王妃様は村おこし中です⑤
アルメニアはホクホクしている。
「完売なんて嬉しいわね!」
人形劇を二度開演して、かごは売り切れてしまった。例の観劇のおかげで、人出も多く、商品はみるみるうちに消えていったのだ。初物の珍しさとカスタマイズのおかげでもある。
「少し早いけれど、閉店して帰りましょう」
撤収するアルメニアらに、アクセサリー屋と端布屋が声をかけてくる。
「あんたらのおかげで今日は繁盛したよ。今度はいつ来るんだい?」
「また一週間後に来るわ。注文した品をお渡ししなきゃいけないしね」
アルメニアは、村長らと顔を見合わせて笑う。完売だけでなく、注文を受けるほど反響があった。
「じゃあ、今度も私らとやってくれないかい?」
「うーん、品揃えを変更できるなら。二週同じ物では飽きられるわ。こっちも新しいかごで挑むから、お二人も挑んでくれない?」
二店舗は個人商店である。
「ああ、了解さ。任せておき」
店主らとの打ち合わせを終え、さて帰ろうとした時だ。
「なあ、ちょっといいか?」
またも声をかけられる。
「何でしょう?」
ウルがアルメニアを隠すように前に出て、三人の男達と対峙した。
新規店舗に声かけし、出店費用を要求する輩はどこにでもいる。繁盛した店は目立つものだ。
「お金は渡しませんよ」
男達に、ウルが圧をかける。
「い、いや、違う。店のことを訊きたい」
「え?」
アルメニアは、ウルを押しのけ顔を出した。
「もしかして……」
「その店は、どこで作っているんだ? いや、どこに注文すればいい? 教えてくれねえか」
アルメニアは、ウルの背をドーンッと押す。
「お店馬車の注文ね!」
大男をどついた娘に、男らが顔を引きつらせた。
「あ、ああ。いくらするかも訊きたい」
「クルツ村の工房で作っているわ。かごもお店馬車もクルツの品よ!」
男らが『クルツ?』と呟いた。
「一つ村超えたところの森に近い村。最近、腕の良い馬車職人が工房を開いたの。森の管理を任せされている村だから、質の良い木が安価で手に入るのよ。だから、値段も荷馬車程度で大丈夫!」
スラスラとアルメニアは答える。
「ほお、ちょっと中の作りも見たいんだがいいかい?」
「ええ、いいわ。どうぞ見ていって」
アルメニアは店の中を見せる。
店は中が三つに仕切られている。店部分のカウンターエリアと荷物置きエリア、御者席後ろのプライベートエリアだ。
「休める場所もあるのかい」
男達は、プライベートエリアに驚いている。
「ええ、屋台でなくお店仕様だからよ。店主が休める場所は必要でしょ?」
「便利な作りだな。これなら、遠方だって行商に行けそうだ。いや、買い付けだって楽だな」
しっかりした店構えに、男達は店を気に入ったようだ。
訊けば、食器売りの行商人で、三人兄弟で市を転々として商売しているらしい。
「注文は、クルツに行けばいいのか?」
「ええ、そうよ」
アルメニアは、最後にクルツ村の場所を教えた。
「……そうか、あの森の村か」
その言い方が『罪人の森』を指すことは分かっていたが、アルメニアは気にせず告げる。
「ええ、あの『再生の村』よ!」
アルメニアは胸を張って答えたのだった。
クランベルトは、観劇の客の中にクリーム色の髪を探す。上演が終わり、出口から出てくる者に目を凝らしていた。
「クリーム色とは判別し難いものですね」
ジェロが目を細めながら言った。
「ああ、金髪やら黄色やら、蜂蜜色やらと混同してしまうな」
クリーム色とはどんな色かと思い浮かべれば、先ほどの人形劇の娘のような髪色だろう。
「さっきの娘のような髪色の者はいないようだな」
クランベルトは、再度見回して確認した。
「ええ、そうですね。それらしい者はいません」
ジェロがため息をつく。
「宿は明日から確認するとして、今日はどうなさいますか?」
クランベルトは、顎を擦りながら考える。
姿絵の信用度は、経験上低いため、先入観なく捜させるように皆には見せていない。ただ、クリーム色という微妙な髪色の者を皆、想像ができないようだ。
「そうだな、良い機会だ。クリーム色の見本を見に行こう」
