王妃様は村おこし中です③
クランベルトは、ラレーヌの使者に事情を説明する。
不手際を謝罪し、輿入れを反故にしないように願った。
「こちらこそ、姫様を野に放ってしまって申し訳ありません」
ラレーヌの使者は、申し訳なさげに文をクランベルトに差し出した。
「野に放つ?」
クランベルトは疑問を口にしながら、使者から文を受け取る。
「王城と神殿しか知らぬ生活だったもので、姫様は外の世界に憧れをもっておりまして……まあ、そうような状況です」
使者の言葉を聞きながら、クランベルトは文を確認する。
***
ベラクルス国王クランベルト様
王城の騒がしさは、きっとベラクルスの活気を表しておりますのね。その活気を肌で感じたく、ベラクルス内を見聞してきます。戻る頃には、きっと活気は華やかさへと変わっていることでしょう。王太子様の花はきっと喜びに咲き誇っておりましょうね。会えることを楽しみに……。
ラレーヌ国 アルメニアより
代筆 侍女メリッサ
***
クランベルトは口をポカンと開け、目を数回瞬いた。
「これは、いったい……」
「輿入れ前の視察とでも表しましょうか」
使者が数度頭を下げながら、クランベルトを窺う。
「ラ、ラレーヌではこれが普通なのか?」
クランベルトは呆れながら問うた。
「いえいえ、とんでもございません。アルメニア姫様の性格とでも言いましょうか。いえいえ、野望……それではおかしいですな。神殿からも幾度となく脱走を試みたような方ですので」
「……」
クランベルトは、絶句した。
「活発な方ですね」
代わりにケインが言葉を紡ぐ。
「少々、いえ、大いに夢見がちであらせられまして、『聖女』の頃より……冒険に憧れておりました」
「冒険……」
クランベルトの呟きに、使者が反応する。
「実際、夢見る乙女の暴走、いえ妄想は止まらないものです。物語の主人公に自分を置き換えておいでなのでしょう」
度重なる使者の言い換えは、アルメニアのことを何とか上手に伝えようとするものだが、破天荒が規格外に変わった程度の言い回しだ。
「ベラクルスまでの旅路で、野望が、いえ本望が満足していただけるかと思っておりましたが、まさか、騒ぎに乗じて出奔なさるとは。いえいえ、野に放たれてしまうとは。いえ、これもまた可笑しな表現でした。さて、何と言い換えましょうか」
使者がブツブツと呟くが、クランベルトはその思考まで行き着いていない。
代わりにケインが反応した。
「つまり、お転婆だということですね」
皆がストンと落ちる。
「ハハハハ……」
使者が頬をヒクつかせた。お転婆だと肯定したくないのだ。言い換えの努力を無にしたくないとも言える。努力は報われていないが。
「……私が捕まえるまで冒険とやらを続けるのだな?」
クランベルトは、引きつり笑いをする使者に問う。
「し、視察を続けられましょう。姫様は、きっと陛下に捕まえてほしいのです。そういう物語の展開に憧れもありますから」
クランベルトは、やっと思考が追いつていく。口角が自然と上がったのを自身で自覚した。
「それは、願ってもないことだな。まだ見ぬ姫を捕まえに行くとするか」
クランベルトとて、玉座をただ暖めるだけの毎日に飽き飽きしていたのだ。やっと、息子のケインが立太子され、代わりを務められる者を得た。まだ十五と若いながらも、先ほどの使者との受け答えといい、十分に表に立つ技量が備わっている。
妃を決め、三年政務に就かせていれば、十八で玉座を預けられよう。
そういう計画だったのだ。そうすれば、現状の『聖女』と同じように、クランベルトも野を駆け回っても構わないのだから。
「きっと、馬が合う」
「はい?」
使者が、愉しげな表情のクランベルトを伺う。
