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令嬢探偵は推理をしない、本当に  作者: 永瀬さらさ
第一話

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10/19

令嬢探偵の調査①

『絵を盗まれてしまえばいい。それかあちら側に取りこまれたらいい、あんな小太り伯爵なんぞ』


 案内された宿泊用の客間のテーブルに置くなり、ハットが呪詛を吐き出した。

 テーブルの下、ソファ、ベッド、クローゼットと、盗聴器や罠がないか確認したオクタヴィアは、もう一度部屋を見回す。

 窓から日が差し込む、いい部屋だ。壁紙やカーテンは柔らかいクリーム色で統一されており、花瓶には小ぶりだが可愛らしい花が活けてある。クローゼットの中をあけると部屋着まで用意されていた。丸いテーブルには水差しと軽食代わりなのかフルーツ皿が用意されている。さらに硝子の入った戸棚にはワインも用意されており、至れり尽くせりだ。


「盗まれないようにふせぐのが私の仕事だし、あちら側に取りこまれたら助けるのが私とお前の使命じゃないか」

『そーれーでーもーだー! 気に入らん、まったくもって気に入らん!』

「まあ、いいじゃないか。画廊にあるということだし、とりあえず先に見られないかためしてみよう。屋敷の中をさがす許可はもらった」


 フルーツ皿から林檎をひとつ取り、服の袖でふいてからかぶりつく。しゃり、といい音を立てたあとで、口の中に瑞々しい林檎の甘さが広がった。おいしい。

 そのまま黙々と林檎を食べ始めたオクタヴィアに、ハットがたたみかける。


『お前は呑気すぎるぞオクタヴィア! 世間というのは怖いのだ! 恐ろしいのだ! あの子豚伯爵、宣伝材料に使う気でお前を仕事だと呼びつけるなど……! なぁにが怪盗VS探偵だ、娯楽小説の読み過ぎだ!』

「それはそれでいいのでは? 無名の探偵である私に依頼をくれたんだから」


 もし他に探偵がわんさか名乗りをあげていたなら、オクタヴィアに依頼はこなかったかもしれない。警察はともかく、他の人手がないのも、いざというときに巻きこまれることを考えたら有り難い話なのだ。

 だがハットは納得できないようだった。


『その依頼がろくでもないだろうが! しかも邪魔者ばかりだ! あのクソうざい異端審問落ち王子もいるんだぞ、目障り極まりない! しかも粗忽な警察もいるわ、とどめにつれてくるだけつれてきて行方不明なあの詐欺師男! 全知全能の俺様が予告する、ぜーったいに面倒しか起こらない!』

「まずは屋敷の見取図がほしいな。絵が画廊にあるなら、侵入経路も逃走経路も予想は立てやすいが、隠し通路があるかもしれないし」

『絵が遺産でもなんでもなくてまんまと盗まれ、あの子豚伯爵が歯噛みする展開を俺様は希望している!』

「わかったわかった。でも、怪盗クロウをつかまえるいい機会じゃないか」


 怪盗クロウは、悪魔の遺産を集めている――噂が本当か嘘か確かめるいい機会だ。

 オクタヴィアの考えに、ハットが少し口調をゆるめた。


『ふむ。絵の確認だけでなく、怪盗クロウの捕獲も視野に入れるのか。それは悪くない』

「だろう? 罠をしかけるにせよなんにせよ、屋敷の構造は把握したい」


 芯を残して林檎を食べ終え、手をボウルで洗ったオクタヴィアは、備え付けのメモ帳を何枚か破り取り、そばにあった万年筆も一緒にハットの前に置いた。


「平行定規に頼んでくれ」

『これで絵も怪盗もまったく遺産と関係なかった場合、骨折り損のくたびれもうけというやつだがな! ――Yes, Your Majesty!』


 文句を言いつつも、ハットが起動した。白くて広いつばがふわっと持ち上がり、その前に円形の幾何学模様がいくつも現れる。今で言うところの魔方陣なのだろうが、相変わらず内容はさっぱり読み取れない。

 統一帝國レガリアの遺産管理者であるハットは、目録に登録し直したものを自由自在に取り出すことができる。悪魔の遺産などと呼ばれる暴走状態ではなく、本来の正常な状態で現れた平行定規は、くるんと一回転して、使用者であるオクタヴィアに仕事を確認するようにかくかくとかたむいた。


「この屋敷の各階の見取図がほしいんだ。このメモに書いてくれ。できるか?」


 かしゃん、と平行の定規を左右に動かしたと思ったら、また円形の幾何学模様が浮き上がる。それはどんどん広がって上空に昇っていき、天井をすり抜けてしまった。おそらく屋敷全体に広がったのだろう。

 同時に、万年筆が勝手に動き出し、テーブルの上にあるメモに直線を引き出す。

 屋敷は三階建てだったが、地下もあるようだ。しかも二階分。五枚のメモを手に取り、仕事を終えた平行定規に話しかける。


「ありがとう、助かる」


 平行定規が粒子になって消えた。ハットがオクタヴィアの持っているメモをのぞこうと、びよーんと縦に伸びる。


「形がくずれるぞ」

『なら、違う帽子の形になってやろうか。俺様は変幻自在だぞ』

「かぶっている帽子が時間単位で変わったらおかしいだろう。ここは家じゃないんだ」

『つまらん。で、どうなんだ』


 外目から見た三階建ての邸宅は、凸の形をしていて、ちょうど突起部分にあたる部分をすべて画廊にしているようだ。


「隠し通路はなさそうだ……が、画廊は裏の薔薇園に面していて、テラスにつながってないる」

『クロウでなくとも侵入し放題ではないか』

「……どうして伯爵は、絵を盗まれない自信があんなにあるんだろうな?」


 口元に折り曲げた指をあてて考えるが、思いつかない。


『盗もうとするとあちら側に連れて行かれるとなれば、盗めないだろうなとは思うが。確か噂では行方不明になった人間もいるのだろう?』

「……やっぱり現物を見るしかないか。行こう」

『今からか? 画廊は出入り禁止なのだろう』

「でも、早いほうがいい」


 オクタヴィアはメモを片手に立ちあがる。


『それはそうだが、見張りか何かいるのでは? どうするのだ』

「うーん。記憶をいじるか。お前たちがいればなんとかなるよ」

『楽観がすぎるぞ。人目もあるし、あの異端審問落ち王子もいる。あまり我らを派手に使わぬほうがよかろう』


 それもそうだ。オクタヴィアはハットをかぶり、扉を開く。

 そして気合いを入れ直すため拳を鳴らしながら、廊下を進んだ。


「なら一撃で気絶させるぞ! 得意だ」

『うむ、それがよかろう』

「どうしてそうなるのかわからないけど、やめたほうがいいんじゃないかな」


 背後からの声に、ひっと背筋が伸びる。

 慌てて振り向くと、やはりというかなんというか、レイヴンがいた。ハットが叫ぶ。


『こいつほんとに神出鬼没だな!』


 もちろん聞こえないはずなのだが、レイヴンはにっこりと笑い返した。

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