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令嬢探偵と元求婚者

 石畳の上で車輪を回す二頭引きの馬車から見える王都の街並みは、整然としている。

 円を描く形で城壁に囲まれている王都は、ちょうど真ん中あたりで山なりにエヌール河が流れこんでいる。それが境目になっており、橋の向こう、三日月のような形になった北半分に貴族や王族といった上流階級の住まいが集中し、扇形になった南半分には銀行や学校といった施設から中流階級や労働階級の住宅が並んでいる。

 そして王城はというと、その中央。エヌール河の上空に浮いているのだ。

 王都には南と北をつなぐ橋が大小いくつもある。そのうち東よりのひとつにさしかかったところで、オクタヴィアは目を細めた。

 今日は雲一つない、さわやかな晴れの日だ。いつもは遠目にぼんやり見えるだけの空飛ぶ王城の姿も、小さくだが目視できる。


 統一帝國が滅びたあと、空という天近くにいることを許されたただひとつの城。


 王族、すなわち天使の末裔――有翼人の居城。


「どういう仕組みで浮いてるんだろうね」


 馬車の向かい合った席で、同じものを見ているレイヴンがそう言った。

 なんとなくあの城についての話題はさけたくて、オクタヴィアは口を動かす。


「すまない、迎えにきてもらって」

「当然だよ。私は君の助手なんだから」

「いや、助手じゃな――」

「そういえば、君を待っている間にポストでこれを見つけたんだけど」

『それは盗んだというのではないか、此奴!』


 オクタヴィアの頭の上で、今日は白い上品な帽子に化けたハットががなる。どんなに怒鳴ってもレイヴンには聞こえないのだが、下手に反応するとぼろを出しそうだ。

 おとなしくレイヴンが差し出してくれた手紙を受け取り、差出人を見て眉をひそめる。


「ご家族から?」

「ああ、従姉妹から。まだ前の手紙の返事を出していないのに……困った」

「以前の手紙ではなんて?」

「ええと……よくわからなかったが、世間話……かな……?」


 レイヴンはぽかんとしたあと、軽く噴き出した。よく笑う男だ。


「そ、そうか。それならいいよ。君の従姉妹と、エドワード王子の婚約がもめていると聞いていたから、何か巻きこまれてないか心配したんだけれど」

「え? 婚約、うまくいっていないのか……?」


 うまくいっています。そう手紙にはあった記憶があるが、どういうことだろう。

 レイブンは軽く肩をすくめた。


「あくまで噂だけどね。女王陛下が反対しているそうだ。エドワード王子は女王に拝謁も許されず、あの空飛ぶ王城ではなく地上の邸宅にとどめ置かれているらしい」


 ぱちぱちとオクタヴィアは目をしばたく。


(エドワード様、私ではなくジェシーとの結婚でも女王陛下は許してくださると、あんなに自信満々だったのに……)


 てっきり結婚まで秒読みだから、爵位だのなんだのという話に飛んだのだとばかり思っていた。


『オクタヴィア、気にしなくても――』

「君が心配することじゃないよ」


 ハットの声にかぶさるようにレイヴンが言った。正面を見ると、レイヴンがにこりと笑う。


「愛し合うふたりなら、きっと助け合っていけるさ。君が出しゃばることじゃない」

「……そうだな。私が出ていくとろくなことにならない自信がある」

「そういうことではないんだけどね。まあ、当たらずとも遠からずかな」


 窓へと視線をそらしたレイヴンにつられて、視線を動かす。

 橋は終わりにさしかかっていた。河に面して設置されたベンチや花壇のある広場が見え、そこを通りすぎてすぐ、馬車が右折する。するとそう時間はかからず、鉄柵に囲まれた屋敷が見えてきた。

 やがて馬車が悠々と通れる門扉が開き、円形の噴水広場が現れる。


「結構、広いんだな」

「美術商としてもやり手だからね、チュリル伯爵は。――さあお手を、レディ」


 屋敷の前で停まった馬車の扉を自ら開き、先におりたレイヴンがおどけて言う。別にひとりでおりられるのだが、ありがたくその手を借りることにして、オクタヴィアはチュリル伯爵邸を見あげた。

 階段の先にある玄関は、白い支柱に支えられて見あげるほど大きい。どこかで見たことがあるような、と考えて思いついた。美術館だ。その既視感を裏付けるように、案内された玄関ホールにはずらりと絵画が並べられていた。階段下に置かれている甲冑も、美術品ではないだろうか。


「オクタヴィア」


 何かしらの気配がないか周囲を観察していたオクタヴィアは、頭上に降ってきた聞き覚えのある声に顔をあげる。

 玄関奥にある階段の上だ。踊り場から左右に分かれる階段の手すりに手をかけて、こちらを見おろしている青年がいる。

 決して物覚えがいいわけではない。ひとの顔を覚えるのも苦手だ。それでも、さすがにその顔を忘れてはいなかった。


『なんで彼奴がここにおるのだ!』


 ハットが怒鳴り声につられて、オクタヴィアも目を細めてしまう。


「知り合い?」


 隣にいたレイヴンが小さく尋ねる。彼は侯爵だが、知らなくても無理はない。

 この国の王族は天使の末裔。滅多に顔を出さない。しかも、長寿で王子と呼べる人間が四十八人もいるとあれば、王子の名前と顔が一致しなくて当然だ。


「エドワード・ジャン・ハルメイア第四十八王子だ」


 小さく答えたオクタヴィアに、レイヴンが綺麗な両目を見開き、それから口端を片方だけあげる。


「……それはそれは、この国の末っ子王子様か」


 そして、本当ならばオクタヴィアの夫になるはずだった人物である。



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