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王妃様は運命に出会います①

「ベラクルス入国から一カ月が経つのね」


 アルメニアは、ポツリと呟いた。

 ベネーラの朝市で二度目の商売をして数日後である。


「クルツに来て三週間ほどとも言えますね」


 ウルがアルメニアの横で、トンカチを持ち大きなテーブルを作っている。

 村は、今や大開発中である。集落と工房を繋ぐ道の脇には、新たな家屋が幾つも建てられた。入村者向けの家屋で、まだ入居者はいない。数軒は宿屋仕様になっている。商会が管理する物件だ。


 馬車工房の周辺には、大きな宿舎が建てられ、ヨザックを頭とした工房仲間の根城になっている。その横には、『流れ大工』と書かれた看板を掲げた小屋があり、親分レンジと子分達の居場所になっていた。


 そこから少し離れた所に、流れ大工達によって商会本部が建設中だ。今は、アルメニアの幌馬車が仮本部として機能している。

 ウルが作っているテーブルは本部で使うものである。

 そこにメリッサが現れた。村の青年を従えている。


「今のところ、順調に収益を上げております」


 アルメニアは、メリッサから収支報告を受ける。

 かごの販売は、ベネーラの町だけでなく、隣村や王都、王都近郊の町にも出向いて卸すことができた。売れ残っても、材料費がほとんどかからないため、赤字になることはない。


「仕事は慣れたかしら?」


 アルメニアはメリッサの横に立つ青年に声をかけた。

 クルツで生まれ育った青年は、大木を切り倒す時に大怪我をして、右足が不自由になり森の仕事ができなくなっていた。


 経理見習いを引き受けてもらっている。

 今後は、経理以外も人材は必要になってくるだろう。商会の仕事は多岐に渡るからだ。


「皆に賃金を支払わなくちゃね。村長と話して決めておいて。全部を分配しないでね。商会の運営費が必要だもの」


 メリッサと青年が席を外すと、アルメニアは椅子から立ち上がった。


「よし! 次は村民を増やさなきゃ」


 アルメニアは次なる計画に頬が緩んでいる。


「……姫様、行商人はもう飽きたのですか?」


 ウルがいつものように半眼で訊いてきた。ブリザードが背景に見えて、アルメニアはブルリと震える。


「へ、へへへ」


「笑って誤魔化さない!」


「はい!」


 アルメニアはビシッと背筋を伸ばした。


「クルツは今や人手不足だわ。仕事の担い手と共に村民も増やす計画よ! つまり、『ギルド』が必要ね」


 アルメニアはいつぞやのように、拳を天に突き上げる。

 ウルがすかさず、アルメニアの腕をサッと強制的に下ろした。

 アルメニアは恨ましそうにウルを見る。


「行商人の後は紹介屋ギルドですか。姫様、ベラクルスに何をしにいらしたのです?」


 アルメニアはウルの視線から目を逸らした。まだ、王城に行く決心は付かない。迎えが来るまで猶予だと思っている。


 物語にあるように、迎えに来てもらうことにも憧れがあった。王に本当に乞われたいと思う乙女心かもしれない。


『赤い薔薇、いえ桃色の薔薇でもかごに入れて、迎えに来てくれないかしら?』


 アルメニアの頬に色味が差す。ウルのブリザードをフワフワしたアルメニアの雰囲気がなぎ払った。


「ギルドは必要だわ。この一カ月の収益は皆平等に分けるけれど、今後はギルド経由で仕事を受けることにして、自分の好きな仕事に就けたり、請け負ったりするの」


 この三週間は互助での仕事だったが、これからは自身の生活や希望に合った仕事ができる仕組みにする。


「まあ、必要であることは認めましょう。このままでは、収益分配で後々わだかまりもでましょうし」


 かごの材料集め、かご編み、装飾、行商などなど、かご売りだけでも仕事はたくさんだ。加えて、家屋などの建設も多岐に渡る。


 それらを皆で携わり、皆同じ賃金が可能なのは、最初の試みであったためで、今後は不満が出てくるだろう。小さな村の互助運営ならまだしも、クルツはすでに馬車工房や、かごの行商で発展を始めているのだ。


 仕事を取りまとめ、紹介するギルドは必要不可欠となる。


「それで、姫様は何を企んでおいでです?」


 ウルの言葉に、アルメニアはギクリと体を強ばらせる。何とも分かりやすい反応だ。


「い、嫌ね。企んでなんていないわ。ちゃんと、私だって仕事に携わるから。ほら、『看板娘』の経験もあるし『受付嬢』もできると思うのよ」


 アルメニアのワクワクした表情に、これが目的の企みだとウルが分かるのは当然だろう。

 そこへ、メリッサが箱を持ってくる。賃金の取り決めなどは村長と青年に託したらしい。


「姫様、ご希望の受付嬢仕様の制服が出来上がりました」


「メ、メリッサ、それは後にして」


「では、鉄鋼馬車内に入れておきます」


「え、ええ……」


 アルメニアは身震いする。ウルの方から冷気が漂ってくるからだ。


「ほお、すでにそこまで準備しておりましたか」


「へ、へへへ」

 引きつり笑いをしながら、アルメニアはピューンとレンジの方に駆けていった。



「姫様、またウルを怒らせただろ?」


 レンジがニッシッシと笑っている。


 アルメニアは、レンジの背後に隠れるようにして、ウルを見た。

 ブリザードを背負い、テーブルを作っている。どうやら、追及は免れたようだ。


「違うわ。打ち合わせはバッチリよ。『ギルド』だって認めてもらったわ」


「へえ、上手くいって良かったな」


 レンジ達は、今、商会本部を建設中だ。子分達も大工仕事が板に付いてきた。今日中には完成するだろう。


「村で、村長と経理見習いの青年で賃金を決めているの。今回は皆に平等に支払われるはずだから、貴方達も受け取れるわよ」


 アルメニアはレンジの子分と化した流れ者らに言った。


「ええっ!?」


「何を驚いているのよ。ちゃんと大工の仕事をしたんだから賃金をもらって当然だわ。それに……今後『ギルド』ができたら、ちゃんと仕事にも就けるし、大工が嫌なら他の仕事をしてもいいわ。もちろん、村を出て行くのも構わない」