「ああ! さっきの人形劇の娘ですね。あれは、まさにクリーム色に淡い桃色の瞳ですから」
クランベルト達は、先ほどの通りを目指す。
各通りは、幾つかの細い路地で繋がっている。観劇通りから路地を抜け、かご屋のある通りに入った。
「さっきより店が多いな」
「観劇後の客入りに合わせて出店しているようです」
次第に通りは混んでくる。やはり、観劇後だからだろう。
「さっさと行くぞ」
クランベルトは人混みを分けながら進んだ。
だが、かご屋は見つからない。
「この辺りじゃなかったか?」
「だと思いますが、ありませんね……」
かご屋だけでなく、アクセサリー屋も端布屋も見当たらない。
「邪魔になってるから、道の真ん中で止まんない方がいいよ」
クランベルトは声の方を向く。
「ああ、あんた、さっきの成金か」
クランベルトの前にアクセサリー屋の女店主が立っている。
通りの端に寄り、クランベルトは女店主に向き合った。
「店はどうしたのだ?」
「もうたたんださ」
女店主は満面に笑みを浮かべていた。
「あのかご屋のおかげで、商品がかなり売れたんでね。これから、また材料を仕入れて作らなきゃならなくてさ。何か、欲しいものでもあったのかい?」
「いや、そうではないが……」
クランベルトは言葉を濁す。
「そうかい? まあ、また来週開店するから、暇なら足を運んでおくれよ」
「かご屋も?」
クランベルトの問いに女店主がニンマリ笑う。
「もしかして、娘が気に入ったのかい? お兄さんも隅に置けないねえ。ああ、かご屋もさ」
女店主の突拍子もない発想に、クランベルトは『ウグッ』と言葉を詰まらせる。
「ち、違う。勘違いだ。あのかごが気になって」
「そういうことにしておくよ」
女店主は笑いながら去っていった。
「一足遅かったようですね」
ジェロが女店主と同じニヤニヤした顔で言った。
「うるさい。行くぞ」
クランベルトは、一旦ベネーラの町を後にした。宿屋が宿屋として営業するのは、夜市後だろうから。
アルメニアは、クルツに着くなり鉄鋼馬車の中に入り体を休める。
「疲れたー」
手足を投げ出して横になる。
鉄鋼馬車の中は広い。中の様相のみを見たら、これが馬車内であるのかと疑うだろう。
なぜなら、ベッドもあるし、テーブルや椅子のセットもある。クローゼットもあれば、鏡台もある。小さな空間に収まるように、全てこぢんまりしているが、最上級の誂えである。
「メリッサ」
アルメニアは呟いた。
しばらくすると、鉄鋼馬車の扉をノックする音が聞こえてくる。
「入って」
メリッサが、後方の扉から入ってきた。
鉄鋼馬車には、三つの出入口がある。後方と前方、それから左側面にあり、後方以外の扉は引き戸になっている。後方だけ観音開きの作りだ。
「失礼致します」
入ってきたメリッサを、アルメニアはまだ視界に捉えない。
馬車内は、お店馬車同様に三つに仕切られている。お店馬車と違うのは、均等に三つに仕切られていることだ。
アルメニアのいる寝室は真ん中になる。後方との仕切りはカーテンのみ。前方にはきちんと壁があり、引き戸の扉がある。
「足湯の準備を」
カーテン越しにアルメニアは指示した。
「かしこまりました」
後方のエリアは、基本侍女などが待機する場になっている。
「準備が出来次第、お声がけ致します」
「ええ、ありがとう」
アルメニアは、重くなっていくまぶたに抗えず、意識を手放した。
ホーホー
梟の鳴き声でアルメニアの意識は戻る。
「……眠ってしまっていたのね」
メリッサの声かけに気付かないほど、疲れていたようだ。
アルメニアは体を起こす。
「着替えてある……」
どうやら、メリッサが着替えをしてくれ、足も湯で拭いてくれたのだろう。むくみもなく軽やかだ。
「メリッサったら」
アルメニアはフフッと笑った。
ベッド脇には、自由市で描いてもらった似顔絵と、食器屋から購入した木製食器、端布屋で作った花飾り、アクセサリー屋からもらったチャームなどがあり、自由市を思い出した。
「ちょっと、はしゃぎすぎたのね」