「私は、鳥かごの鳥より、大空を羽ばたいている鳥の方が好きなのだ」
クランベルトの例えにいち早く反応したのはケインである。
「父上……、巣に戻らぬ鳥もいますまい。飛び続けることなく願います」
「ああ、分かっている。すまぬが、後は任せた」
クランベルトは、玉座を下りた。陣頭指揮を執るために。『聖女』と同じように、野に下るのだ。
「ええ、一時玉座は暖めておりましょう。ちゃんと、私の花を見つけます。父上はどうぞ鳥を見つけてください」
ケインが、大股で歩き扉を開ける。
「必ず、鳥を見つけてこよう」
クランベルトは、ケインの肩をポンと叩いて、開かれた扉を出て行ったのだった。
クルツ村は朝から騒がしい。
馬車作り、廃屋の撤去や宿舎と馬車工房の建設、村の道の整備にと忙しいのだ。
ヨザックはもちろん、髭ズと一緒に馬車を作っている。レンジは、流れ者四人衆と廃屋の撤去やら、道の整備を担当している。ウルとメリッサが、宿舎や工房建設の計画を練っている。
村人達は、編みかごを懸命に作っている。
「私は、何をすればいいかしら?」
アルメニアは、テーブルに肘を着いて、ウルとメリッサが描いている宿舎と工房のラフを眺めた。
「姫様は、もう十分働いておられます。私達は姫様なくして動くことはできませんから」
メリッサが胸に手を置く。
アルメニアが傀儡師としての秀でているは、人形を操るだけでなく、人の魂や思念を人形に宿せることだ。
操るだけでは、傀儡師の技量以上の動きはできない。アルメニアに侍女としての技量はない。メリッサが侍女として動けるのは、魂を人形に宿しているからだ。
アルメニアの健やかな存在が、人形を維持することになる。アルメニアが疲れれば、人形も疲れ、アルメニアが元気なら人形も元気なのだ。つまり……アルメニアの生死が人形の生死にもなる。
「でも、とっても暇なのよ」
「新しい人形でも作ってみては? 売り子が必要です」
ウルの助言に、アルメニアは目を輝かせた。
「看板娘ね!」
アルメニアは早速裁縫道具をメリッサに持ってきてもらい、製作を始める。
「この子は『私』にするわ」
その言葉に、ウルが反応する。
「操るのですか?」
アルメニアのいう『私』とは、操ることを指す。魂入れや思念入れは、人格を持つため操ることをしなくてもいい。ちゃんと、意思で動くのだ。アルメニアは、人形への帰化を管理するだけだ。
繕ったり、別の衣服に着替えさせたりと、傀儡師というより人形遊びに近い。
だが、本来の操りの力を使うと、反動は自身に返ってくる。操り人形が傷付けば、その痛みはアルメニア自身が受けるのだ。
ウルの反応は、その懸念の表れである。
「ええ、『影』の練習よ。王妃なら『影武者』が必要だもの。生身の人間に課せられないわ」
「私は、売り子と言ったのです。『影武者』などと口にしていませんよ。それに、ベラクルスの情勢を鑑みても、『影武者』は必要に思いませんが?」
ベラクルスは、至って普通の国だ。それがベラクルスの強みでもある。王城内で、ドロドロした女の戦いもなければ、貴族の権勢争いも激しくなく、王位継承争いもない。
つまり、危害を加えられることはないのだ。
「脱走時に必要だわ」
「王妃は脱走しないものです」
「何を言うのよ、ウル! 臣下を巻いてお忍びがセオリーじゃないの。ベッドには膨らみが必要になるわ」
「……枕で十分ですよ」
ウルはもはや半眼だ。
「夢がないわね、ウル」
アルメニアは、クスクス笑いながら人形作りを続けた。
数日すると、ヨザックの仲間が村に集結し、馬車作りは軌道に乗る。
宿舎が出来上がるまで、簡易テントで寝泊まりすることになった。それに喜んだのは、ヨザックである。幌馬車で人形達と寝るのは居心地が悪かったのだろう。
