第2話 『さらば日常』
疑惑と困惑が渦巻く。夢幻の現実が、夢が疑念を増殖させる。
意識が消える。また戻る。完全なるループの状態である。
周りの人物の対応は変わらず冷たい。白い目で見られるのは当然だ。
それでも、それでも逃げおおせた。
必死に叫ぶ声。
「だから!龍が!龍が来るんです!」
荒唐無稽な戯言に付き合っていられる暇なんてない。
帝都防衛局でも同じ対応だ。
「お金なら払います!今日一晩、城壁の警備を厚くしてくれれば!」
焦燥が喉を焼く。
逃げなければ、夢の連鎖を断たなければ――。
局員は困惑し、オルタには焦燥の汗がたらたらと流れる。
頭のおかしい奴だと嘲笑え。勝手にしろ。
手間を取らせて怒れ。嚇怒に赤くなれ。
――だから、だから俺を助けてくれ・・・。
悲愴な叫びは誰にも届かず木霊しては消えていく。自分の真の言葉が妄言と信じられ何も進まないのはオルタにとって大きなジレンマであり、邪魔な宗教的思考だ。
そんな思考も、そんな概念も、今はいらない。今は――。
訳も分からず足を進める。走る。
「もう!オルタってば・・・」
慈愛の怒りが言葉になる。
「自分から誘っておいて遅れるなんて・・・」
ベルは広場を彷徨う。場所もわからず。何もわからず。何も教えられないまま。その分思考が回る。オルタは本当に遅刻なのだろうか。不安がよぎり、脳が焼かれる。
彼は今日来ないのかもしれない。今日だけでないのかもしれない。
マイナス方面への予想が大きく膨らむ。ベルの頭では孕んではいられないほどに大きく。
「・・・・バカ。」
――慈愛の罵倒を呟く。
「おいおい!オルタのやろうじゃねぇか!」
「ラト!」
威勢のいい元気な声音だ。防衛局に所属している兵士だ。そしてオルタの友人でもある。
旧交を温めつつ、その右の人影に目をやる。
白衣の紳士だ。全体的に白いイメージがあり、いかにも――
「こいつかぁ?こいつは俺の連れだ。ハカセって呼ばれてんだ。」
ハカセは軽い会釈と敬礼を行うと、もう一度生真面目で冷徹な表情へと顔を戻す。
「んで?なんだぁ、オルタ?こいつらへの注文なら俺を通してもらっても構わねぇぜ?」
甲冑だけでなく人間性までもが眩しい。優しくも厳格な目が窓口の方向を睨む。
事務方の役人たちはその圧力を聞きと察したのか、それとも好戦的と察したのか目をそらす。
――午後四時二十分。場所は南西側城壁外。二十人の若かりし兵士は緊迫した様子で構えている。
龍が来る。その恐怖がオルタを追い詰める。
最前列にはオルタとラト。残りの18人を招集した功労者は城壁の上で重々しく、諦めた顔でこちらを眺めている。城壁にはもう一つの人影があり、謎の人物。ハカセが物珍し気にこちらを凝視している。
轟音。突如として兵士たちを震わせた振動が遠方の地面を爆砕する。
――龍が来る。
耐え難い雄叫びが帝都を揺るがす。
「マジで来たのかよ!まぁ来なかったら俺の首が飛んでたがなぁ!」
その声が聞こえた頃にはラトは一番乗りに駆け出していた。風を切り、どよめきすら余所目に。
地面が軽く破壊される。足が土を抉り、体は宙を舞う。鬼才というべき才能を思う存分発揮し、ラトは叫ぶ。
「おてなみぃ!はいけぇぇんんんん!!!」
雄叫びに近いそれを区切りに大剣が振るわれる。刃が龍の鱗に到達し。鋼と鋼がぶつかり合う甲高い音が響く。弾かれる剣。
「わぉ!」
「僕も行こう!」
興奮の武者震いの最中のラトとすれ違う形で突撃が開始される。
一回り小さい剣が大きな弧を描く。勢力を保ったまま力が放たれる。
――無意味。
龍が震える。鱗が逆立ち、地面までもが揺れる。
「――と、突撃!」
18人の兵士が龍に飛びつく。龍の震えは強制的に終了された。
「ありがとう!」
龍の震えの余波で宙を舞う。 足がゆらりと龍の首元に差し掛かる。全体重を龍へ任せ、剣を強く握る。
「まずは一撃だ。」
冷徹に、純粋に、そう言い放った後。鋼の煌きが龍の右目へ飛び込む。
閃光。目が眩み、まっすぐだった剣の弧が揺らぎだす。
超高温に鋼が溶け、体が溶けていく。腕の感覚が消え、痛みがないのが救いだった。
ラトの声が聞こえ気がしたが聞くはずだった耳はとうにない。
思考をするはずの脳も
状況を取り入れる目も
悲鳴を聞くはずの耳も
何もない。
意識が闇に包まれる。
「残り96回」
少女はただシノノ邸を捜索していた。ただがむしゃらにいるはずの、オルタの姿を探している。
静寂の中に焦燥の吐息が響く。遠く。遠くへ響いていく。