楽しいことはあっという間に時間が過ぎるものだ。そして、疲れさえ楽しさに敵わない。自覚のない疲労は、クルツに戻ってから出たのだろう。
アルメニアはガウンを羽織って、引き戸の扉を開けて外を見る。
「やっぱり、深夜ね」
「姫様、どうしましたか?」
ウルがすぐにアルメニアの手を取った。
アルメニアは、ストンと着地し歩き出す。
「楽しかったわ」
「でしょうね」
足を止め、満天の星空を望む。
静かな時間が過ぎた。
「まだ、決心が付きませんか?」
「お見通しだった?」
アルメニアの眉は下がる。
「婚姻に、怖じ気づいたわけじゃないの。ただ、不安……でもなくて、どう表現していいのかしら?」
アルメニアはコテンと首を傾げた。
「マリッジブルーと巷では言うらしいですよ」
「そうかしら?」
アルメニアは、胸に手を当てて考える。
「それって、互いに相手が分かった状態のことではないの?」
「さあ、どうでしょうね?」
アルメニアは何も言わずに歩き出す。
思い浮かぶのは、クランベルト陛下の姿絵だ。
長く艶めく紺色の髪と空色の瞳の王は、真っ直ぐにこちらを見ている。アルメニアの心の機微さえ、見抜いてしまいそうな神秘的な瞳だ。
まだ、真っ直ぐに見返せない。
「だから、まだなのよ」
アルメニアの呟きに、ウルが返事をすることはない。
真っ直ぐに見返すほどの何かをアルメニアは持っているのか? 『姫』でも『聖女』でもないアルメニアにその何かが備わっているか? 自問自答を繰り返す。
突如思い出したのは、心を抉る言葉だ。
『今世の聖女は役立たず、国に何の益ももたらさない力を崇められようか』
アルメニアの『傀儡師』の能力を嘲笑ったものだ。天の恵みも地の恵みも得られず、癒やしも施せず、できるのは人形遊び。王城でも神殿でも陰に日向に言われ続けていた。
その評価を一変させたのは、土砂災害である。アルメニアの人形達が危険な場で、人命救助やら復興土木を一手に背負ったからだ。
アルメニアは満身創痍であったが。
……人形が谷に落ちる。
アルメニアは全身に貫く痛みを受ける。だが、死ねない。傷はない。それを受けるのは人形だ。だが、人形が痛みを感じることはなく、アルメニアが受ける。死にうる壮絶な痛みを。
アルメニアの体は小さく震え出した。
「姫様、夜風が冷えます」
ウルが上着をアルメニアにかける。
アルメニアは、負の思考から引き戻された。
「ありがとう、ウル」
「もう少し、村娘ニナを楽しみましょうか。今、王城に行っても『ハーレム』の対処で忙しそうですし」
「そうね、もう少し時間をちょうだい」
アルメニアは、もう一度満天の星空を見上げた。
「ですが、週に一度文を出しましょう」
「誰に?」
「未来の夫にですよ」
アルメニアは笑みを溢す。
「贈り物も付けてお出しするわ」
アルメニアのいたずら顔に、ウルが肩を竦めた。
***
ベラクルス国王クランベルト様
木漏れ日も、そよぐ風も、満天の星空も、全てがキラキラと輝くベラクルスに毎日心が浮き立っています。私アルメニア・ラレーヌ、本日も見聞に足を運んでおります。
先日、ある町の市で似顔絵を描いてもらいました。クランベルト様にお送りした姿絵とは少々、いえ、大いに違う出来映えに笑ってしまいましたの。どうか、あの姿絵は忘れてほしいと願うばかりです。実際の私に失望しないように事前にその旨お知らせしますわね。
今頃、王城は華で溢れておりましょうか? 私は、今、草原で揺れる野花を眺めております。願わくは、この景色を一緒に見たいと思うのです。
また、文を出しますわ。
ラレーヌ国 アルメニアより
***
文はかごに収められ、ラレーヌの使者宛に送られた。
クランベルトに届くのは使者を経由するため、一週間以上はかかるだろう。
ベネーラを一週間弱捜して見つからず、次の町へ赴くクランベルトとは入れ替わるように、アルメニアは自由市で出店するため、またベネーラに入った。
文はまだ、クランベルトに届いていない。届いていたなら、きっとベネーラから離れなかっただろう。
見覚えのある編みかごを目にしていれば……。
次回更新→5/11(月)予定