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王妃様は村おこし中です④

『ベネーラ朝市』


 町の入口には自由市の立て看板と、垂れ幕が踊っている。それよりも派手に宣伝されているのが、『観劇~王太子のハーレム~開催、開演中』との大きな看板だ。


「これなら多くの人が見込めるわね」


 アルメニアは、入口の広場からベネーラの町に視線を移す。

 広場から放射線状に三本道があり、真ん中の道が一番混んでいた。


「やはり、劇場通りが一番の賑わいですな」


 村長が人混みの熱気で汗ばんだ額を拭いながら言った。


「自由市は左右の通りで開かれています。右が生鮮や食べ物など。左がそれ以外」


 村長の説明に、アルメニアは左の通りを見る。

 真ん中や右の通りより人通りが少ない。


「それで、真ん中の通りが既存の高級店の露店が出ています」


 つまり、真ん中の通りは貴族向け、左右の通りは一般市民向けということだろう。


「通りが混まないうちに、馬を解いて店を引いていきましょう」


 市が開催される土曜は、馬や牛などの乗り入れは禁止されている。町の外には、専用の馬小屋やら、馬車置き場などが設置されている。


 ベネーラまでの移動で使った幌馬車はすでに預けていた。

 もちろん、一時置きの費用を取られる。そういう商売が成り立っているのも自由市の魅力でもある。


 ウルが店を離し、馬の手綱を取った。

 店は、箱形荷車といった様相になる。


「姫様、馬を預けてきます」


「ウルったら、姫様じゃないわ。今日は素朴な気立ての良い村娘のニナよ」


「はい、そうでした。奇想天外のニナ嬢ですね」


 アルメニアが反論する前に、ウルが馬を引いていった。

 アルメニアはウルの背に向けて、あっかんべーと舌を出した。その口がフファーと開く。大きな欠伸だ。

 朝市に間に合うように、夜も明けぬうちからクルツを出発していたため眠気が襲ってきたのだ。


 今日、朝市に来たメンバーは、村娘ニナことアルメニアと案内の村長、本物の村娘一人とかご編みが得意な村民二名である。人形は入っていない。

 娘は売り子として、村民はかごの修理に、村長は店主と役割が決まっていた。

 アルメニアの役割は自称『看板娘』である。


「半日預けにしてきました」


 ウルが戻ってきた。夜市までいたら、帰れなくなるので朝市だけの半日営業だ。

 村長を先頭に、ウルが荷車になった店を引き始める。村民二人が後ろから押して通りを進む。

 見たことのない箱形荷車に、通りの商人達が見ている中、空いている場所を探して進んだ。


「ここがいいわ!」


 アルメニアがまだ先に行こうとする村長を止める。

 手作りアクセサリー屋と、端布屋に挟まれた場所が空いている。


「フフフ、良いこと思い付いたの。かごのカスタマイズよ」


 アルメニアの言葉の意味にいち早く気付いたのは、村娘だった。目がキラキラとしている。いや、ウズウズしているといった方が合っている。


「アクセサリーとかごのコラボ! 端布でオーダーメイド!」


 そこでやっと皆も気付いたようだ。


「そうですな。ではここに店を構えましょう」


 村長も同意して、ウルが箱形荷車を店へと変身させる。

 箱の片側を観音開きする。折りたたみのカウンターを出し、布のひさしも引き出す。中から商品のかごをカウンターに陳列し、一瞬で店の完成だ。


 それだけでなく、二組のテーブルと椅子も出す。

『かごの修理承ります』と『人形劇』と書いた木のプレートを置いた。

