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習作

作者: 夏野簾

 ピーとお湯が沸騰したのを告げる音がする。手早く洗い物を済ませ、予め準備しておいたカップ麺にお湯を注いだ。

 冬場の洗い物にすっかり手がかじかんでいて、容器を包むように持つ。じんわりと熱が広がっていき、ほっと一息ついた。

 極貧生活をしている私にとっては、暖冬だと言われている今年の冬すらも寒かった。冬は毎年巡ってくるというのに、未だに慣れることがない。暖房をほんの少しでもつければ寒さも和らぐのだろうが、しっかり部屋の中でも上着を着れば寒さはしのげると考えるともったいないと感じてしまう。実家にいたころは、考えたこともなかったけれど。

 スマホを見て時間を確認する。あと2分ほどだ。普段生活している上では5分なんてのは一瞬で過ぎ去ってしまうけれど、カップ麺が出来上がるのを待つ5分ほど長いものはない。

 実際のところ、いつも出来上がりよりほんの少し早く食べ始めてしまう。やや硬い部分もあるが、ラーメン屋のバリカタやハリガネに比べたら大したこともない。ところで小麦粉は十分に加熱しないと食中毒の危険もあるのに、そんな一瞬だけで本当に問題ないのだろうか。バリカタを食べて腹を壊したなんてのはあまり聞いたことがないので、世の中不思議なものである。

 そんなことを考えているともう十分食べられる程度の時間になったので、蓋をあけてかやくとスープを入れる。スーパーでもらってストックしていた割り箸を割って、混ぜると白い湯気が立ち上って前が見えなくなった。

 ラーメンに限ったことではないが、熱い物を食べるときは視界が悪くなるので仕方なく眼鏡を外す。コンタクトにすればこんな面倒なことにはならないのだろうが、あいにくと家にいるときまでコンタクトにする金銭面での余裕はない。それにコンタクトはもう何年も使っているけれど、やはり眼鏡に比べて目が疲れやすいような気がするのだ。

 麺を持ち上げると、より一層湯気が立ち上る。ふーふーと息を吹きかけて一口に啜る。意識したわけではないが、音がなるのを聞いて近年にわかにヌーハラなんて言葉が聞かれるようになったのを思い出す。なでもかんでもハラスメントをつけとけばそれらしくなるとでもいうのだろうか。もしこんなものがまかり通ってしまえば生きているだけでもハラスメントと言われる時代がもうすぐだろう。そもそも麺類を食べるときにわざわざ音を立てているわけでもなしに、本当にそんな事を言う人がこの世界に存在しているのだろうか。

 試しに大きな音を立てようとしてすすってみる。汁が飛んだ。それに、熱い。冷たければまだマシだろうけど、汁が飛び散るというのにわざわざ強くすすってる人なんてのはいないだろう。それとも江戸っ子なんてのはそういうすすり方をしていたのだろうか。そんなに強くすすっても食べる時間なんてのは早まるわけでもないのに、そうだとしたらどれだけせっかちだったのだろうか。

 私は猫舌というほどでもないが決して熱いものが得意というわけでもなく、5分で作ったカップ麺を10分かけて食べる。しかし、今は冬なので8分ほどで食べ終わりそうだ。夏よりも明らかに冷める速度が速い。きっと、世の猫舌の人たちは冬場が好きだろう。そして猫舌じゃない人は冬が好かないはずだ。

 麺と具をきれいにさらって食べ終わる。汁は、もったいないので少しだけ残して後は流しに捨てた。ひもじい私にとっては、白米を食べるための手段を選んでいられない。というのも、白米だけだと食べるのが中々しんどいからだ。

 いつもは近所のスーパーで安売りしてるものなんかでおかずを作ったりしているけれど、粗食ばかりを食べているとジャンキーなものが食べたくなるのが人情というものだろう。だからこうしてカップ麺を買った日は、自分でも少しだけ意地汚いなと思うけれど最後までしっかり有効活用してジャンクフードを堪能する。

 そういえば昔見た戦隊もので、いやに流行っているレストランが実は宇宙産の麻薬を使っていたから、というのがあった。あるいはジャンクフードにもそういった類のものが入ってるのかもしれない。日本は大麻を解禁していないが、もうすでに大麻に準じるものが流通しているのだろう。禁断症状ここに極まれり。

 今日はバイトもなく大学の授業もないので、久しぶりにゆっくりした休日だ。やらなければいけない課題もないし、しかしそれはそれで暇を持て余してしまう。スマホを開いて友達に連絡でも取ればいいけど、そういう気分でもない。しばらく床に座ったままぼーっとしていると、手がかじかんできた。冬は水仕事もしんどいが、そうでなくても手が冷えてしょうがない。出しっぱなしにしておいた布団に潜りこんでスマホをいじる。もちろん手は冷えてるままだが、しんしんとした空気に晒され続けているよりはマシだろう。

 適当にSNSを覗いていると、大して見たつもりもないのにあっという間に30分が経過していた。ため息をつく。時間を一たび意識してしまうと、どうにもこの怠惰に過ぎていく時がもったいなく感じてしまう。それも、うら若き乙女の21歳という貴重な時間だ。そんな乙女がカップ麺の汁を残して白米を食べているという事実には目もくれず、寂寞とした思いを抱えながらしかしネットの海を彷徨うことはやめられない。

 ぼーっとしているとあっという間に時刻が9時を回った。近くのスーパーは開店する10時に行けば朝市という名目で野菜やら肉類やらが安く買える。わびしい私にとっては非常に心強い味方なのである。

 しかし布団に潜ってしまったら最後、こたつほどの吸引力はなくとも外にでるのがとにかくわずらわしい。とはいえ生きるためにはご飯を食べなければならず、少しでもそこで節約しなければならないという気持ちが多少勝り、仕方なく着替えを始める。

 適当にその辺りにあった服をつかんで着る。どうせ上着は脱がないのだからなんでもいいのだ。すっかり着古したコートのボタンを閉めて、これで準備万端。

 そうそう、この寒い冬場でも一つだけいいことがあった。マスクをしていれば、化粧をする必要がない。もちろん、学校に行く時なんかはしていくけど、近所のスーパーで買い物だけならしない。面倒だし、なによりそこまで気を使う必要はない。

 今年新調したばかりのムートンのブーツを履き、外にでる。しっかり戸締まりをし、ちゃんとしまったか確認もする。ボロアパートなので、イマイチ心配なのである。

 外にでると部屋にいるよりも少しだけ暖かった。私が住んでいるボロアパートは、近くに建ったマンションのせいで満足に陽の光も当たらない。そのうえ暖房もつけていないのだから、部屋が寒いのはある意味では当然と言えるだろう。

 ふぅと大きく一息つく。冬の風物詩でもある白い息は、目の前の景色をただ白く曇らせただけだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 「習作」というタイトルだけれども、他人からの【添削】は、「お呼びじゃない」あるいは『不要』かな、と…冒頭を読んで思ってしまったり。
2020/11/26 17:53 退会済み
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