第0話 『終わりの始まり』
静寂だけの部屋でその男、シノノ・オルタは瞠目する。
ベッドの優しい、温かい抱擁を受けながらオルタは思考を繰り返す。
父が消える間際、父が言い放ったその言葉。それが脳裏に焼き付いて離れない。
そして、その父の形見を握りしめる。目頭が熱くなり、思い出しただけで嗚咽が始まる。
深碧の煌く宝石はその想いの強さに呼応するように輝く。
輝く宝石を銀装飾の箱に入れる。まるで自分がその宝石、虚飾を張って歩いているような人生を現しているみたいで、皮肉を感じる。
「その宝石を片時も離すな。」
掠れた声が思考を霧散していく。不安が心を抉り、孤独のオルタを痛めつけ、放置していく。
小さな箱に戻した宝石を首にかけ、文字通り『肌身離さず』持ち歩けるように――。
優しく、慈しむ、厳しい声が頭で反響を繰り返す。失踪した父が、脳裏によぎる。
顔が、目が、体が、全てが父だ。その父が宝石の中にいて、自分を見守っているという空想が――
なぜか現実味を帯びる――。
「父さ――。」
言葉が紡がれるよりも先に衝撃。地面が揺れ、視界が揺れ、体が揺れ、文字通りの振動は感情さえも揺るがす。
「うがっっ!!」
醜い声と家具の破壊音の大合唱だ。体が引き裂かれ、鮮血が華を散らす。血の花弁が部屋中に桜のように花吹雪を起こし、天井が背後にあり、視界が反転している。
一瞬の出来事に思考が追いつかず、あがくだけしかできない。
失血の影響か、意識が深海に沈んでいく。終わりのない暗闇に落ちた意識は、永遠に降下を続けていた。
「――あと99回・・・」
父の優しく、力強い声が聞こえた。
――消えゆく意識はしっかりとその宝石を捉えていた。