画家の真相
習作だった。
偉大な画家の技法を学ぶために筆致も塗りも、細部まで再現し真似て描いた、何枚かの習作。思ったよりよくできたそれを仲間に見せたら、チュリル伯爵の耳に入った。たったそれだけで歯車が回り出した。
君には才能がある。どうだ、私が支援するから描いてみないか。あの絵が見たいならうちにもあるぞ。そうだ、これも練習にどうだろう――そうして見せてもらった絵は自分では手が届かないほど素晴らしいもので、夢中で描いた。その間に習作として描いたはずのそれが、何枚かなくなっていることにも気づかずに。
だが気づいたところでもう手遅れだっただろう。
習作がいつの間にか真作として売り払われていた。愕然とした。
違う、それは贋作だ。そんなつもりじゃなかった。そう言えば世間が許してくれると安易に信じられるほど、子どもではなかった。チュリル伯爵は贋作を売っているらしいと噂を耳にしたとき、ぞっとした。
何よりも、まさにあの天才画家の絵だ素晴らしい――そう習作が讃えられる一方で、自分の絵は価値がないと捨てられていく。わけがわからなくなっていた。
自分はもう、画家として生きていくことはできない。
その絵の具の話をしたのは、画家仲間だったか、誰だったのかは覚えていない。どうやって手に入れたのかもおぼろげだ。わかっていたのは、その絵の具を使って描いた絵は、願いを叶えるということだけ。描いた者の命と引き換えに。
自分が最後に描く、ふさわしい絵になる。そう確信して筆を走らせた。
そして願った。
どうかどうかどうか、画家の自分を殺したあの伯爵から、すべてを奪ってくれ――。
「おい起きろ」
軽く頬を叩かれた。いつものアトリエのにおいがする。
生きているのか。夢でも殺せないなんて――自分を起こしたのが誰か、現実より先にそんな苦い思いがこみ上げる。
「生きてるな、よし」
夢と現の境が曖昧な頭に、はきはきした女の声だけが届く。
「運がいいな、お前は。異端審問官も気づいてないし、やり直せる」
やり直す。
どういう意味だろうか。自分は――。
「絵の具はお前の絵を気に入っていたようだ。だから見逃してやる。それを忘れるなよ。――ハット」
知らない言葉が響く。ぼんやりと開いていた目に、光が差した。床から浮かび上がる、優しい光。
「安心すればいい。お前の願いはちゃんと叶う。お前の絵は残るよ」
そうか、それならいい。涙も光の粒子に変わって浮き上がる。何かを浄化するように。
それでも自分の絵が残ったのなら、自分は画家だったのだ。
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