 追加で『オーダーメイド編みかご注文承ります』とアルメニアは手書きする。

 近くにいた商人達が目を丸くする。屋台よりも大きな店構えに驚いているだけでなく、変身の短さと簡単さにだろう。

 アルメニアは俯いてニンマリ笑った。


「ひ、でなくニナ嬢、気色悪いですよ」


 ウルに指摘され、アルメニアは顔をキリリと戻す。


「さあ、開店よ!」




 クランベルトは、ベネーラに移動していた。

 王都に一番近い町を隅々まで捜しても、ラレーヌの一行は見つけられなかった。ならばと、次の町へと足を運ぶ。


「まさかの観劇がやってきているとはな」


 クランベルトは観劇通りに入った。


「それに自由市とは、手間がかかる」


 通りに露店が並んでいるため、宿屋の入口が分かりづらいのだ。見落としてしまいそうになる。


「どうやら、宿屋はお休み処として営業しているようです。茶と茶菓子付きで料金が取られるみたいですね」


 従者が渋い顔で告げた。

 宿泊料金を取るより、回転率を上げて、多数の客からお金を巻き上げる算段なのだ。


「厄介だな。訊ね歩く雰囲気にない」


 クランベルトも眉を寄せる。

 きっと、迷惑な客に思われるだろう。いや、客でないからこそ迷惑がられる。利用しないなら入るなとも言われそうだ。

 クランベルトは眉間のしわを深くする。


「仕方ない。明日出直すとしよう」


「いえ……、市を回っているかもしれません。それに観劇も」


 それがアルメニア一行を指すことだと、クランベルトが分からぬわけがない。


「確かに、自由市を見て回ることをしそうな……」


 クランベルトは、ラレーヌの使者の言葉を思い出している。外の世界に憧れを持っているとの言っていたなと。

 残念ながら、見て回るのでなく出店しているのだが。予想を遙かに超える行動を、クランベルトが知る由もない。


「クリーム色の髪に、淡い桃色の瞳だったな」


 クランベルトは、懐から姿絵を取り出す。ラレーヌから送られた物だ。クランベルトの姿絵もアルメニアの手元にあるはずだ。


「だが、こういうものは大袈裟に美化しているからな」


 ケインに寄せられる姿絵も、美化が激しすぎて同一人物に見えないのだ。唯一正確なのが、髪と瞳の色である。『自称才女』との接見の度に思い知らされた。


 純白な衣裳に身を包んだお淑やかな聖女が、宗教画のように神々しく描かれている。

 緩く波打つ髪は腰まで長い。祈りを捧げるように手を胸元で組み、艶のある唇からは今にも声が聞こえてきそうだ。慈しむように潤んだ瞳がクランベルトを真っ直ぐに捉えている。

 心を囚われそうで、クランベルトは小さく首を振った。


「こんな人離れした者が自由市に現れたら、すぐに気付くだろうが」


 クランベルトは、懐に姿絵を仕舞った。ずっと見ていたら吸い込まれそうな絵である。


「観劇は上演中だ。通りを確認してから戻ってこよう」



 観劇通りを抜け、別の入口に着いた。

 ベネーラには王都側と反対側とに入口がある。

 クランベルト達の立っている入口は、アルメニアが朝に到着した入口の広場だ。

 王都に近いベネーラは、防衛のため防壁で囲まれており、二つの入口を繋ぐように三本の大通りがある。


「二手に分かれて確認しよう。クリーム色の腰まである髪と、淡い桃色の瞳が特徴だ。もし、見つけたら声はかけず報せに来い」


 護衛兵にクランベルトは命じた。

 お忍びのクランベルトの元には、近衛兵三名、従者一名、護衛兵三名の七名がいる。近衛と従者がクランベルトの元を離れることはない。よって、二手に分かれるとなれば、護衛兵が離れることを意味する。