 子分達が顔を見合わせる。信じられない提案にどうしたらいいのか分からないようだ。


「流れ者に戻るのも止めはしない。けれど、このクルツで前のように傍若無人な振る舞いはできないわ。……いいえ、本当に用心棒になってもらっても構わない。『ギルド』の職員になるけれど」


「お、俺らに、仕事が?」


 アルメニアもレンジもニッシッシと笑って応えた。


「いいのか? ここを襲った俺らだぞ」


「今は、ここを開発する仲間よ。抜けなければだけど」


 子分達は項垂れる。

 ポタポタと地面を濡らすものを、アルメニアもレンジも見ぬふりをした。


「家族……も呼んでいいか?」


「当たり前だ」


 レンジが子分達の背中をバンバンと叩く。


「俺はこのまま大工がしてえ」


「好きな仕事をすればいいさ」


 レンジの言葉に、子分達が顔を上げる。


「『ギルド』も必ず、俺らの手で作り上げる!」


 アルメニアが『オー』と拳を突き上げると、レンジも子分達も同じく突き上げた。




 クランベルトの元にアルメニアの文が届いたのは、ベネーラを離れて数日経った頃だ。

 ちょうど、アルメニアが『ギルド』構想をウルに話した頃でもある。


「これは……」


 文の内容もさることながら、文が入っていたかごにクランベルトは目が離せない。


「あのかご屋の商品ですね」


 クランベルトの言葉を補足するように、ジェロが続ける。


「クソッ! ベネーラに戻るぞ」


「待ってください。これで、一行が見聞して回っているのは、確定しました。行った矢先の痕跡を追っても追いつけないかもしれません」


 ジェロがクランベルトの足を止めた。


「ベネーラに戻ってもいないということだな」


「はい。歩き回っているのなら、痕跡を追う班と先回りの班に分けるべきではないでしょうか?」


 クランベルトは顎を擦る。考える時の癖だ。


「よし、そうだな、二手に分かれよう。だが、無闇に先回りはできまい。今回は文のヒントを追う。ベネーラに向かう班と、草原に近い町を探す班だ」


 クランベルトと近衛兵、ジェロがベネーラへ。護衛兵が草原に近い町に手がかりを探しに向かうことになった。


「週に一度、ベネーラの朝市で誰か一人落ち合って、情報交換とする」


 落ち合う場所を、王都側の入口の広場と決め、二手に分かれた。



 ベネーラに着いたのは、深夜だ。


「宿に泊まって、明日聞き込みをしましょう」


 ベネーラは王都に近い町であるため、観劇通りに限り不夜城である。


「まさか、数日でとんぼ返りするとはな」


 クランベルトは愚痴る。


「それにしても、あまりに情報がありませんね」


 ジェロが首を傾げた。

 王都に近い町を三つ回っただけだが、目撃情報もなく、宿屋にも滞在記録がない。捜し始めて二週間以上経つというのにだ。


「どこを見聞しているのでしょうか? 神出鬼没どころか、煙のように消えてしまったかのように感じます」


 それは、クランベルトも感じていたことだ。一国の姫の一行が、周囲に悟られず動くなど考えられない。

 手にある情報は、入国と王城前での役人とのやり取り、二通の文だけである。


「まさか、野宿でもしていまいに……」


 クランベルトは呟く。


「お転婆ならば、あり得るかもしれませんね」


 ジェロの言葉に本気度はない。

 だが、クランベルトは引っかかった。


「町でなく、野宿でもない? ならどこにいるのか」


「いやあ、本気にしないでくださいよ」


 ジェロは『ハハッ』と笑った。笑ったが、次第にクランベルトと同様の思案に陥った。


「草原と文にあったな」


 クランベルトは文を取り出した。


「木漏れ日、そよぐ風、満天の星空は、町にあるか?」


 ジェロも近衛も顔色が悪くなる。


「野宿なら、どうだ?」


 言ったクランベルト自身が信じられず、呆然としている。


「いえ、いや、そんなことはありませんでしょう! ほら、村とかなら……」


 励ますように出たジェロの言葉で、クランベルトはハッと気付く。


「そうか、村か!」


 ジェロが慌てて、クランベルトの前で手を振る。


「待ってください。それは可能性であって、村かもしれない程度のことです。それこそ、どこぞの村に滞在しているという何らかの手がかりもありませんし、まずは明日聞き込みをしましょう」


 ジェロの言うことももっともだと、クランベルトは高揚した気持ちを静めた。落ち着いて考えれば、やはり一国の姫が村に滞在するなど考えにくい。それ以上に野宿も考えられないが。


「何か、見落としているのだろうか」


 呟きは、観劇通りに消えた。


次回更新→5/12(火)予定

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