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「おいおい、この方を、どなただと、心得ているんだ?」

(また、はじまった・・・)

「やめなさい、パスチーズ!」

シャンテは、老僕のパスチーズを、この旅に連れてきたことを、後悔していた。

ここは、イスタリア国の街道の町、カルベーレ。

乗合馬車駅の待合室には、大勢の人が、ごったがえしていた。行商人や旅行客、隣村まで行こうとしている農民たちが席に座り、予定通りにはたいてい来ない馬車をじりじりしながら待っていた。

そんな場所で、老僕は大声で怒鳴ったのだった。

シャンテは、真赤になった。

振り向いたパスチーズは、あきれ返った顔で、訴えだした。

「よくありませんぜ、お嬢様。しもじもの奴らに間違われて、ヘイコラしてたんじゃ、フランクリン家の名が泣きますよ」

いいかげんにして欲しかった。

彼は、この手のいざこざを、さっきの町のルスタンでもやらかし、シヤンテの耳のつけねまで真赤にさせたからである。そしてまた、この町カルベーレの乗合馬車の待合室でも、地主の妻らしき中年の女性がていねいに、とても疲れているので席をゆずってもらえないかと、シャンテにいったとたん、彼はこうするのが、自分の勤めであるというある種の誇りすら感じながら、その品のよい真面目そうな女性に向かって噛みついた。

シャンテは、恥ずかしさに真赤になりながら、彼に注意した。

「黙りなさい」

「いや、黙っていられません。お父様が、この姿を見たら、なんとお思いになるか」

周りの人々が、この騒動に注目し出した。

人々の目が、自分たちに集まってくるのを感じて、シャンテは顔から火のでる思いだった。

「席をゆずってくれといわれて、替わるだけでしょ」

「いいえ、あのババアは、あなたを下の者と見て、軽く扱いやがったんです。周りに下等な奴らがいくらもいるのに、よりによってフランクリン家の人間を!!」

シャンテは、消えてしまいたかった。

「よしなさい!」

「いいえ!! よしませんとも!!」

もう限界だった。

シャンテは、パスチーズの後ろにずっと立ったままでいた女性に、

「いいんですよ。お座りになってください」

と、ひきつった笑顔でいうと、その場から立ち去った。

「お嬢様!! お嬢様!!」

情け容赦なく、パスチーズは、シャンテの後をついてきた。

シャンテは、怒りをこらえながら、燃えるような瞳で、パスチーズを睨みつけて、ふるえる声でこう言った。

「パスチーズ。これ以上うるさくするなら、おまえには家へ帰ってもらいますよ」

「えっ!? お嬢様!? 本気でおっしゃてるんですか?」

「もちろん。私は、やるといったら、やります」

パスチーズは、しゅんとして、うなだれたが、不満そうな様子である。

シャンテは、小さな声でつぶやいた。

(だいたい、なんで公務の仕事にまで、家の下僕がついてくるのよ。お父様の親切も困ったものだわ)

「なにか、おっしゃいましたか?」

パスチーズが、何事もなかったような笑顔で、シャンテを見ていた。

「ふうっ」と、ため息をつくと、シャンテは言った。「なんにも!!」

「そうですかい?」

きょろきょろと、周りを見まわしていた彼は、ふいにシャンテに告げた。

「あっ!! あそこの席、空きそうですぜ!!」

「ふうっ」シャンテは、ふたたび、ため息をついた。

しかし、シャンテは、パスチーズが見つけたその席には、座らなかった。

目的地であるファネール村行きの乗合馬車が、到着したからである。

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