令嬢探偵の罠
常識に欠けた言をしてしまう癖は、なかなか直らないものだ。
なぜかアシュトンに「お前クスリか何かやってんのか」と疑われてしまい、レイヴンに「冗談だよね、そろそろ夕食の時間だよ部屋に戻ろう支度もあるし」と画廊から引きずり出されてしまった。
支度の予定などないが、不信の目で見るアシュトンからレイヴンがうまくかばってくれたのだろう。
(なんだかずっと助けられてしまっているな……)
レイヴンはさりげなくオクタヴィアを助けるのがうまい。初めて会ったときからそうだった。
「他に調べたいことは?」
今もオクタヴィアが寝泊まりする客間に戻るのかと思ったら、さりげなく確認してくれる。オクタヴィアは首を横に振った。
「大丈夫だ。もうあそこで調べることもないし、やるべきことはわかった」
「どうするのか聞いてもいいかい?」
帝國の遺産を使って怪盗クロウに罠をしかけます――などと教えるわけにはいかない。
(だが、仕事の紹介をしてくれている相手に何も言わないのも失礼か)
顔をしかめたオクタヴィアの口下手を、上手に補ってくれたのはやはりレイヴンのほうだった。
「何か考えがあるんだね。わかったよ。私が手伝えることは?」
「ないな」
言ってから、少し落ち込みそうになった。本当のことでも、もう少しかわいげのある言い方ができないのかと。だがレイヴンはやはり気を悪くした様子はない。
「なら、何かあったときは遠慮なく言ってくれ。私は君の部屋とは反対の、一番奥の部屋に泊まってるから」
「お前も泊まるのか」
「伯爵から世紀の対決をぜひ見てほしいと言われてね。まぁ、私のことも体のいい宣伝材料にするつもりなんだろう」
レイヴンの口調には滅多にない冷ややかさがまじっている。伯爵を快くは思っていないようだということだけは、鈍感なオクタヴィアにも伝わった。
「でも、何より私は君の助手だし――」
その言葉には頷けない。できないことばかりだなと気づいたから、できることを考えてみて、大きく息を吐き出す。
「……せめて、私が守ってやる」
「え?」
「怪盗クロウがくるんだ。警察もいるが、絶対安全だとは言い切れないだろう。伯爵はそういうことはまったく考えていないようだし」
それに、もしあの絵が悪魔の遺産だった場合を考えると、意外と危険な場所にいることになる。よし、とオクタヴィアは顔をあげた。
「お前には傷ひとつ負わせないよ。約束だ」
それが精一杯、オクタヴィアが返すことができる恩だ。
レイヴンから返事がない。また奇妙なことを言ったのかもしれない。だが言いたいことを言えてすっきりしてオクタヴィアは、じゃあと片手をあげた。
「また夕食のときに」
「あ、ああ……」
ぎこちない返事に苦笑いを返して、部屋に入る。
『……オクタヴィアよ』
帽子を頭の上から取ると、ハットが何やら神妙に話しかけてきた。オクタヴィアはまばたく。
「なんだ?」
『お前、罪な女だな』
「そうか?」
『ああ。俺様はちょっとあの男に同情しそうになったぞ……お前にちっっっともその気がないとわかっているからな……いやしかしあれはあれで男の矜持を傷つけるか? ふーむどうなのだろうな……次会ったとき挙動不審になっていたらそうだな……』
なんの話だろう。首をかしげつつ、オクタヴィアは胸元から屋敷の見取図を取り出した。
(そういえば、警部に渡しそびれてしまった)
もう頭に入っているし、今度顔を合わせたときに、ちゃんと渡しておこう。
「それより罠をしかけるぞ、ハット」
『おう、まずは怪盗捕獲だな! よいぞよいぞ。何を使うか。そうだワイヤーはどうだ、その気になれば引っかかった人間などあっという間に細切れにできるぞ!』
「それ普通にしかけたらみんな死ぬんじゃないか?」
『そうだな』
正統な遺産の継承者として、道具たちの使い方はよく考えねばならない。
肩から息を吐き出したオクタヴィアは時計を見る。どうやら夕食までの短い休憩時間は、罠の検討で終わってしまいそうだった。