そして、流れ者らは、なぜかレンジを『親分』と呼ぶようになっていた。
「お頭や親分がいるなら、姐御がいてもいいわよね」
アルメニアは、ヨザックに語りかける。その顔は、姐御と呼ばれることを期待するような表情だ。
「ああ、メリッサは姐御って感じだよな」
アルメニアは、端から見ても分かるほどに、ガーンと気落ちした表情になる。
ヨザックは、それに気付かない。なぜなら、視線はアルメニアに向いておらず、車輪に向いているからだ。
「姫様、ヨザックの邪魔になっています。さあ、こちらに」
ウルがアルメニアを回収する。
「姐御は、メリッサに譲るわ」
アルメニアはムスッとした顔で言った。
「そんなにいじけた顔をしないでください。村人が待っていますよ」
村の中心部に行くと、村人が集まっている。
たった数日で小さなかごは三十個、大きなかごが二十個ほど編み上げられており、アルメニアは、目を輝かせた。
ここからのデザインは、アルメニアの指示になる。
アルメニアは、集まった女性達の前に立った。
「今回のかごは、日用品でなくおしゃれのアイテムよ。町におしゃれして行く時に持つ可愛いかご。どう、イメージできて?」
女性達が頷く。
「だからって、機能的でなく、スリが簡単に手出しできるような不用心なものでは駄目。内布は必須ね。それから、仕切りも」
アルメニアは、考えていた二パターンのラフを女性達に見せた。
女性達は楽しげにラフを見てあれこれ口にする。町におしゃれして出かけるフレーズが、想像力をかき立て、皆の意識が高まったようだ。
「細かい事はあえて言わないわ。皆、個々でアレンジするから一点ものになるの。同じかごがないことも、貴婦人や乙女の心を惹き付けるのよね」
こうして、かご作りも軌道に乗る。
お店馬車もかごも後一週間ほどで何とかなりそうだ。
「一番近い町の自由市は、いつ開催されるのかしら?」
「ベネーラの朝市か夜市になりましょうか。毎週土曜日の開催です」
村長が答えた。
クルツ村に一番近い町は、ベネーラという町だ。隣村の先にある町で、王都郊外の町の規模では中堅になる。
「じゃあ、目指すは来週の土曜日ね。ちょうど一週間後だわ」
「姫様、次は何をしましょうか?」
村長と一緒に男達がアルメニアの指示を待つ。
「商会を起ち上げるわ!」
皆が、アルメニアの突飛な発言にキョトンとした顔になる。
「商会長、会計、事務、職員が必要ね。もちろん、拠点もだけど」
一人突っ走るアルメニアの思考を、ウルが引き留める。
「姫様、落ち着いてください。皆さん、思考が追いついていませんよ」
ウルの進言に、アルメニアは皆を見回した。
まだ、キョトンとした顔で固まっている。
「村に、商会を作るのよ。このクルツ村の特産品を一手に扱う商会にするの。商品の売り上げで皆さんは潤うわ。……馬車だって、これから注文が入るはず。クルツは発展するの」
「そ、それは……何と言いますか。大事ですね」
村長がやっと返答する。
「そんな大事じゃないわ。細々した村から、そこそこの村に発展するぐらいだもの」
いや、全くもって大事だと村長達が思うも、アルメニアのあっけらかんとした態度に、不安や心配よりも楽しさが上回る。
「では、商会長は姫様ですか?」
村長の問いに、アルメニアは首を横に振った。
「クルツの発展は、クルツの者が担うべきよ」
「良いのですか?」
村長が眉を下げる。みすみす利益を手放すアルメニアに身が縮む思いなのだろう。
「だって、私ここにずっと留まれませんし、何も出資していないから。全てクルツの物でクルツの者がやっていることよ。でも、そうね。無償の名誉会長ぐらいになっても構わないわ」
アルメニアはフフッと笑った。
次回更新→5/9(土)予定