第6話 『ア・スタディ・イン・ブルー』
「ほらよ。これ。」
投げられたそれを手に取りオルタは驚愕に目を開く。手に握られたそれは宙を舞う。
朝日を跳ね返し煌く。
「父さんも宝石を・・・」
「お前に渡したのが最後だと思ったか?」
「ねぇ父さん。この宝石一体なんなの?」
「あぁ、説明してなかったっけか。お前のは『銀の結晶』だ。俺のは『金の結晶』。これらは持ち主の記憶を記憶する。そういうメディアだ。」
「――」
記憶を記憶し蓄積する、結晶の能力が明らかになった。だがしかし、明らかになっていない事柄が一つ。
「じゃあどうして生き返ったのか・・」
「生き返る?あぁ。これも言ってなかったな。生き返るというよりかは巻き戻す、だ。」
「――」
「持ち主が命を落とした時、その日の朝まで記憶はそのままに肉体だけを巻き戻す。結晶に記憶されていない記憶は呼び戻せないし、結晶がないと巻き戻れない。」
結晶のすべてが明らかになったところでオーディンはゆっくりと話を切り出す。
「なぁオルタ。お前ここ数日何してた?」
意表を突かれたようにオルタは動揺する。
「――」
黙りこくるオルタは答えないのではない。答えることができないのだ。
――何も覚えていないのだから。
「オルタ、結晶はどこだ。」
首をもたげ、下をむくオルタに声をかけるオーディン。
「オルタ、アーガマン・ロイリーは知っているか。」
ある男の名前が話に登場する。
「Dr.アーガマンって呼ばれてたやつだ。」
「ハカセとも呼ばれてた」
「あぁ。そいつが結晶を持っている可能性が高い。」
ハカセのことをオーディンが知っていることに驚く。
「父さんはどうしてハカセのことを?」
「ループしてるときに毎回違う行動をとるやつがいたら不自然だろ?」
「あぁ」
「そのハカセとやらに二人で会いに行く。奪われたものは奪い返すしかない。」
「案内するさ。」
突然の出来事をうまく飲み込めたのはオルタ自身がどこかで予感していたからだ。
父は生きている。どこかで。そう予感し、確信していた。
結果、父は生きており、今だってオルタに話しかけている。アーガマンとの決戦の作戦会議として現れたことは残念だが。
「――生きててありがとう」
オルタは父への本音を父に聞こえないような声で呟いた。
「シノノ家の当主様は礼拝にフィアンセと毎日通っている。毎日といっても、それを実感できるのは私だけですが。ふふふふふ」
男は自室で深く座りながら高笑いをする。男は窓の向こうにある帝都を眺めていた。彼の目にはいつもと変わらない、しかし変化している町があった。
「龍も興味深いですねぇ・・・目と口が弱点なのは龍の反応からわかりますが、問題はどうやって攻撃するか。」
男は首を傾げ一つの結論を導き出す。
「大人数で取り囲んで大砲を打ち込む。これが今の最善手ですか・・。帝都の全市民動員で五万人。十分だ。」
「まぁ、半分以上は死ぬでしょうがね。」
男は酷く残酷に、酷く冷酷に、淡々として大衆を切り捨てる覚悟を決めた。
午前11:30うだるような日差しがやけに煩い。汗が吹き出す。
じとつく掌を握り直し覚悟を決める。
決意は揺るがない。父が動く。結晶の記憶を呼び出し、十数日前の記憶を手探りで引き寄せる。
結果は最善。アーガマン邸の扉には鍵がかかっていない。
手をかけ、さらなる決意を。
「Dr.アーガマン邸潜入作戦開始!」
「夜を超えて未来のその先へ。」
父が一文字を噛み締めるように呟く。
扉が開かれ、滑るように中へと侵入する。
――オルタは知らなかった。敵を。敵の異常さを。
――狡猾な敵を。
爆音の轟きとともに潜入作戦は火蓋を切った。
世界が滅ぶまであと75日。