取りをしているときでしたよ。ふと、空から、何かの音がして、頭をあげると、その音がした辺りから、ひとすじの光が、チャルレーロの畑にのびていったと思ったら、そこが、ドカーンと」
シャンテの顔は、みるみる曇っていった。
「わしは、もうびっくりしちまって、命からがら家に逃げ帰ったんです」
「そう」シャンテは、気のない返事をすると、こういった。「それは大変だったわね」
「そりゃ、もう大変でしたとも、わしは、家へ帰っても、震えが止まらんかったですよ」
「そう。いまは大丈夫?」
「いまは、」と言いかけて、なにかに気付くと、シャンテを小突いて「いまは、もちろん大丈夫ですよ。だってもう、いくらも、たってるじゃないですか!」と、笑った。
「そうね」
シャンテは、あいかわらず、気のない返事だった。
「わしにはね、あれが、なんだか、わかりますよ」
「なに?」
「ドラゴンですよ」
「ドラゴン?」
そう聞くと、シャンテは、ラズロをちらりと見た。
それに気付いて、ラズロは、目をそらせた。
シャンテは男に聞いた。
「どうしてわかるの?」
「だって、考えてもみてください。こんなことができるのは、ヤツら以外に誰がいますか?」
「そうね。あなたのいうとおりだわ」
男は、満足そうにうなづいた。
「貴重な情報をありがとう」
といって、シャンテは立ち上がった。
「なんでもないことで」
男も立ち上がった。
シャンテは、男に手を差し出した。
男は彼女と握手すると、畑仕事に戻っていった。
ラズロと2人きりになると、シャンテはいった。
「あなた、いまの話、どうおもう?」
「調べてみる価値は、あるんじゃないかと思います」
「どうやって?」
「それは、わかりませんけど」
「あなたも、ドラゴンの話をしていたわね」
「ええ。この村の伝説ですから。やっぱり、ほんとうにいるんですね」
シャンテは、ついに切れた。
「あなた、いいかげんにしなさい!! これを仕組んだのは、あなたでしょ!!」
「ち、ちがいますよ!」
「わからないと思っているの!?」
「ぼくはなにも知りませんよ。あれは、この村の伝説なんです」
「そう。あなたの考えはわかったわ。勝手にしなさい」
そういうと、シャンテは、そこから立ち去った。