令嬢探偵の調査②
「お、お前……笑いはおさまったのか?」
オクタヴィアが動揺しつつ尋ねると、レイヴンは口を片手でおさえて何やら少しだけこらえる仕草をした。だがすぐにまたいつもの綺麗な顔に戻る。
「ああ、すっかりよくなったよ。ごめんね、遅れて。私は君の助手なのに」
「大丈夫だ、お前がいなくても特に支障はない」
「それ、屋敷の見取図? よく調べたね」
ひょいと手に持っていた見取図を取られて、慌てて取り返す。
「こ、これは……そ、そうだな、た、探偵だからな! 聞き込みとか、捜査したんだ!」
「そうなんだ。よかった。君がやる気をなくしてなくて」
「……やる気?」
首をかしげると、レイヴンは苦笑いを浮かべた。
「チュリル伯爵に依頼の概要を聞いたよ。まずは謝らせてほしい。ごめん。まさか依頼の目的が話題作りだったなんて……失礼な依頼を君に持ちこんでしまった」
びっくりしてオクタヴィアは首を横に振った。
「私は気にしてないし、お前が気にすることじゃない」
「そうはいかないよ。まぁ、元からいい噂は聞かない人物だったけどね。まさかオズヴァード侯爵の紹介できた君に失礼なことはしないだろうと思ってたんだが……あの絵のおかげで名声が高まったせいだろうな。謙虚さを売り飛ばしてしまったようだ」
おどけて肩をすくめたレイヴンだが、目が笑ってない気がする。肌にちくちくした何かを感じつつ、オクタヴィアはもう一度言った。
「気にしてない。ああいう手合いは慣れてるし、怪盗クロウに興味もあったし」
「……へえ?」
レイヴンの目が細められた。なんだかそわそわするのを誤魔化すため、再び画廊に向かって歩き出す。レイヴンは半歩うしろからついてきた。
「怪盗クロウか。狙った獲物は逃がさない世紀の大怪盗。大層な美形で女性に大変な人気だとは聞いていたけど、意外だな。君はそういうのに興味がないと思ってた」
「いや、それなりに興味はあるぞ? 警察につかまる前につかまえたいと思っていたし」
「つかまえるつもりなのかい? 君が?」
何やら含みのあったレイヴンの声色に、戸惑いがまざる。頷いたオクタヴィアは、階段をおりながら続けた。
「そうだ。だがとにかく今は、絵を確認しないと……」
「晩餐会か何かでまとめてお披露目するって話だったけど、今?」
「怪盗クロウをどの程度本気でつかまえるかもかねて、確認したい」
「どういう意味――」
「だからぁ、ちょっと見せてくれって言ってるだけだろうが!」
玄関ホールにおりたところで、騒々しい声が会話を遮った。
警察――さっきの若い警部と、画廊の出入りを見張っている使用人がもめている。
「伯爵より、決められた時間まで一切ひとを入れるなといわれております」
「あーはいはいそう聞いてますよ、でもこっちは警察だぞけ・い・さ・つ! 入るなって命令自体そもそもおかしいだろ。お前はそう思わねぇの?」
「命令ですので」
「あーなら何か、お前が実は怪盗クロウだったりする? 忠実な使用人のふりして侵入してるっていかにもだよなあ」
「何!?」
びっくりしたオクタヴィアは急いで駆けよる。そうするとアシュトンがまばたいた。
「おっ探偵レディちゃん、さっきぶり……と……?」
オクタヴィアのうしろに目をむけたアシュトンが切れ長の目を鋭くした。うしろについてきているレイヴンを見ているのだろう。
だがオクタヴィアは、画廊へ続く扉の前に立っている燕尾服姿の使用人に尋ねる。
「お前が怪盗クロウなのか? 使用人に変装してるのか?」
「は?」
「……あーそうそう、きっとそうに違いないぜー探偵さん。警察にも探偵にも犯行予告現場に入れてくれないなんて、あやしいよなァ」
確かにそうだ。オクタヴィアが力強く頷くと、使用人は表情を険しくした。
「言いがかりをつけられてもお通しできません」
「ますますあやしいよなー、探偵さん」
「ああ。捕まえたほうがいいのでは? お前、警察だろう」
「じゃあ、探偵さんがそう言ったってことで――」
「通してくれれば君の犯罪を見て見ぬふりをするのはどう?」
レイヴンのひとことに、その場が静まり返った。わかりやすく反応したのは、使用人だ。
「な、なんのことですか。また言いがかり――」
「君が持っている懐中時計、ずいぶん上等そうじゃないか。しかも、止まっている」
使用人が手を伸ばす前に、アシュトンが取りあげた。じゃらりと鎖がついたままの懐中時計の盤面を見て、顔をしかめる。
「確かに止まってるな。なんでだ」
「こ、これは……たまたま、巻き忘れていただけです」
「決められた時間までひとを入れるな、という仕事をしているのにかい?」
レイヴンの含みのある笑いとは対称的に、アシュトンの顔が険しくなる。
「おい、どういうことだ」
「少し考えれば簡単だよ。今、この家にある絵は、盗みを働く絵だ。しかも今夜は怪盗クロウがやってくる。何がなくなってもクロウの仕業か、絵の仕業」
それは極論ではないか、と思ったが、レイヴンは冷ややかに使用人を見ている。
「つまり――絶好の盗難日和ってわけさ」
「だ、旦那様から預かっていたんです! 普段使わない時計だから、定期的に点検を言いつけられていて」
「魔が差した、と」
オクタヴィアのひとことに使用人は首を振る。
「ち、ちがいます! 断じて、そのような」
「別に言い訳なんざしなくていい。伯爵に聞けば一発だろ」
「そ、それは……」
「だが私たちは画廊で調べたいことがあって忙しいからね。さてどうしようか。伯爵に今すぐ報告に行くか、画廊に入るか……でも君から目を離している隙に時計を戻されてしまうと、盗難の証拠はなくなってしまうし」
片肘を持ち、顎に折り曲げた人差し指を当てたレイヴンが、使用人に向かって首をかしげる。
目線を泳がせた使用人は、扉の前から離れ、背を向けた。アシュトンが鼻を鳴らし、レイヴンがオクタヴィアに振り返る。
「さあ、行こうか」
「うっわ性格悪ィ……探偵さんよ、つきあう男は選べよ」
「いや別につきあいたくてつきあっているわけではないんだが」
「私は探偵の助手だからね。オクタヴィアの手伝いをしたまでだよ」
そう言われると口をつぐむしかない。アシュトンも特に興味はないのか「助手ねえ」とだけつぶやいてそれ以上追及せず、先に足を踏み入れたレイヴンに続いた。