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探偵令嬢と怪盗の会敵②

 あらかじめそう決められていたのだろう、使用人が紐をひっぱり、ばさりと幕開けのように、緞帳めいた布地が落ち、鐘の余韻が残る会場に絵があらわに――ならなかった。

 真っ白なキャンパスに描かれていたのは、豚の顔だ。

 でかでかとど真ん中に黒のインクで殴り書きされており、ちゃんと矢印つきで『チュリル伯爵自画像』と注釈がついている。

 何かのマークのようで、妙に可愛らしい。


「……」


 会場が静まり返っていた。ついあっけにとられてしまったオクタヴィアも、我に返ってもう一度絵を見て、端っこにある文字に気づく。


『天使の晩餐、確かにいただきました。怪盗クロウ』


 得意満面だったチュリル伯爵が蒼白になって叫ぶ。


「ど、どういうことだ!? 絵は!? 天使の晩餐は……っ」

「上だ!」


 アシュトンの叫びと一緒に、硝子で作られていた天井の一部が割れ落ちた。警官が灯りを向けたのだろう、くっきりと陰影が浮かび上がる。

 ひるがえるマント。大きな羽とつばがついた帽子。すらりとした長身の、男の影が夜空の下にはっきりと見えた。

 すっとその右腕がまっすぐ伸びる。


『ワン』


 天井からくぐもった声がやけに大きく会場に響く。クロウの声だろうか。


『ツー』


 何かが起こると思っているのに誰も身動きできない。


『スリー!』


 ぱちん、と長い指が鳴る。

 どぉん、と花火が打ち上がるような爆発音が聞こえた。煙がもくもくとあがり、誰かが叫ぶ。


「爆弾か!?」

「火事だ、逃げろ!」


 悲鳴と動揺を嘲笑うように音を立ててマントをひるがえしたクロウが、天井から姿を消す。屋根の上を伝って駆け出したのかもしれない。アシュトンが叫んだ。


「――くそっ怪盗クロウ! 屋根だ、追うぞ!」


 警官たちが我を取り戻したように動き出したが、会場から逃げ出そうとする客人も一斉に出入り口に向かって駆け出し始めていた。煙が入りこんできて、ますます混乱が増すばかりだ。


「テラスだ! テラスから追え!」


 アシュトンの指示に従って、テラスが開かれる。それに続くために駆け出したオクタヴィアはレイヴンに振り返る。


「お前は」

「伯爵を連れて避難するよ」


 レイヴンが向けた視線の先には、台座にすがりついている伯爵がいた。使用人が引きはがそうとしているが、「馬鹿な」「嘘だ」とつぶやくばかりで動こうとしない。


「頼む。だが危険だと思ったら、自分優先で屋敷の外に避難してくれ」

「わかったよ。君も気をつけて。いってらっしゃい」


 送り出す言葉に少し戸惑いつつ、頷き返した。

 テラスから薔薇園ヘ出て、空を見あげる。警官の声と一緒に、ちょうど屋敷の中心部にある尖塔に人影が入りこんだ。正面玄関から堂々と逃げる気だろうか。

 走りながら、オクタヴィアは叫ぶ。


「ハット、やれ!」

『まかせろ、ワイヤー! 空飛ぶ阿呆をとらえろ!』


 きらりと光ったそれを、皆は星だと錯覚しただろう。だがふわりと尖塔から浮こうとした影が、何かに捕まったように突然棒立ちになって、そのまま空に引っ張られるように落下する。

 地面を蹴ったオクタヴィアは屋敷の棟を跳び越え、捕まえたものの首根っこを片手でつかんで地面に着地し直す。


「おいお前――いや今はいい、そいつがクロウか!?」


 屋敷の角を曲がったアシュトンがすぐさまやってきた。だが無言でオクタヴィアは自分がつかんだものを見る。

 軽い。人間じゃない。

 大袈裟なまでのマントと、帽子――その中身は、風船だ。


「……」

「……」


 無言でそれを眺めた次の瞬間に、風船がぱぱぱぱぱんと派手な音を立て、連続してわれた。中に入っていた小さな紙吹雪がひらひら周囲に舞い、大きなカードがひとつ、オクタヴィアの手に落ちる。

 とても綺麗な筆跡で『お疲れ様』と書かれている。

 オクタヴィアの手元を覗きこんだアシュトンが叫ぶ。


「くそッ馬鹿にしやがって! どこで入れ替わった、最初からか!?」


 だとしたらまだ会場だった画廊にいる可能性が高い。それどころか、もしクロウの狙いが最初から画廊をからにすることだったら?


(レイヴン!)


 思い至ったオクタヴィアは、屋敷から逃げ出そうとする人々の波を逆にかきわけ、屋敷に入り直す。何やら警官に指示を飛ばしながら、アシュトンもそれについてきた。


「何でついてくるんだ」

「あァ!? お前が俺についてきてるんだよ! あやしいのは会場だろうが! お前の助手とかいうのはどうした、会場か」

「レイヴンなら逃げるように言った。伯爵と一緒に避難していると思うが……!」

「逃げたらダメだろ、探偵の助手が! っつうことは会場はろくに人が――」


 甲高い悲鳴が響いた。会場――画廊のほうからだ。

 廊下に転び出てきた使用人に、アシュトンが駆けよる。


「おいどうした! 今度はなんだ、怪盗クロウか!?」

「だ、だん、旦那、様が、絵に、呑みこまれ――!」


 震えて要領を得ない使用人の首を、画廊の扉から這い出た何かがつかんだ。

 土気色をした使用人が画廊の中へと引きずり戻されていく。それだけではない。画廊から次々、触手めいた何かが伸びてきた。


「なんっ……!?」

「あぶない!」


 腕をつかまれかけたアシュトンを突き飛ばす。代わりにオクタヴィアの胴がつかまれた。真っ青になったアシュトンが振り向く。


「おまっ……」

「今からこの画廊に誰も近づけるな! 悪魔の遺産だ、呑みこまれるぞ!」


 そう警告するのが精一杯だった。

 アシュトンの返事は聞こえないまま、オクタヴィアの目の前で画廊の扉が閉ざされた。


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