「お前達は……あっちの通りに行け」


 クランベルトは、生鮮や食べ物で賑わっている通りを指した。

 護衛兵が通りに入ると、クランベルトらも別の通りに向かった。

 華やかな観劇通りとは違い、風情がある通りだ。活気は同じながらも、熟成された雰囲気がある。

 クランベルトは、自然に肩の力が抜けた。ほぉーと息が出る。


「夜会後のようですね」


 気心の知れた従者が、クランベルトの様子を例えた。


「確かにな。あの通りは肩肘が張ってしまう。王城と同じ空気だ」


 クランベルトは苦笑した。

 華やかであるが傲慢さもある。贅であるが無駄も多い。


「つまり、鼻につく」


 クランベルトは呟いた。

 従者がプッと笑った。


「元も子もない言い方ですね」


 従者の返しに、クランベルトもフッと笑った。


「姫も同じだといいのだが」


 クランベルトは、従者の肩に腕を乗せ歩き出す。


「箱庭で育った姫様は今頃、現実に打ちのめされてなければいいですが」


 従者の言葉に、クランベルトは『まあな』と答え、続ける。


「ジェロの言うことも分かる。綺麗な世界しか目にしていない『聖女』だからな」


 従者ジェロが『でしょう?』と返す。

 悪意を知らず、人の汚い部分も見ず、純粋培養された『聖女』が外の世界をどう捉えるかと、クランベルトは一抹の不安を覚えていた。

 そこで、クランベルトはジェロの肩から腕を下ろす。周りに聞こえない会話はここまでだ。

 クランベルトらは、通りを進んでいった。



「いらっしゃい! いらっしゃい! そこのお兄さん、どうだい見ていかないかい?」


 店主のかけ声があちこちから聞こえてくる。

 蚤の市のように、古物を扱う店もあれば、手作りの店もある。観劇通りでは見なかった木製食器やドレス以外の衣服、宝石のないアクセサリー、民の日常を肌で感じ、クランベルトは楽しくなった。


「そこのお兄さん、奥さんにどうです?」


 クランベルトは辺りを見回した。


「あんただよ、お兄さん」


 女店主がクランベルトを指差す。

 すかさずジェロがクランベルトに『お兄さんだって』と耳打ちした。三十五のクランベルトがお兄さん呼びされたのをジェロが笑っている。

 クランベルトは、周囲に分からぬようジェロに肘鉄を食らわせた。


「あんた、お貴族様だろ?」


 店主がコッソリと言う。


「……いや」


「ハハッ、そんな質の良い服着てねぇ?」


 いくら、平民服を着ていても仕立ての良さや質で、見る者が見たら分かってしまうのだ。


「貴族ではない」


 王だ。クランベルトは内心で告げる。


「じゃあ、成金かい?」


 軽妙な店主の返しに、クランベルトは是というかのように、ニッと口角を上げた。

 その時、『隣にクリーム色の髪と桃色の瞳の娘がおります』とジェロが小声で伝える。


「人形劇を開演するよー」


 クランベルトは、隣の店に視線を移した。

 三角巾にエプロンの三つ編みの娘が声を出している。確かにクリーム色の髪に桃色の瞳だ。


「……いや、違うだろう」


 クランベルトは姿絵を思い浮かべ答えた。


「まあ、でしょうね。店で働くなどあり得ませんし」


 ジェロも納得する。


「『眠り姫の逆ハーレム』開幕!」


 娘の言葉に、クランベルトは一瞬意識が飛んだ。


「まさかの人形劇にもハーレムが進撃しているとはですね」


 ジェロがまたからかうように言った。

 人形劇の開演を聞き、辺りに子ども達が集まってきた。


「子どもは劇に夢中さ! 奥方様、旦那様、今のうちにこの辺りで買い物でもしてくださいな」


 アクセサリー屋の女店主が声を張り上げる。


「編みかごのオーダーメイドの注文はこちらです! この場でカスタマイズしたい方は、端布屋さんとアクセサリー屋さんで購入くださーい」


 人形劇の娘とは別の娘が声を出している。


「端布で花のモチーフ作り体験もやっているよ! おしゃまなお嬢ちゃん達、寄った、寄った。アクセサリー屋が髪飾りにしてくれるよ! かごに付けても可愛いよ!」


 端布屋も負けずと声かけしている。


「さあさあ、かごの事なら何でもござれ! 壊れたかごがあれば修理するぞ! 劇の間に持ってきてくれ!」


 かご屋も声を出す。二人態勢で準備万端だ。

 クランベルトは、上手い商売をするものだなと感心した。


「こりゃあ、やり手の商売人ですね。どう見ても……『聖女』ではないでしょう」


 ジェロの言葉に、クランベルトは人形劇を始めた例の娘を見た。


『人形のようだ』


 クランベルトは、なぜかそう思った。

 娘が操る人形の方が、生き生き見えるのはなぜだろうか。クランベルトは首を傾げた。娘に人間臭さを感じないのだ。至って普通のどこにでもいそうな娘なのに。


「人形より人形に見える」


「はい?」


 呟きは、ジェロに拾われる。


「いや、何でもない。行くぞ」


 クランベルトは、人だかりを抜けていった。


次回更新→5/10(日)予定

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