デモンズハートとゲートキーパー
本日2話目です。読んで頂きありがとうございます。
1.
「―キーパー、今日はやけにインプどもが騒がしいな」
「俺も良く知らないが、誕生日の奴がいるらしい」
2.
「貴様はその生命の最後の一欠片まで」
「魔に捧げる事を誓うか」
「貴様はその精神の最後の一欠片まで」
「魔に堕ちる事を誓うか」
「貴様はその肉体の最後の一欠片まで」
「魔に染まる事を誓うか」
「誓います」
今、俺の目の前には禍々しく紫色に脈打つ巨大な心臓のようなものがある。不規則に震えるそれは見ようによっては巨大な胎児にも見えるような生理的、根源的嫌悪感を催すシロモノであった。
何やら見ているだけで気分が悪くなり、心の中が真っ暗に塗りつぶされていくような奇妙な感情に襲われる。この感情を一言で言い表せば、「取り返しがつかない」だろうか。
ふと、当たり前の様に死にたい気持ちと意味不明なほど生きたい気持ちが同時に沸き起こった。
何もかもを投げ捨ててしまいたい気持ちと何もかもを奪い去りたい気持ちが同居している。底の見えない穴を何処までも落ちていく不安感と、母の胎内に居るかのごとき絶大な安心感が、目まぐるしく入れ替わる。
矛盾を矛盾と感じさせるだけの理性が失われていく音が聞こえる。
あまりに異質なそれは地獄の入口のようでもあり、天国への階段のようでもあった。
俺は細部まで目を凝らそうとしたがあまりの吐き気に直視できず、視線を横に逸らした。
その横には床まで届く様な白い髭を蓄えた老人達が三人並んでいた。
彼等は皆一様に深くフードを被り、その手には各々の冒涜的な意匠を凝らした、魔杖と呼ばれる儀礼用の杖を持っていた。
老人達はそれぞれコボルトほどの体躯しかなく、意外にも貧相な様に思えたが、纏う気配は「邪悪」という言葉を具現化したかの様な異質なものであり、フードの奥から、底知れない闇がこちらを覗き込んでいた。
俺はそれぞれの老人達がしわがれているがやけに明瞭な声で誓いの言葉を呟くのを、少し離れたところから見下ろすかの様なフワフワした気持ちで聞いていた。
この老人達は、ゲートキーパーと呼ばれる者たちである。
本来キーパーとはダンジョンを運営し、人類を滅ぼす者たちの事だが、この老人達は少し違う。
一説によると彼等は、魔界の成立する遥か前より存在しているとも言われておりその存在には謎な点が多い。
古い文献には邪神の眷属と書かれている事もあるが、本人たちは決して自分の事を語らないので真相は文字通り闇の中である。
彼等の役目は大きく二つ。
一つは「ゲート」と呼ばれる魔界の遺物を管理、起動すること。
そしてもう一つの役目こそが、今目の前で行われている「デモンズハート」を用いたこの降魔の儀式である。
ダンジョンキーパーになる為には必ずこの儀式を行わなくてはならず、己の存在を全て魔に差し出す事により、キーパーの体はダンジョンに最適化する様に作り替えられる。
キーパーの心臓はデモンズハートの中に吸収され、代わりに「キーパーハート」と呼ばれる核の様な物を授かるのだ。
キーパーは己の支配するダンジョンの内部に居る限りにおいておよそ万能の存在であり、完全に不死身である。
ただし、あくまでも後方支援こそがキーパーの本質であり、いくつかの限られた手段を用いてしか他者に物理的な影響を与える事はできない。
キーパーとは、ドラゴンにも殺されないが、インプ一匹すら殺せない存在、と言えよう。
そんなキーパーの唯一の弱点こそが、このキーパーハートである。これを破壊されたキーパーは完全にこの世から消滅する。
噂によると未来永劫その魂すらも輪廻を外れてデモンズハートの中に閉じ込められてしまうらしい。
養成学校時代の俺はそんな噂など鼻で笑っていた物だがあのおぞましくも神々しい存在に触れた今ではとても笑う気になれなかった。
儀式は稀に失敗してしまうそうだが、失敗した者の末路など誰も語らないし、また、俺も知ろうとは思わなかった。
さて、俺の儀式はどうやら佳境に差し掛かっている様で老人達が先程より続いていた古い祈りの言葉を呟くのを止めて、こちらを向いた気配がした。
「我らは祝福を授かる」
「我らは栄誉を浴びる」
「我らは寵愛を受ける」
「「「我らは白痴のままに深淵を歩く者である」」」
「「「我らは殉教者であり愚かな破戒者である」」」
……頭が割れそうに痛む。気のせいだろうか、老人達の声が段々と大きくなってきている。
「「「我らは微―睡みの中で―獣を喰らい」」」
「「「我らは―祈りの―果てに人を超―える」」」
老人達の言葉の間にノイズが走る。なにかヒソヒソと話し声がする……子供の笑い声の様にも男の怒鳴り声の様にも聞こえるその声は意識を向けるとすぐに消えてしまい掴みどころが無い……
「「「あ§ラたな闇の∋御子よ‰〻」」」
……もうやめてくれ……吐きそうだ……
「「「si⊆∟ナる王⁂≦の卵‡よ」」」
左胸に
ゾクっと
悪寒が走った
「「「「心臓を捧げ、理を絶て」」」」
……一人分、声が…
俺は朦朧とした意識の中、母親に甘える子供の様に紫色に脈打つ心臓へと近付いていくのだった……
3.
「―おはよう、キーパー」
「―さあ、一生懸命に地獄を産み出そうじゃないか。」
「―もうインプどもは待ちきれないようだぞ?」
tips
デモンズハート…邪神の死体とも噂されるそれは魔界の最深部にて悠久の時を刻むはじまりの遺物であり、世界最古の呪いである。
お察しの通り作者はフロム脳に汚染されております。。
面白い、続きが気になると思っていただけた方は是非、ブクマ、評価をお願い致します!