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世界が滅ぶまであと100日  作者: ふきのとう
龍と宝石編
9/23

第8話 『終わりの始まりの終わり』

 意識が覚醒し、水面に漂う肉体を引っ張り出し、やっとのことで視界が開ける。

 ――赤。


 それは、赤い町だった。ありとあらゆるものが赤く、赤く燃えていた。人々の想像している地獄に等しい熱と悪意。その悪意の根源、赤い町の原因。それこそが上空の龍であった。龍は地上を睥睨しながら飛行し、空を切る。

 青かった空は黒煙と炎によって赤黒く変色し、それに擬態するかのように龍が煙を泳ぐ。

 オルタはただただ唖然とし、この地獄を見ていた。

 大衆は龍の炎の吐息から逃げおおせていた。恐怖、憎悪、狂信。感情が入り乱れ、人々の怨嗟の声すら炎の息吹に掻き消される。――その命ごと。

 どす黒く焼けただれた皮膚を晒し逃げ惑う人間。

 親を殺され、慟哭する少年。

 高熱の石畳に倒れた死体。


 ――この光景を目に焼き付けて忘れないようにオルタは呆然と立ち尽くす。


 オルタはただ一人焼けた空気で肺を焼きながら、息を大きく吸い、


 ――絶叫した。


 ひたすら絶叫したその後、オルタは充血し、憤怒を拳に宿しアーガマン邸へと向かった。


 そこまでの道のりで障害となるものはなかった。それは単純明快。ここに龍がいないのである。それはアーガマン邸をスタート地点に龍が出発したことの裏付けには充分であった。

「――このありさまは何だ。」

「それがね。私にもこんなにうまくいくなんて思ってもいませんから私も少し驚いてるんですよ。」

 アーガマン邸についたころ、オルタは問題の人物の遭遇していた。

――今すぐにこいつを殺したい。

 オルタはアーガマンに質問をした。その返事は曖昧なものだった。

――今すぐにこいつを殺したい。

 オルタは嚇怒に頭が焼けそうだった。

――今すぐにこいつを殺したい。

 視界が真っ赤に染まる

――今すぐにこいつを殺したい。

――今すぐにこいつを殺したい。

――今すぐにこいつを殺したい。

――今すぐにこいつを殺したい。


「落ち着けオルタ」

 頭上から声。地上の二人は頭を上げ、見上げる。

 ――黒煙の中の人影を。

「――父さん」

 今にも溢れ出そうな胸の中の黒く蠢く何かを寸前で止めたのは男の声だった。

「大変なことをしてくれたな。Drアーガマン」

 それはまさに英雄の姿であった。屋根の上に身を置き、長剣を片手にオルタ達を睥睨していた。

「アーガマン。こっちのほうが年季が入ってんだぜ?」

「――」

「おっと龍が来た。」

 そう言って男は黒煙から颯爽と舞い降りる。その屋根へ龍が突進。瓦礫と古い鱗と微量の血を撒き散らしながら龍が屋根でとどまる。

「あいつ、やけに大人しいよな。さっきまで町を燃やしてた悪魔だとは思えないほどにかわいいじゃねえか。」

「――何が言いたい。」

「ここにありますは銀の結晶にございます。この結晶を龍に渡すとあら不思議。アーガマン英雄計画の前に龍が暴れちゃって帝都がどかーん」

 龍を放ち、暴れさせた後、龍を討伐しアーガマンが英雄になる計画。それは龍が制御可能状態にあるからこそ成せる業だ。

「――なるほど筋は通っていますが、あなたはこれからどうするんで?」

「くたばれ屑。英雄の成り損ないが。俺が地獄へ案内してやるよ。」

「――っ!」

「地獄でずっと後悔してろ。死ぬまで俺が殺してやる。」

 オーディンは中指を立て、もう片方の手で宝石を投げた。宙を舞う宝石の滞空時間は一瞬だ。

 だが龍が到達するまでの時間はそれよりも早い。

 アーガマンが飛び込む。




 あと少し、あと少し指が、腕が、体が長ければ宝石を手にできた。だがそんなものいくら望んでも来やしない。

 常世は非情だ。龍は銀の結晶と自由を選び、自分を置いていく。何かを失う度、何かを得るたび自分の努力と非力を噛み締め生きていかなければならないのか。

 ――何が悪かったのか。

 何も悪くなかった。

 ――どこを間違えたのか。

 どこも間違えてなどいない。

 ――自分は父の代わりに生きていていいのだろうか。

 肯定しよう。


 ゴミのような汚く不要な感情が頬を伝って流れ落ちる。落下に等しい速度で落下する龍は笑顔のオーディンをその圧倒的な質量で蹂躙した。鮮血が華やぐよりも先に石畳に血だまりができる。

 

 ――この光景を目に焼き付けて忘れないようにオルタは呆然と立ち尽くす。


 アーガマンの体は龍の起こした旋風により吹き飛ばされ道に投げ出されていた。もうどうだっていい。

 優しい世界ではないことなどとうに理解している。それでも奇跡とやらに縋っていたい。その一心でオルタは父のもとへ自分の銀の結晶を手に足を引きずり歩いていた。

 ――静かな世界だ。


 眼前、巨大な眼球がこちらを覗いている。動かなかった瞳がまるでオルタに焦がれるように見つめていた。それは龍だ。

 瓦礫を撥ね退け、体を起こし、牙をむく。

「――ぁ。」

 逃げねばならない。

 足を動かした。気持ちが逸り、足がもつれ転んでしまう。それでも立ち上がらなければ。

 逃げてなんになるのか。答えたくなかった。ただ逃げたかった。生きたかった。このまま死ねば帝都の住人はすべて元通り、結晶をなくしたアーガマンは記憶を失い、カウントが消えたオーディンは文字通り『失われる』。

 ならば、オルタが苦痛を味わわずに逃げてもいいのではないか。自分はすでに十分に奮闘したであろう。今逃げれば助かるかもしれない。これからは独りで生きていこうではないか。



 ――そう思考していたオルタは何一つ前へと進んでいなかった。

 先ほどから腹に生じるおぞましい熱。オルタは見て見ぬふりをしていた。決してそのことを頭に入れぬよう、必死に考えていた。

 ――もう、限界だった。

 オルタの『下半身』は失禁し『上半身』の存在を求め必死に血を噴き出している。

 オルタの『上半身』は熱に怯え、『下半身』の存在など忘れようと必死に腕を使って逃げていた。鮮血が華を散らし、別れた体が苦痛に喘ぐ。激痛、灼熱。

 絶叫する間もなく、巨大な爪によって引き裂かれた胴体がだらしなく血をぶちまける。こんなことになるならばもういっそのこ――


 ――頭上に現れた巨大な爪がオルタの意識と頭蓋を同時に破壊した。



「あと73回」



 水面に漂う不安定な意識を体に無理矢理押し付け、意識が覚醒する。

 約束通りにベルと礼拝に向かっていた。何ら変わりない平穏な日々だ。

 今まで何十回と死んできた。そんな日々に一日くらい礼拝に安心してこようではないか。それくらいの自由はオルタにもあるはずだ。


 ベルの笑顔がオルタの眼をのぞき込む。ずっと一緒にいたい。ずっと守ってやる。

 オルタはこの日、誓う。

 ――帝都の住人、オルタの知人。全員救ってやろうではないか。オルタの誇りにかけて。

 必要とあらば英雄にもなってやろう。


 ――龍を墜とし、輪廻を止め、世界を救ったあの男のような英雄に。


 世界が滅ぶまであと72日。

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