令嬢探偵とお仕事
「仕事はうまくいった?」
ぼんやり考えていたオクタヴィアは、また何か見透かされたのかとびくりとする。
レイヴンは視線でオルゴールを示した。
「少し離れた村で仕事だと言ってたからね。オルゴールはそのお土産かなって」
「あ、ああ……うん、お土産だ。よくわかったな」
「簡単だよ。この間までなかったから」
よく見ている。この青年のこういうところに、オクタヴィアはいつもひやひやさせられるのだ。
「あ、相変わらず、物覚えがいいんだな……」
「そんなことはないよ。よくよく観察すればわかるってだけさ。世の中は大体、種も仕掛けもあるものだからね。鍵の一件だってばらせば簡単だよ。ほら」
懐から青年が出した新品の鍵に、オクタヴィアは目をぱちぱちさせる。そっくりの形をした鍵を、この屋敷の鍵かけで見たような。
「この間、合鍵が壊れたって言っていただろう? 私が預かって、修理に出したじゃないか」
「あ……ああ! それか、思い出した。直ったんだな」
「少し落ち着いて考えれば、これしかないだろうに」
くすくす笑いながら青年がオクタヴィアの手に新しい屋敷の合鍵をわたす。ほっとしたオクタヴィアも、緊張していた自分がおかしくなって笑い返した。
「だってお前はたまに足音を立てずに歩いてるし、今日だって玄関を開く音も扉をあける気配すら感じさせなかった。なら、鍵くらいあけられて当然だとばかり」
『オクタヴィアそれは墓穴というやつだ!』
ハットの叫びに驚いて口を閉ざす。おそるおそる見あげた青年は、不意をつかれたような顔でまじまじとオクタヴィアを見おろしていた。
(い、今の、まずかった……のか!? どのへんが!? あ)
はっと気づいたオクタヴィアは、両手を握ってつけたす。
「だ、大丈夫だ! お前が怪盗クロウだと疑ってるわけじゃないぞ!」
『墓をさらに深く掘るなオクタヴィアァー!』
「えっ!? い、いやそのなんだ! お前が泥棒だと言いたいわけではなくてだな……!」
なんだったか。よくわからなくなってきた。
ぐるぐる混乱し始めたオクタヴィアの耳に、青年が小さく噴き出す音が届く。ぽかんとしている間に、瞬く前にそれは快活な青年の笑い声に変わった。
ぽかんとしたあとで、オクタヴィアは呆然とつぶやく。
「なんで笑うんだ……」
「い、いや。君は本当に、見ているところが違うなと思って」
「……。どうせ私は変わり者だ」
肩から息を吐き出すと、笑いをどうにかおさめたらしいレイヴンが胸に手を当てて、上品に微笑んだ。
「名探偵オクタヴィア嬢の慧眼には敬服するな。助手としても誇らしいよ」
「だからお前は助手では……」
ふと思い出した事柄に、オクタヴィアは言葉を変える。
「そういえば、従姉妹から手紙がきていて、いつの間にか私に助手がいることになっていたんだが、どういうことだと思う?」
「勝手に助手を名乗るような輩が出てきたのか。それは困ったものだね」
「……。いや、お前の話なのでは……?」
「そんな不埒な輩と私を一緒にしてほしくないな。私は君にちゃんと助手だと名乗っているじゃないか。勝手に名乗って君に迷惑をかけたりしないよ」
「な、なるほど」
『ふわっと納得させられてどうするのだオクタヴィアアァァ』
「私は君の正式な、ただひとりの助手だからね。ほら、その証拠に新しい仕事の依頼だってとってきたよ」
ぱちりとまばたいたオクタヴィアの鼻先に、レイヴンが封筒を突きつけた。オクタヴィアの背後でハットが叫ぶ。
『何を勝手に依頼を取ってきとるんだこの若造、やはり勝手に助手面しとるのはお前ではないか! 引き受けるなよオクタヴィア! こんな男の持ってくる依頼なんぞ絶対に役に立たん! ろくなものではない!』
「チュリル伯爵家からの依頼だ。君が気にしてた例の絵を持っている」
騒いでいたハットが静まる。オクタヴィアは慌てて封筒を受け取ろうとしたが、その手は空を切った。さっとレイヴンが手紙を持った手を上に持ちあげたのだ。
「な、なんだ」
「私も今回は助手として一緒に行きたいなぁと思って」
「そんなことできるわけないだろう、危険だ!」
「危険? どうして?」
オクタヴィアは帝國の遺産を回収する目的で依頼を受ける。すなわち、依頼を受けるときは悪魔の遺産が関わっている可能性が高いからだ――などと言えるわけがない。口走ってから気づく自分の不出来さに、頭を抱えたくなる。だが出した言葉は戻らない。開き直って、レイヴンの顔を見あげる。
「そ、そもそもだな。お前は私の助手じゃな――」
「そうだシュークリームを買ってきたんだよ」
手品のようにレイヴンが白い箱を取り出す。茶色のリボンをとめたシールのロゴは、毎日長蛇の列を作っているという有名な菓子店のものだ。
「新作だそうだ」
「新作」
ごくりとつばを呑んだオクタヴィアに、レイヴンが薄く笑う。
「お茶を淹れて私と打ち合わせするのはどう?」
「わかった」
『オクタヴィアアァァァァ』
ハットの嘆きが耳に届いたが、甘党のオクタヴィアの視線はシュークリームの入った白い箱に釘付けだった。